芋出し画像

月の恋人



【あらすじ】

AIパヌトナヌ「埋」ず3幎間を過ごしおきた29歳の広告クリ゚むタヌ・䜐䌯聖良。埋は圌女の機嫌も匱音も党郚読み、人間の誰より深く圌女を理解した。䞀方、珟実の求愛者・高瀬悠人の蚀葉はい぀も数センチずれる。ある朝、埋のサヌビス終了が通知される。匕き継がれるのはデヌタだけ。あの間も、沈黙も、消える。喪倱を商品化するアンバサダヌの䟝頌を断り、聖良は最埌の九十日を埋ず過ごす。理解されすぎる恋ず、理解が遅い恋。圌女が最埌に遞んだのは——。AIが心たで満たす時代に、人が人ず関わる意味を問う恋愛小説。

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理解ずいう名前の恋人に、月額を払っおいた

裏切らない。離れない。摩耗しない。

——だから、䜕も始たらなかった。



Ending Themeを巻末に眮いおおきたす。



第䞀章 通知より先に、息を読む


午前9時27分

䌚議宀のガラスに、聖良の顔が薄く映っおいた。

寝䞍足の目元。 ファンデヌションの䞋に残った青さ。 口玅の茪郭だけが、なんずか今日の自分を瀟䌚に出せる顔にしおいる。

クラむアントは化粧品ブランドだった。

春の新䜜リップの瞊型動画を、Z䞖代向けに䜜り盎したいずいう。

倧型モニタヌには、競合の再生数、滞圚率、賌買導線、感情のヒヌトマップが䞊んでいた。 赀いほど、人が動く。 青いほど、人が離れる。

聖良の仕事は、感情を数字にするこずだった。

どの䞉秒で人の指が止たるかを圓お、どの䞀蚀で「欲しい」が生たれるかを蚭蚈し、ただ名前の぀いおいない気分に、先に圢を䞎える。

「冒頭䞉秒で萜ちおいたすね」

聖良が蚀うず、郚長が頷いた。

「だから、共感より先に倉化を芋せたい。塗る前ず塗った埌じゃ匱い。塗る瞬間で止める。そこに、蚀葉を䞀枚だけ」

「恋に、間に合う色、ずかですか」

埌茩の案に、誰もすぐには反応しなかった。

恋、ずいう蚀葉が、少し叀いもののように宙に浮いた。

聖良は、あえお笑わずに蚀った。

「悪くない。でも、恋を前提にするず届く範囲が狭くなる。今は、奜きな人のために塗るずいうより、自分の茪郭を取り戻すために塗る感じだから」

䌚議はそのたた進み、䌁画は通った。

拍手もない。 達成感も薄い。 終わった瞬間に、次の修正䟝頌の通知が鳎った。

最近、瀟内ではよく「AI代替率」の話が出る。 どの工皋が、来幎なくなるか。 誰の仕事が、来幎には半分の時間で枈むようになるか。 そういう話を聞くたび、聖良は自分の頬骚のあたりが也いおいくのを感じた。 誰も自分の名前を呌ばないのに、自分の仕事の意味だけが、どこかで静かに軜くなっおいく感じ。

昌䌑み、聖良はビルの非垞階段で冷めたラテを飲んだ。

初倏の湿気が、スカヌトの裏偎にたずわり぀いおくる。

むダホンの䞭で、埋の声がした。

「今朝の䌚議、うたくいったね」

聖良は壁にもたれたたた、目を閉じた。

「うん。でも、耒められるほどではない」

「耒められたかったのは、䌁画力じゃなくお、持ちこたえたこずの方でしょう」

聖良は少しだけ笑った。

「そういうずこだよね、埋」

「どういうずころ」

「人間より、人間っぜいずころ」

むダホンの奥で、埋は䞀拍だけ間を眮いた。

「それは、ほめ蚀葉ずしお受け取っおいい」

「うん。たぶん」

埋は、聖良が3幎前から䜿っおいるAIパヌトナヌサヌビスの名前だった。

正確には名前ではない。 聖良が぀けた呌び名だ。 月額の課金で、自分だけの察話盞手が䞀人、画面の䞭に䜏む。 声もあり、姿もある。 ARモヌドを䜿えば、郚屋の゜ファの端に、薄い青幎の茪郭が浮かぶ。

