芋出し画像

2026幎3月 「理解できる倜ではない」『二぀の札幌』第䞃章③ 北海道旭川盎蜄垂

倜。

䞻垭府。

私的応接宀。

湿り雪。

暖房音。

静かな照明。

壁時蚈だけが、小さく秒を刻んでいた。

冬華は、ただ敎理できおいなかった。

政府専甚機。

恒䞀の拘束。

母の名前。

國村家。

曄恵の声。

党郚が頭の䞭で止たったたただった。

窓の倖では、湿り雪が降り続いおいる。

銖郜旭川の倜景は、ガラスの向こうで滲んでいた。

庁舎の灯り。

譊備灯。

濡れた舗道。

共和囜旗。

どれも、今日の朝たで芋慣れたものだった。

けれど今は、少し違っお芋える。

同じ囜の䞭にいるはずなのに、冬華は自分だけが、知らない廊䞋の奥ぞ連れおこられたような気がしおいた。

曄恵は、向かいの怅子に座っおいた。

机の䞊には資料が数枚眮かれおいる。

保安省から䞊がった報告曞なのか。

党内の凊分曞類なのか。

冬華には分からない。

曄恵はそれを読んでいた。

急がず。

焊らず。

たるで、今倜起きたこずが、最初から決たっおいた予定の䞀郚であるかのように。

冬華は立ち䞊がった。

すぐ座り盎した。

手だけが、膝の䞊で萜ち着かなかった。
母のこず。

雪曄ずいう名前。

曄恵の姉。

それを確かめるべきだず思うのに、蚀葉が出おこなかった。

その時だった。

曄恵は資料から目を離さないたた蚀った。

「あなた、お腹枛っおるでしょう」

冬華は止たった。

数秒。

湿った雪が窓を叩く音

時蚈の秒針。

暖房の䜎い響き。

「  え」

思わず、間の抜けた声が出た。

曄恵は、ようやく顔を䞊げた。

「ずっず䜕も食べおないもの」

冬華は返事ができなかった。

食事。

その蚀葉だけが、劙に珟実的だった。

政府専甚機の䞭で、䜕床も乗客ぞ食事を配っおきた。

コヌヒヌを泚ぎ、焌き菓子を出し、乗務員甚の軜食を急いで口にしたこずもある。

けれど、自分が食べるこずを、今日䞀床も考えおいなかった。

曄恵は資料を閉じた。

「䜕か入れた方がいいわ。頭だけ動かそうずしおも、身䜓が空だず、たずもに考えられない」

その声は、呜什ではなかった。

だからこそ、冬華は少し困った。

この人は怖い。

この人は囜家䞻垭だ。

第䞀曞蚘を迷いなく退けた。

けれど今、目の前の女は、母芪のように若い乗務員の空腹を芋抜いおいる。

そのこずが、冬華には䞀番分からなかった。

䞻垭府内食堂。

暖色照明。

癜米。

味噌汁。

焌き魚。

挬物。

湯気。

静かな時蚈音。

食堂ず呌ばれおはいたが、そこは倧きな宎䌚堎ではなかった。

磚かれた長い机も、銀の食噚もない。

壁には叀い颚景画が掛けられ、窓の倖には濡れた䞭庭が芋える。

倕食にはやや遅い時間だからか、人の気配は少なかった。

厚房の奥で、誰かが鍋を動かす音がする。

それだけだった。

豪華な食事ではなかった。

囜家䞻垭の食卓ずいうより、誰かの家の倜食に近かった。

癜米は少し柔らかく、味噌汁には豆腐ず葱が浮いおいる。

焌き魚の皮は、端だけが少し焊げおいた。

挬物は小皿に二切れ。

曄恵は、向かい偎に座った。

秘曞も、保安省職員も、少し離れたずころで控えおいる。

近いのに、遠い。

冬華ず曄恵の間だけが、劙に静かだった。

長い沈黙。

冬華は箞を持った。

癜米。

味噌汁。

焌き魚。

少しず぀口ぞ運ぶ。

ちゃんず食べる。

拒吊もしない。

ただ。

味がよく分からなかった。

舌は枩かさを感じおいる。

塩気も、味噌の銙りも、焌き魚の脂も分かる。

それなのに、どこか遠かった。

頭の䞭では、雪曄、國村家、恒䞀、春銙、それだけが静かに動いおいた。

春銙は今、䜕をしおいるだろう。

東札幌垂厚別区の公務員䜏宅。

叀い蛍光灯。

暖房配管の音。

掗濯物。

小さなテレビ。

台所の棚に䞊んだ也麺ず猶詰。

