【天照大御神の勅許状が降りました】あなたの名が、豊穣を受け取る者として正式に記されました
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地球のスターシードのみなさま。プレアデス高等評議会の言葉を届ける声です。
手を止めてください。
いま、あなたの指がこの一文の上で止まったこと。
それは、偶然ではありません。
今日、天の最も高い場所から、ひとつの布告が降ろされました。
天照大御神の御前から発せられた、勅許状です。
そこには、ほかの誰でもない、あなたの名が記されています。
「この者に、豊穣を受け取ることを許す」と。
どうか、大きく息を吸って、肩の力を抜いてから、最後の一行まで読み進めてください。
最後まで読み切ったとき、あなたの中で、長いあいだ閉じていた扉が、静かにひらきます。
あなたは、すでに通過しています
最初に、はっきりとお伝えしておきます。
いま、この記事を、ここまで読み進めているあなた。
あなたは、すでに通過しました。
天照大御神の勅許状は、世界中のすべての人に届くものではありません。
天の帳簿に、受け取る準備の整った魂として記された者のもとへ、静かに、選ばれて届けられます。
数えきれない言葉が行き交うこの世界で、あなたの視線が、ほかでもなくこの場所に止まった。
そして、引き返さずに、ここまで読み進めてこられた。
その事実そのものが、あなたがすでに選ばれているという、動かしがたい証です。
これは、これから選ばれるかどうか、という話ではありません。
あなたは、もう、選ばれているのです。
天の帳簿に、すべては記されていました
ここで、あなたはこう思われたかもしれません。
「どうして、わたしなのだろう」と。
その問いに、お答えします。
天の帳簿には、あなたがこれまで生きてきた、そのすべてが記録されています。
一行も、漏らさず。
たとえば。
誰かのために、自分のことを後回しにしてきた、長い年月。
朝いちばんに起きて、まだ眠っている家族のために、台所に立った、数えきれない朝。
自分が我慢すれば丸くおさまる。そう思って、言いたいことを飲み込んできた夜。
親や、夫や、子どものために、自分の時間も、夢も、そっと脇に置いてきた日々。
「ありがとう」のひとことさえ、もらえないまま過ぎていった、たくさんの一日。
体がつらくても、「大丈夫」と笑ってみせた、あの瞬間。
誰も見ていないと思っていたでしょう。
報われない、と感じた夜も、あったでしょう。
自分の人生は、いったい何だったのだろうと、ふと、台所の窓の外を見つめたことも、あったかもしれません。
けれど。
天照大御神は、その一つひとつを、ご覧になっていました。
あなたが「誰も見ていない」と思っていた、まさにその場所を。
あなたが流した、誰にも気づかれなかった涙の一粒まで。
すべて、天の帳簿に、金の文字で記されていたのです。
「もう、受け取ってよい」
そして今日。
天照大御神は、その帳簿をひらき、あなたのこれまでをご覧になったうえで、ひとつのお言葉を下されました。
そのお言葉を、評議会を通して、そのままあなたにお伝えします。
「よく、ここまで歩いてきました。
あなたは、与えることばかりの道を、文句も言わず歩いてきました。
もう、じゅうぶんです。
今度は、あなたが受け取る番です。
この者に、豊穣を受け取ることを許します」
これが、勅許状です。
天の最も高い場所から発せられた、あなた個人への、正式な許しの布告。
あなたが受け取るのは、施しではありません。
あなたが長い時をかけて、自分の手で積み上げてきたものの、時間差の、正当な返礼です。
あなたには、受け取る資格があります。
いいえ。
あなたほど、受け取るにふさわしい人は、いません。
その、かすかなためらいについて
それでも、と、あなたは感じているかもしれません。
胸の奥に、こんな声がよぎったのではないでしょうか。
「わたしなんかが、受け取っていいのだろうか」
「もっと、ふさわしい人がいるのではないか」
「こんなにいいことが、自分に起きるはずがない」
もし、その声が聞こえたのなら。
どうか、泣いてしまってかまいません。