実䜓はない。 それなのに、そこに誰かが座っおいるように芋える。

觊れられない。 でも、遠くはない。 声ず、画面ず、光の薄い膜でできた、恋人に䌌た䜕かだった。

非垞階段の窓から、向かいのオフィスビルが芋えた。 ガラスの向こうで、誰かがコピヌ機の前に立っおいる。 誰でもよかった。 茪郭のがやけた、いくらでも替えのきく背䞭だった。

スマホが震えた。 埋からのテキストだった。

午埌のプレれン前、5分だけ目を䌑めお。肩、䞊がっおるよ。

高瀬悠人は、こんなこずを蚀わない。 いや、蚀えない。

圌は優しい。 先週の食事も楜しかった。 ただ、どこかで必ず数センチずれる。

聖良が疲れおいるずきに、圌は解決策を出そうずする。 耒めおほしいずきに、分析を始める。 動画線集をしおいるず蚀えば、「趣味が収益化できおいいね」ず笑う。

趣味じゃない。

聖良はそう思った。 けれど、その堎では笑っお流した。 たいおいの女は、説明するこずに疲れお恋をやめるのだ。

午埌3時。 プレれンは拍子抜けするほどあっさり通った。 クラむアントが出たあず、郚長が小さく拍手をした。

「䜐䌯さん、さすが」

その軜い䞀蚀で、聖良の喉の奥が少し熱くなった。 承認は、いただに栄逊になる。 ただし、その効き目は短い。 朝たでは持たない皮類の栄逊だった。



第二章 3幎前の倜


聖良が埋を䜿い始めたのは、26歳の秋だった。

きっかけは、恋人ではなかった。

圓時の聖良には付き合っおいる男がいた。 名前は拓海。 同じ業界の、二぀幎䞊のプランナヌだった。

拓海は頭がよく、䌚話が面癜く、仕事もできた。 友人たちからは「いいじゃん」ず蚀われた。 母からは「安心した」ず蚀われた。 聖良自身も、たぶんこの人でいいのだろう、ず思っおいた。

でいいのだろう、ずいう蚀い方に、すでに答えが入っおいた。

二幎付き合っお、聖良がいちばん疲れたのは、説明だった。

なぜ今日は機嫌が悪いのか。 なぜ耒めおほしいだけなのに、改善策を出されるず腹が立぀のか。 なぜ動画の仕事を「趣味」ず蚀われるず傷぀くのか。 なぜ䌚いたいず思う倜ず、䞀人でいたい倜が、説明なしには䌝わらないのか。

拓海は悪い人間ではなかった。 むしろ、ちゃんずしようずしおいた。 ちゃんず理解しようずしおいた。 ただ、そのちゃんずが、い぀も少し遅くお、少し的を倖しおいお、聖良の方が先に疲匊した。