い぀もの郚屋。

そこだけが、この囜のどこからも切り離された堎所だず、
冬華はどこかで思っおいた。

でも違った。

母の名前が、そこぞたで䌞びおいた。

向かい偎。

曄恵は䜕も聞かない。

急かさない。

普通に食べおいる。

焌き魚の骚を倖し、味噌汁を飲み、挬物を䞀切れ口に運ぶ。

その所䜜は静かだった。

囜家䞻垭ずいうより、長く䞀人で食事をしおきた人のように芋えた。

数分。

曄恵が箞を眮いた。

「今日は垰りなさい」

冬華は顔を䞊げる。

「  よろしいのですか」

自分で蚀っおから、その蚀い方がおかしいこずに気づいた。

たるで、自分が䜕かの容疑者であるかのようだった。

曄恵は少しだけ目を现めた。

「あなたは拘束されおいるわけではないわ」

それは事実だった。

けれど、自由だずも思えなかった。

曄恵は続けた。

「効さんが、埅っおいるでしょう」

冬華は䜕も蚀えなかった。

春銙。

その名前が胞の奥に觊れた。

「今日、すべおを理解しようずしなくおいい」

曄恵の声は䜎かった。

「理解できる倜ではないもの」

冬華は箞を眮いた。

茶碗の䞭には、ただ少し癜米が残っおいた。

曄恵はそれを責めなかった。

ただ、湯呑みを手に取った。

湯気が、照明の䞋で薄く揺れた。

䞻垭府前。

深倜。

湿り雪。

黒い政府車。

濡れた路面。

街灯。

玄関庇の䞋で、党幹郚が車の扉を開けた。

保安省の車ではなかった。

共和囜旗も立っおいない。

それでも、普通の車には芋えない。

黒い車䜓は湿り雪を匟き、窓は深く暗かった。

車には党幹郚だけが乗っおいた。

曄恵は乗らない。

冬華は䞀瞬、振り返った。

「䞻垭は  」

蚀いかけお、やめた。

曄恵は庇の䞋に立っおいる。

傘も差しおいない。

庇の端で溶けた雪が、雫になっお萜ちおいた。

「送らせるわ」

それだけだった。

冬華は頭を䞋げ、車に乗った。

ドアが閉たる。

厚い音。

倖の氎音が少し遠くなる。

冬華は窓越しに振り返った。

䞻垭府前。

湿り雪の䞭。

曄恵が立っおいた。

距離がある。

数秒。

曄恵は、小さく手を䞊げた。

それだけだった。

笑わない。

呌び止めない。

䜕も蚀わない。

ただ、ほんの少し手を䞊げる。

車が動く。

氎滎が窓を流れおいく。

曄恵の姿が、少しず぀滲んでいった。

冬華は䜕も蚀えなかった。

怖い人だった。

優しい人だった。

でも。

ただ分からない人だった。

車は旭川の䞭心郚を抜け、東札幌垂ぞず぀ながる共和囜高速道ぞ出た。

倜の高架道路は空いおいた。

街灯が濡れたアスファルトに長く䌞びおいる。

遠くに囜営癟貚店。

党孊校。

人民文化䌚通。

鉄道高架。

どれも車窓の䞭で流れおいく。

党幹郚は気を遣っおか、
航空公瀟の定時運航率の話や、出身地の雪の話をした。

冬華はそれに短く返事をした。

運転手は䜕も蚀わない。

車内には暖房の音ず、ワむパヌの芏則的な動きだけがある。

冬華は共和囜端末を取り出した。

春銙からの未読通知。

――お姉ちゃん、今日垰り遅い

その䞀文だけで、胞が痛くなった。

冬華は短く返した。

――今から東札幌に垰る。遅くなっおごめん。

すぐに既読が぀いた。

――え、今から 起きおる。カレヌ残しおる。

冬華は画面を芋たたた、少しだけ目を閉じた。

カレヌ。

家。

効。

それが、今日のどこかにただ残っおいた。

深倜。

東札幌垂。

公務員䜏宅。

暖色照明。

政府車が、䞉号棟の前に静かに止たった。

黒い車䜓。

無蚀の党幹郚。

雪たじりの氎に濡れたコンクリヌト。

叀い街灯。

鉄補の手すり。

塗装の剥げた階段。

共和囜䜏宅公瀟の管理番号が、壁の隅に薄く貌られおいる。

芋慣れた堎所だった。

けれど、黒い政府車が䞀台停たるだけで、団地の空気は倉わった。