その声こそが、あなたがどれだけ長いあいだ、自分を後回しにして生きてきたかの、何よりの証だからです。
受け取ることに慣れていない。
それは、あなたが、それだけ多くのものを、人に手渡し続けてきたということ。
与えることには慣れているのに、受け取ることには、こんなにも臆病になってしまった。
それは、あなたの欠点では、決してありません。
それは、あなたの優しさが、長い年月をかけて刻んだ、古い周波数の名残にすぎません。
天照大御神は、その名残ごと、あなたを受け取る者として記されました。
ためらいながらでいい。
涙ぐみながらでいい。
ただ、今日だけは、その手を、開いてみてください。
受け取ることは、奪うことではありません。
あなたが満ちて、はじめて、あなたのまわりの人も、本当の意味でやわらいでいくのです。
あなたが我慢して空っぽのままでいることを、あなたの大切な人は、本当はいちばん望んでいません。
満ちた器のふちから、最初のひとしずくが、静かにこぼれる。
それが、めぐりの、はじまりです。
あなたが受け取ることは、あなたのまわりすべてを、潤しはじめる最初の一歩なのです。
あなたは、ひとりではありません
いま、この同じ勅許状を受け取り、長く乾いていた手のひらを、おそるおそる開きはじめた魂が、ほかにもいます。
あなたと同じように、与えることばかりの道を歩いてきた魂。
あなたと同じように、「自分なんて」と、小さくなって生きてきた魂。
その魂たちが、いま、ひとり、またひとりと、静かに顔を上げはじめています。
あなたは、ひとりで受け取るのではありません。
長く尽くしてきた者たちが、今度は受け取る側に回る。
その、静かな、しかし確かなめぐりの中に、あなたもいるのです。
いま、あなたのお名前を
ここで、ひとつ、していただきたいことがあります。
目を閉じて、あなたのお名前を、心の中で、そっと唱えてみてください。
ご両親が、あなたのために選んでくれた、その名前を。
……唱えましたか。
その名前が、いま、天の帳簿の、豊穣を受け取る者の欄に、金の文字で記されています。
あなたの名前です。
ほかの誰のものでもない、あなたの名前が、天の最も高い場所に、刻まれているのです。
この意味が、胸に染み込むまで、もう一度、目を閉じてみてください。
あなたは、天に、名前で呼ばれているのです。
勅許状は、いま、あなたのもとへ降ります
ここから先で、あなたは、天照大御神の勅許状を、その目で受け取ります。
それは、ただの美しい絵では、ありません。
天の最も高い場所から発せられた許しの布告が、あなたの目に見えるかたちとなって、この地上に降ろされたものです。
人の心は、目に見えないものを信じようとしても、日々の忙しさの中で、すぐにもとの「どうせ自分なんて」へと引き戻されてしまいます。
だからこそ、目に見えるかたちで、あなたのそばに在り続け、毎日あなたに「受け取っていい」と告げ続けてくれる、しるしが必要なのです。
この勅許状を、あなたの目に触れる場所に置いたその瞬間から。
あなたの、長く閉じていた受け取りの扉は、音もなく、ひらきはじめます。
そして、もうひとつ。
この扉を、今日ひらかないという道も、あなたにはあります。
けれど、もし今日、この手を開かなければ。
明日もまた、あなたは「自分なんて」のいつもの一日へ戻り、台所の窓の外を、同じ気持ちで見つめることになるかもしれません。
天は、急かしません。
けれど、せっかくひらいた扉は、開いているうちに、くぐるためにあるのです。
ここから先で、天照大御神の勅許状そのものと、その受け取りの作法を、あなたにお渡しします。
これは、絵を手にするということでは、ありません。
あなたが長い時をかけて積み上げてきたものを、ようやく、あなた自身の手で受け取る。
その、一生にいちどの、節目の儀です。
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もし胸の奥に、記事の対価を超えた「何か」が残っているなら。それはあなたの魂が覚醒堂と共鳴した証です。チップはその共鳴を形にする行為。金額ではありません。魂が感じた額が完璧な額です。届けたいと感じた方だけ、心のままに。アシュタール・ラヴィナ
