文房具の進化が、あの読めない書を生んだ!?
手書きに必要なのは「書く道具」と「残す道具」である。
「書く道具」はこの数十年で驚くべき進化をとげている。
シャープペンシルは、カチカチ芯を出さずとも、振れば出てきたし、今は振る必要もなく、芯もいい感じにいつまでも尖ってくれる。
ゲルインクのボールペンは、インク溜まりしている悲しい姿をほとんどみることもなくなり、最後の最後まですらすら書かせてくれる。
「書く道具」はずっと、書く人の、書くことへのストレスを減らすために進化し続けている。
そして、「残す道具」はさらに驚異の発展を遂げている。
コロナが触媒になったペーパーレスが追い打ちとなり、もう紙一択ではなくなった。
さらには音声入力やAI入力が、
書く行為そのものも変えつつある。
この道具ベースで書の歴史を遡ると面白い。
最初は亀の甲羅や骨に、鋭利な青銅製の小刀で文字を刻していた。
そのため、甲骨文字と呼ばれる。
縦線と横線だけなら削るのも楽なものだが、この頃からすでに曲線が使われている。
いつの時代も、人間の技術を極めたい欲は道具のハードルを軽々と超えてくる。
墨や朱の下書きのようなものが発見されているので、簡単には消せない行為への覚悟が垣間見られる。
この頃は同じ文字でも字形が統一されておらず、他の字と区別がつけば良かったようだ。
一貫した特徴と独自の様式をもたないという点で、書体という定義を満たさなかった時代だ。
【篆書】紀元前221年頃・秦
最古の書体は「篆書(てんしょ)」である。秦の始皇帝が全国の文字を統一したことにより生まれたのである。

縦線と横線を基本としながら、 曲線をダイナミックに多用するのが篆書だ。 彫刻刀で石を削る技法がベースにあるため、 線の太さが均一なのも特徴である。
【隷書】秦〜漢
篆書と同じ時代、むしろそれ以前から「残す道具」として木簡・竹簡が現れる。
大量に印刷はできないけれど、この頃には筆も安定しており、石に比べればスラスラと書いて写すことができたと思われる。いろんな人が同時に写し取れば大量に残すことができる。
この頃にできた「隷書(れいしょ)」という書体は、少し平べったく横線が彫刻刀で刻むようにおおらかに伸びるのが特徴だ。
当時は縦書きだったので、平たく書くほうがたくさん文字を並べられたであろうし、しっかりと木簡や竹簡に墨が入るように、書き始めと終わりはぐっと押し付けるような書体である。
【草書】漢(105年以降)
そしてなんと、ここで紙の発明である。
書きにくい「残す道具」へのストレスから一挙に解放され、速く書くことができるようになった。
そこに「草書(そうしょ)」が生まれた。
子供が初めて靴を履いて外に出たとき、すごい勢いで走り出す、あの開放感と重なる。
この頃から、技術を極めることより、感情を解き放つことへ。
書の目的が、静かに変わり始めた。
【行書・楷書】漢末〜三国〜唐
その後、「行書(ぎょうしょ)」と「楷書(かいしょ)」が生まれるのだ。
草書のように速く書くだけでなく、相手に正しく読んでもらえることが求められるようになった。可読性という視点が入った瞬間、書体は使う人のためのものになった。
速く、もっと多くの人に伝えたい。
もっとできる、もっと美しく書きたい。
そんな人間の欲が、書体を生んだ。
もし、何と書いてあるかも読めない書作品を目の前にしたとき、思い出してほしい。
石に刻んでいた人間が、紙に出会ったときの開放感を。
参考:榊莫山『書道基礎講座』
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