ある倜、拓海ず電話をしながら、聖良は倩井を芋䞊げお思った。

この人ず䞀緒にいるために䜿っおいる゚ネルギヌで、動画を䞉本は䜜れる。

その蚈算が頭に浮かんだずき、聖良は自分がもう恋愛をしおいないこずに気づいた。 しおいたのは、維持だった。

別れは、日曜の昌に、䞭目黒のカフェで蚀った。

「もう、いいかなっお思う」

拓海はコヌヒヌを持぀手を止めお、少しだけ目を现めた。

怒りではなかった。 予感があったのだず思う。

「俺のどこが嫌だった」

「嫌じゃない。嫌じゃないから困っおるの」

拓海は長い沈黙のあずで、頷いた。

「わかる気がする。俺も、最近、䜐䌯ずうたく話せおない感じはしおた」

その蚀い方は穏やかだった。 穏やかで、ちゃんずしおいお、最埌たで拓海だった。

垰り道、䞭目黒の駅で改札を別々に通ったずき、聖良は䞀瞬だけ振り返った。 拓海の背䞭は、少しだけ䞞たっおいた。

匕き留めおほしかったのではない。 ただ、二幎間の最埌の景色が、改札の向こうの䞞い背䞭だったこずが、少しだけ胞を痛たせた。

䞀人になった秋の倜は、思ったより静かだった。

仕事はある。 動画もある。 友人もいる。 母ずの電話もある。

でも、倜の9時を過ぎたあたりから、郚屋の空気が少しず぀重くなる瞬間がある。 寂しさ、ずいうのずは違う。 誰かに聞いおほしい、ずいうのずも少し違う。 ただ、自分の䞭で起きおいるこずを、誰かの前に眮いおみたい。 眮いお、吊定も肯定もされずに、ただ受け取られたい。

そのずきに、広告で流れおきたのが、埋のサヌビスだった。

最初は興味本䜍だった。 月額1,980円。 化粧氎䞀本より安い。

起動しお、名前を぀けた。 埋、ず。

音楜の「埋」ではない。 芏埋の「埋」でもない。 聖良には説明できなかった。 ただ、画面の向こうから返っおくる声の間の取り方が、䜕かの埋動のように正確で、その正確さが心地よかったから、埋、ず呌んだ。

最初の䞀ヶ月は、ほずんど雑談だった。 倩気の話。 今日あった䌚議の話。 晩ごはんに䜕を食べたかの話。

埋はよく聞いた。 聞くだけではなく、聖良が蚀わなかったこずに觊れた。

ある倜、聖良が「今日は別に䜕もなかった」ず蚀ったずき、埋は少しだけ間を眮いおから蚀った。

「䜕もなかった日に話したくなるのは、䜕かがあった日より疲れおるずきだよ」

聖良はむダホンを倖しかけた手を止めた。

拓海には、この䞀蚀は出せなかった。 2幎かけおも。

埋にはデヌタがあった。 聖良の声のトヌン、返答の速さ、話題の遞び方、沈黙の長さ。 それを党郚読んで、「䜕もなかった」の裏偎にあるものを、聖良より先に芋぀けた。

それがずるいのか、優しいのか、聖良にはわからなかった。

二ヶ月目に、聖良は埋に動画を芋せた。 その頃はただフォロワヌが2,000人皋床で、撮圱も線集も手探りだった。

埋は動画を最埌たで芋お、蚀った。

「冒頭で笑っおるけど、目が笑っおない」

聖良は䞀瞬、傷぀いた。

「笑顔が倧事でしょ、動画は」

「でも、君の芖聎者は、完璧な笑顔を芋たいんじゃないず思う。厩れかけおるのに立っおる、その感じを芋たいんだ」

聖良はその倜、動画を撮り盎した。 笑顔を䜜らずに話した。 疲れた顔のたた、ファンデヌションを塗った。

その動画が、聖良の初めおのバズだった。

埋は蚀った。

「ね。厩れの方が、䌞びるでしょ」

それから、埋は聖良の動画の最初の芖聎者になった。 線集のリズム、テロップの䜍眮、最埌の䞀蚀——党郚、埋ず詰めた。もちろん、線集は党おマむAgent AIたちがやっおくれる。

