【開三顕一】 一仏乗とはなにか
こんにちは、カキポンです。
法華経の解説やってるんですが、方便品にいくまえに
いきなり核心てきなところで一仏乗とは何かです。
法華経は大乗仏教経典ですが、法華経以前、
それまでの大乗経典は
これまでのお坊さん(二乗)は仏になれない。
仏になれるのは自分勝手な悟りに満足しないで
利他行もやる、菩薩こそが仏になれるんだ!
という論調でした。
二乗は仏になれない、菩薩は仏になれる
そういう差別的な論調だったので
法華経ではそれを克服して
二乗も菩薩も(三乗)も仏になれるのが一仏乗なんです!
みんな仏性を持ってるんだ!
・・・っていう説明がよくなされると思います。
結局植木さんなんかの論調もこれです。
ようするに
みんな違って、みんないい
こういう平等思想ね。
僕が植木さんから法華経入ってるからかわかりませんが
法華経解釈でこういう論調強いと思います。
こーれがなんか僕はうーん・・・ってw
わからんでもないが、しっくりこないんだよなあ。
というモヤモヤをずっと抱えてたんですが
それがなんでなのか、わかりました。
つまり・・・
それって菩薩乗ですよね?
ってことなんです。
植木さんの読んでもやっぱり
菩薩乗と一仏乗の違い、説明できてない。
植木さんによると、真の菩薩が一仏乗らしいです。
そう言われてしまうと・・・
だから、その真の菩薩ってなんやねん?
結局菩薩じゃないんかそれ?
って話になっちゃうんですよねw
この、結局菩薩じゃないんか?ってのが肝で
それ菩薩乗であって一仏乗じゃないんですよ。
だって菩薩めざしてんですよね?
菩薩を目指すんじゃなくて、
仏を目指すのが一仏乗なんです。
声聞もダメ、縁覚もダメ、菩薩もダメ
仏でしょ!
っていうことです。
じゃ仏ってなんなのか?
簡単ですよ、
三乗を全部同時にやるのが仏
同時にやるのが難しくても
ちょっとずつやるなら誰でもできるでしょう
だから一切衆生悉有仏性なんです。
だけど、
同時にやるを頑張って目指しましょうよ!
私も励ましますよ!
っていう雰囲気で読むと・・・、それはちょっと違うよねえ。
法華経(一仏乗)はそんなヌルい話はしてないw
諸仏智慧。甚深無量。其智慧門。難解難入。
一切声聞。辟支仏。所不能知。
諸仏の智慧は無量の深さを持ってる。
その智慧の門は理解が難しく、入りがたい。
一切の声聞、辟支仏も理解できない。
これが方便品の冒頭です。
ここで一切の声聞ってのがでてきますが
声聞がどんな人かは序品に出てきましたね。
釈迦ゲームのトップランカーですよ。
そいつらでも理解できないぐらい難しいですよ。
っていうこれは法華経が設定してる
難易度の話です。
はい、次回はそんなウルトラハードモードな方便品、
解説していこうと思います。
