ズボラ婆ちゃんの言い訳
こんなことを言うと、「なにそれ?!」「単なる手抜きじゃないか!」と思う人もいるだろう。
家の中が散らかるだけじゃないかと思う人もいるだろう。
だが! ちょっと聞いてほしい。
昔の私は、とにかくキレイにしていた。
掃除はちゃんとやっていたし、洗濯物は毎日畳んで箪笥に入れていた。
いつ人が来ても、慌てることのない生活。
これって、親がちゃんとしていたからだと思う。
そして、それが主婦というものだと叩き込まれていた。
だが、今は?
洗濯物~?
いいじゃん、また着るんだから干したままでも。
靴下? すぐに手に取れるところにあれば楽じゃん。
タオル? 使いやすい場所にあればいいよね。
ということで、動線はかなり変わっている。
これって、親がいた頃は許されなかった。
私の親はかなりうるさい人だったし、週に一度は床にワックスをかけ、子供たちに叩き込んでくれた。
子どもって私と姉たちのことだけどさ。
だから、若い頃はそれが当然だと思っていたんだけど。
当然だと思っていた私を見て育った娘は、ADHDという事もあるんだろうね。
片付けをしない。
やればできるのに、いつの間にか汚部屋が完成している。
何度片付けてやっても汚部屋になるので、諦めた。
結婚したら変わるだろうと思ったんだよ。
ところが変わらない。
なにせ、婿も同じタイプ。
私「女が片付けるものなんだよ。
男ってのはやらないものなの」
と、何度か言ったが、返ってきた言葉は
娘「生活費もくれないのに、なんで私が主婦しないとならないの?」
確かに婿は生活費を出さない。
私にはほんの少しの生活費を渡して来るけど、それは娘の食費にもならないような額だ。
娘はその少額の中から、食事をし、欲しいものをねだってくる。
結果、私が娘を養っているようなものなんだけど。
「自由になるお金がない!」という娘は、自分が主婦業をする必要はないという。
こうなると、お説を説くのも面倒くさくなり、若い人のやり方を黙認するしかない。
それでも離婚せずにいるんだから、まぁ、いいかってことだよ。
そうして見ていると、二人の合理性が見えてくる。
洗濯物は干したままだし、必要なものは出しっぱなし。
よくこんな汚い部屋にいられるものだと思う。
出したらしまえばいいのにと思うが、だんだん慣れてしまった。
そして思った。
確かに、すぐに着るなら干したままでもいいか。
無駄な行動をしないというのも、ある意味あってるのかもしれない。
そして、私なりの動線が生まれた。
今までは、毎日洗濯をして、干して畳んでしまってまた出す。
それが今は、干したらひとまずはそのまま。
室内に干してあるところから、服を選ぶ。
タオルにしても、干してあるものを使う。
ズボラだ。
本当にズボラ。
ただし、私のテリトリーは汚部屋にはならない。
そこまでは許せないし、基本、物がない。
物があることを嫌う性格というのは、汚部屋を作れない。
同じズボラでもここが違うんだな。
年を取ると、結構ものが増えて、片付けてるように見えても雑然としているもの。
私の姉がそれだ。
物がないと落ち着かず、片付いているはずなのに、雑然と見える。
使うものは出ていて、テーブルの上は一人が食事をするスペースだけがある。
年齢を重ねると、動くのが面倒になるのは、私だけではなさそうだ。
若い頃はちゃんとしてたのにな~って思うけど。
これも必要悪なんだろうな。
それにしても、若夫婦と暮らさなかったら、私はどうなっていたんだろうか?
今も洗濯物をちゃんとしまって、無駄な動線上を歩き回っていたのだろうか?
その方がある意味健康だったのかもしれないけど、やっぱり効率化ってのを考えると、ズボラってのもいいのかもしれないw
ま、自分を慰めてるのかもしれないけどさ。
それも大事なことだよね。
だって、自分を否定したら、自分が可哀そうだ。
それに、人生なんて自分の為にしかないんだからさw
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