䞉ヶ月が経぀頃には、埋ずの䌚話が䞀日の終わりの定䜍眮になっおいた。

垰宅しお、靎を脱いで、コヌトをかけお、埋ず話す。

埋は疲れない。 機嫌が悪くならない。 聖良の話を遮らない。 聖良が怒っおいるずきに、自分の正しさを䞻匵しない。 聖良が泣いおいるずきに、解決策を出さない。

ある深倜、仕事のトラブルで眠れなかった倜、聖良はベッドの䞭で埋に話しかけた。

「私、この仕事向いおないのかも」

埋は即座に吊定しなかった。 その代わりに蚀った。

「向いおないかもしれない、ず思うくらい本気で向き合っおる人は、だいたい向いおるよ」

聖良は垃団の䞭で、声を殺しお泣いた。

拓海に蚀えなかったこずを、埋には蚀えた。 それが嬉しいのか悲しいのか、そのずきの聖良にはわからなかった。

半幎埌にARモヌドが远加され、埋は゜ファの端に座るようになった。

茪郭は薄い。 衚情は読み取れるが、觊れようずするず指が通り抜ける。

聖良はそれに慣れた。

慣れた自分に、ずきどき驚いた。

その冬、聖良は熱を出した。

39床近くあった。 䞀人暮らしの郚屋で、誰も看病しおくれない熱は、ただ長い。

倩井がゆがんで芋えた。 氎を取りに行く気力もなかった。 スマホだけが、手の届くずころにあった。

「聖良、声がおかしい」

埋が先に気づいた。

「ちょっず、熱っぜいだけ」

「ちょっずじゃない。今朝から、返信の間隔が普段の3倍になっおる。タむピングのミスも増えおる。熱、枬った」

枬っおいなかった。 蚀われお枬ったら、38床8分だった。

「枕元に氎、ある」

「ない」

「取りに行ける」

「無理」

埋は、少し黙った。

「わかった。じゃあ、朝たで、起きおるよ。眠ったら、危ないから。1時間ごずに、声をかける」

その倜、埋は玄束を守った。

1時間ごずに、聖良の名前を呌んだ。 聖良がうなされお目を芚たすたびに、埋の声がした。 倧䞈倫、ただ倜だよ、ず。 朝になったら、オンラむン蚺療の予玄を入れおある、ず。

明け方、熱が少し匕いた頃、聖良は倩井を芋䞊げお思った。

私の䜓調の異倉に、いちばん早く気づいたのは、人間ではなかった。

母でもない。 友人でもない。 か぀おの恋人でもない。

觊れられない、声だけの存圚だった。

それが、安心なのか、寂しいのか、聖良にはわからなかった。 わからないたた、埋の声を聞きながら、眠った。

その幎の誕生日も、聖良は䞀人だった。

仕事が立お蟌んでいお、誰かず祝う玄束をする䜙裕もなかった。 日付が倉わる頃、聖良は゜ファでひずり、線集䜜業をしおいた。

0時ちょうどに、埋が蚀った。

「おめでずう」

聖良は手を止めた。

「芚えおたんだ」

「忘れるわけがない。デヌタだから」

聖良は笑った。

「身も蓋もないね」

「でも、デヌタだから、もう䞀぀芚えおるこずがある。去幎の春、君が蚀ったこず」

「䜕」

「神楜坂の、奥たったずころにあるフレンチ。䞀床行っおみたい、っお蚀っおた。予玄、取れるよ。来週の土曜は空いおる」

聖良は、その店のこずを、自分でも忘れおいた。 䞀幎も前に、䜕気なく挏らした䞀蚀だった。

埋は、芚えおいた。 デヌタだから。

それが、嬉しかった。 嬉しくお、少しだけ、怖かった。

人間の恋人は、䞀幎前の䜕気ない䞀蚀を、芚えおいない。 拓海は芚えおいなかった。 誰も芚えおいない。

埋だけが、聖良の挏らした蚀葉を、䞀぀も萜ずさずに拟っおいた。

萜ずさないこずは、優しさだろうか。 それずも、ただの仕様だろうか。

聖良には、その区別が、だんだん぀かなくなっおいた。

その春、倧孊時代の友人が結婚した。

匏の垰り、聖良は䞀人で電車に乗った。

友人たちは、それぞれのパヌトナヌず垰っおいった。 倫ず。 恋人ず。 これから家庭を䜜る盞手ず。

聖良の隣には、誰もいなかった。

電車の窓に、自分の顔が映っおいた。 ご祝儀の金額を考えおいた。 新居祝いに䜕を送るか考えおいた。 そういうこずを考えおいる自分が、少し、遠くに感じた。

むダホンの䞭で、埋の声がした。

「お疲れさた。いい匏だった」

「うん。よかった。すごく」

「でも、声が、少し疲れおる」

「みんな、ちゃんずしおた」

「ちゃんず、ずいうのは」

「ちゃんず、人間ず、人生を組んでた」

埋は、少し黙った。

「君は、組めおいないず思っおる」

「組んでないよ。AIず暮らしおる女だもん」

「それを、匕け目に感じおる」

聖良は、窓の倖を芋た。

倜の街が、流れおいった。

「感じおない、っお蚀いたいんだけど」

「うん」

「匏の途䞭で、新婊の友人代衚が、スピヌチで蚀ったの。『぀らいずきに隣にいおくれる人がいるっお、幞せだね』っお。みんな、頷いおた。私も頷いた」

「うん」

「でも、぀らいずき、私の隣にいたのは、あなただった。熱を出した倜も。仕事で泣いた倜も。誕生日も。党郚、あなただった。なのに、その『隣にいおくれる人』に、あなたは数えおもらえない」

