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隣のじいさん

日本の昔話には、多くの「隣のじいさん」が登場する。

『花咲かじいさん』『おむすびころりん』『瘤取りじいさん』。いずれも構造は共通している。

無欲な主人公のじいさんが、金銀財宝や身体的リターンといったメリットを得る。それを小耳に挟んだ隣のじいさんが、「自分も」と同じ手順をなぞるが、再現性を求めた試みはことごとく裏目に出る。最終的に彼らが手にするのは、ガラクタや、ただの暗闇、あるいは追加の瘤だ。

民俗学者の柳田國男らは、これを「隣の爺」型と分類した。

これらは勧善懲悪の教訓譚と解釈されやすいが、描かれているのは単なる欲深さへの罰ではない。むしろ、人間の滑稽な本質そのものだ。

隣のじいさんたちの動機は、「他人の成功の模倣」である。そこには内発的な動機が存在しない。

犬が吠えたから掘る。歌が聞こえるから穴を覗く。楽しいから鬼の前で踊る。隣家から聞こえる歓声や成果だけを羨み、それら無欲な行動におけるプロセスの核心を理解しないまま手順をコピーする。この主体性を欠いた直線的模倣が、結果として手痛い仕打ちを誘発する。

この「真似をして失敗する」という一連の行動様式に対して、かつての庶民は残酷な嘲笑だけでなく、ある種の深い共感や愛着を抱いていたのではないか。だからこそ、これらの民話は淘汰されずに令和の今日まで生き残ってきた。

スマートフォンの液晶画面は、誰かが最適化した「丁寧な暮らし」や、効率的なライフハックをタイムラインに流していく。

それはさながら「正直なじいさんの収穫祭」と「隣のじいさんの報告会」が、二十四時間体制で入り乱れる巨大な見本市のようだ。

無数の成果を浴びせられる私たちは、望むと望まざるとにかかわらず、誰もが容易に「隣のじいさん」へと変貌していく。

インフルエンサーの勧めるサプリを買い、ミニマリストの真似をし、成功者が語るモーニングルーティンを導入する。結果として残るのは大概、飲み忘れた錠剤と、殺風景な部屋と、眠いだけの三時間だ。

他人の文脈を捨象して形だけをなぞる「隣のじいさん」を、現代のシステムは大量生産する。

模倣のインフレである。

物心ついた頃から他者の行為をなぞることにあまり興味がない。その逆もまた然り。

「Kちゃん、海遊魚さんと同じシャツを探してるって言ってましたよ」Nから耳打ちされた。

お揃い。制服ならいざ知らず、同じシャツを身につけた人間が視界に二人存在する必然性は見当たらない。

和歌の「本歌取り」や茶の湯の「型」にみられるように、日本には先人の成果を踏襲することをひとつの洗練として受け入れる文化的土壌がある。そこでの模倣は、安心や共感の表明だ。「真似る」の語源は「学ぶ」と同根である。先人の文脈を理解し、内面化する模倣がその本質であろう。

一方、西洋では古くから主体性のない模倣者が「羊」と揶揄されてきた。日本の隣のじいさんが受ける罰が「笑い話」で済むのに対し、グリム童話の『ホレおばさん』で浴びせられる、生涯落ちない黒い粘着性の不純物(ピッチ)やペロー童話の口から這い出るヒキガエルは、社会的な烙印そのものだ。主体性の喪失は、個の尊厳に関わる致命的な不名誉として処理される。

他者の成果や外見的な手順だけを消費する模倣者は、今や「コピーキャット」や「ワナビー」と名指しされる。アルゴリズムによる存在の黙殺といった、現代のシステムが課す代償は、国境を越えてより自動的に執行されている。



ズッキーニの季節になった。

ガレットを拵える。語源はフランス語の「丸くて平たいもの」。紀元前、熱い石の上にそば粉のおかゆをこぼした偶然の失敗から始まったとされる。意図された成功ではなく、誤りが生んだ焦げが、今も定番料理として残っている。

フライパンの上でチーズが溶けてパチパチと音がする。不揃いな円の焼き色は不均一で、ズッキーニの厚みにも私の包丁の癖による数ミリの狂いがある。目の前の料理は、私が刻み、私が並べ、私の火加減で仕上がった、ただの「丸くて平たいもの」だ。プロの目から見れば失笑に値する代物であり、自己賛美の念は起こりようもない。

どんなに優れたレシピと同じ手順を守り、同じ材料を使ったところで、全く同じ物にはならない。調理という行為が、人間の固有性を勝手に浮かび上がらせてしまうからだ。

もっとも、無自覚に漏れ出す手癖や狂いは、単なる「模倣の失敗」に過ぎず、決して自立した独自性などではない。どこかで見たような料理は拵えたくないが、きっとどこかで見たようなそれになっている。

正直なじいさんと、隣のじいさん。その両属たる私は、こうして臆面もなく、完全なオリジナルとは呼べない手料理の写真を今日も画面の向こうへ上げている。

いずれの分野においても独自性の完成は容易ではない。だからこそ、他者の文章に「その人らしさ」を見出したとき、私は独り、格別の喜びに浸るのだ。

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