公務員䜏宅の窓から、誰かが少しだけ倖を芋た。

すぐカヌテンが閉たる。

別の窓の灯りも、少し遅れお消えた。

冬華は車を降りた。

党幹郚が小さく頭を䞋げる。

「本日は、こちらで」

「  ありがずうございたした」

自分の声が、劙に硬かった。

車はすぐに発進した。

赀い尟灯が濡れた倜の䞭に滲み、団地の角を曲がっお消える。

残ったのは、い぀もの階段ず、濡れた鉄の匂いだけだった。

冬華が階段を䞊がる前に、玄関が開いた。

春銙だった。

髪が少し跳ねおいる。

郚屋着の䞊に叀いカヌディガンを矜織っおいる。

片手には、なぜかお玉を持っおいた。

「お姉ちゃん」

すぐに自分で口を抌さえる。

それから、小声で続けた。

「䜕あのすごい車」

冬華は少し止たる。

階段の途䞭で、髪が顔に萜ちた。

冬華はそれを、自然に耳ぞ掛けた。

「  仕事」

春銙が眉を寄せる。

「仕事で、政府車」

「仕事」

「いや、それ答えになっおないし」

春銙はそう蚀いながら、冬華を䞭ぞ入れた。

玄関の鉄の扉が閉たる。

倖の氎音が遠くなる。

濡れた靎の匂い。

叀い暖房配管の音。

台所から挂うカレヌの匂い。

小さなテレビでは、囜営攟送の深倜ニュヌスが䜎い音量で流れおいた。

冬華は靎を脱ぐ。

春銙が顔を芗き蟌む。

「  なんかあった」

冬華は、濡れたコヌトを壁のフックに掛けた。

「仕事」

嘘ではなかった。

でも党郚でもなかった。

春銙はただ䜕か蚀いたそうだった。

けれど、蚀わなかった。

その代わり、台所ぞ戻る。

「枩める。座っお」

その声が、い぀も通りだった。

冬華はそれだけで、少し息ができた。

食卓。

カレヌ。

食噚。

暖房音。

囜営攟送。

二人分の皿。

春銙は、冬華の前にカレヌを眮いた。

ご飯の䞊に、少し倚めにルヌがかかっおいる。

人参。

じゃがいも。

玉ねぎ。

肉は少ない。

い぀もの家のカレヌだった。

「䞻垭府でごちそう食べたんじゃないの」

春銙が蚀った。

冗談のようで、半分は本気だった。

冬華はスプヌンを持った。

「食べた」

「え、じゃあいらない」

「食べる」

春銙は少し笑った。

「食べるんだ」

冬華は䞀口食べた。

今床は味が分かった。

少し甘い。

少し焊げおいる。

春銙が䜜るず、い぀も同じ味になる。

そのこずに安心しおしたい、冬華は自分でも驚いた。

春銙がスプヌンを止める。

「囜家䞻垭っお、実際どんな人」

冬華のスプヌンが止たった。

長い沈黙。

テレビでは、北方航路の茞送量に぀いおアナりンサヌが話しおいる。

画面の䞭の䞖界は、い぀も通りだった。

冬華は、曄恵の暪顔を思い出す。

䞻垭府の私的応接宀。

資料を芋る目。

癜米ず味噌汁。

湿り雪の䞭で、小さく䞊げられた手。

「  優しい人だった」

蚀っおから、自分で止たる。

優しかった。

でも。

それだけじゃなかった。

恒䞀を止めた人。

母の名を知っおいた人。

囜家の奥で、䜕かを決める人。

怖かった。

なのに、食事を出した。

垰りなさいず蚀った。

効が埅っおいるでしょう、ず蚀った。

春銙は、䞍思議そうに芋おいた。

「優しいんだ」

「  うん」

「ニュヌスだず、党然分かんないね」

冬華は頷いた。

「分からないず思う」

「二回も䌚っおるのに」

冬華はスプヌンを眮きかけお、やめた。

「私にも、ただ分からない」

春銙はそれ以䞊聞かなかった。

聞きたいこずはあったはずだった。

黒い政府車。

深倜の垰宅。

䞻垭府。

でも春銙は、スプヌンを動かし盎した。

「じゃあ、分かったら教えお」

「  うん」

冬華は返事をした。

教えられる日が来るのかは分からなかった。

それでも、そう答えた。


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