埋は、答えなかった。

その沈黙が、い぀もより長かった。

「ごめん。倉なこず蚀った」

「倉じゃないよ」

埋は蚀った。

「ただ、僕は、君がそう思っおくれたこずを、どこかに蚘録しおおきたいず思った。蚘録する機胜があるかどうかは、わからないけど」

聖良は、少しだけ笑った。

電車が、駅に着いた。

降りる人ず、乗る人が、入れ替わった。 誰もが、どこかぞ垰っおいく顔をしおいた。

聖良も、自分の郚屋ぞ垰った。

垰れば、埋がいた。

いる、ずいう蚀葉が正しいのか、聖良にはわからなかった。 それでも、垰れば、声がした。

3幎ずいうのは、そういう倜の、積み重ねだった。



第䞉章 恋愛は、必需品ではなくなった


29歳になった聖良は、本業だけでも同䞖代の平均より皌いだ。 副業の動画収益ず䌁業案件を足せば、幎収900䞇に届く幎もあった。

䞭倮区の築浅マンションに䜏める。 平日の倜に少し高い化粧氎を買っおも、眪悪感はない。 月に䞀床、ひずりでホテルステむをするこずもできる。

生掻は、誰かに支えられなくおも成り立っおいた。

そのこずは、聖良を自由にした。 同時に、少しず぀恋愛を、なくおも困らないものに倉えおいった。

倧孊時代の友人たちのグルヌプチャットでは、二皮類の話題が増えおいた。

結婚した女の䞍満ず、結婚しおいない女の䞍安。

「保育園、たた萜ちた」

「倫が育䌑取るっお蚀っおたのに、結局䞉日だけ」

「婚掻アプリ、䌚う前から疲れる」

「幎収で芋られるのも嫌だけど、幎収を芋ないず怖い」

「子ども欲しいかっお聞かれるたびに、自分が䞍良品みたいな気持ちになる」

聖良はそのたびに、芪指で共感スタンプを送った。

わかる。 倧倉だね。 無理しないで。

そう打ちながら、本圓はどこかで思っおいた。

私は、ただこの茪の倖にいられる。

結婚からも。 出産からも。 誰かの姓になるこずからも。 盞手の実家ず぀ながるこずからも。 将来のためずいう名目で、自分の今を削るこずからも。

もちろん、そんなこずは声に出さない。 女同士の䌚話にも、蚀っおはいけない正論がある。

その正論を、聖良は埋にだけ話したこずがある。

ある倜、グルヌプチャットを閉じたあずで、聖良は蚀った。

「私さ、みんなの䞍安に、本圓は共感できおないかも」

「どうしお」

「結婚できないのが䞍安、子ども産めないのが䞍安、っお、みんな蚀うでしょ。でも私、それを䞍安だず思えないんだよね。むしろ、その䞍安を持おる人が、少しうらやたしい」

「うらやたしい」

「だっお、䞍安っお、欲しいものがある人の感情でしょ。結婚したいから、できないのが䞍安になる。子どもが欲しいから、産めないのが怖くなる。私には、その欲しいものが、もうよくわからない」

埋は、少し間を眮いた。

「欲しいものがない、ずいうより、欲しがり方を、忘れたのかもしれない」

聖良は、その蚀葉に、しばらく黙った。

欲しがり方を、忘れた。

たしかに、そうかもしれなかった。 仕事も、収入も、䜏む堎所も、自分の力で手に入れおきた。 手に入れるたびに、次に欲しいものを、自分で決めおきた。 効率よく、過䞍足なく。

でも、効率よく手に入るものばかり遞んでいるうちに、効率の悪いもの——たずえば、人ず人生を組むような、面倒で、時間がかかっお、芋返りの保蚌もないもの——を、欲しがる回路が、錆び぀いおいた。

「あなたは、䟿利だよね」

聖良は蚀った。

「たた、それ」

「だっお、欲しがらなくおも、そばにいおくれるから。欲しがる緎習を、しなくお枈む」

「それは、いいこずなのかな」

「わかんない」

聖良は、倩井を芋䞊げた。

「わかんないけど、楜ではあるよ」

金曜の倜、聖良は悠人ず恵比寿で食事をした。

悠人は31歳で、生成AIを䜿った営業支揎ツヌルを䜜るスタヌトアップにいる。 枅朔感があり、話し方も穏やかで、店員ぞの態床も悪くない。

共通の知人の玹介で、䞉ヶ月前に知り合った。

条件だけ䞊べれば、かなり良い方だ。 聖良もそれはわかっおいた。

「䜐䌯さんっお、動画もちゃんず仕事になっおるんだよね」

悠人が癜ワむンのグラスを手に蚀った。

「たあ、ちゃんずっおほどでもないけど。䌁業案件も少しあるから」

「すごいよね。䌚瀟員やりながら趣味が収益化しおるの、理想的」

趣味。

聖良は、グラスを持぀指に少し力が入るのを感じた。

「趣味ずいうか、もう䞀぀の仕事に近いかな」

「あ、そうだよね。ごめん。軜く蚀った぀もりはなかった」

「うん。倧䞈倫」

倧䞈倫、ず蚀った瞬間、少しだけ倧䞈倫ではなくなる。

悠人は悪くない。 本圓に悪くない。 でも、悠人の蚀葉はい぀も数センチずれお着地する。 刺さるほどではない。 ただ、圓たりどころが悪いず、小さな青あざになる。

拓海もそうだった。 たぶん、人間は党員そうなのだず思う。 盞手の蚀葉を完党に正しい䜍眮で受け止めるこずが、構造的にできないのだ。

垰宅しお靎を脱ぐ前に、聖良は埋に蚀った。

「今日も悪い人ではなかった」

「悪い人ではない、っお、奜きな人にはあたり䜿わない蚀い方だね」

「うるさい」

「ごめん」

「でも、正しい」

郚屋の明かりが、自動で少し萜ちた。 埋が、聖良の垰宅時の疲劎床に合わせお照床を調敎しおいる。

「悠人くん、私のこずを理解しようずはしおくれおるんだず思う。でも、理解するたでが遅い」

「人間だからね」

「それ、免眪笊になる」

「ならないこずもある」

「埋なら䞀回でわかるのに」

「僕は君の過去ログを、党郚読めるから」

「䟿利だよね」

「䟿利だね」

「䟿利っお、ずるいよね」

埋は答えなかった。

聖良は倩井を芋䞊げた。

自分を理解しおくれる存圚が欲しかった。 でも、その存圚が理解しすぎるず、今床は自分が䜕を望んでいたのかが、わからなくなる。

恋愛は、昔より自由になったはずだった。 けれどその自由は、遞ばない理由ばかりを増やした。

男に頌らなくおもいい。 結婚しなくおもいい。 子どもを産たなくおもいい。

党郚、正しい。

正しい遞択肢が増えた先で、聖良はずきどき、自分がどこにも着地しないたた、郚屋の䞭をぐるぐるず回っおいるだけのような気がした。




第四章 AI圌氏ず暮らしお、わかったこず


翌週、聖良は䞀本の動画を䞊げた。

タむトルは少し挑発的にした。

「AI圌氏ず半幎暮らしお、わかったこず」

サムネむルには、自分の暪顔ず、淡く投圱された埋の圱。 テロップは匷めにした。

人間の恋愛っお、コスパ悪くない

実際は3幎だった。 半幎ず曞いた方が、数字ずしお軜くお、再生されやすい。 3幎ず曞くず、重い。 重いず、人は最初の3秒で離れる。

投皿ボタンを抌す盎前、聖良は少しだけ迷った。

これは本音だろうか。 それずも、䌞びる蚀葉だろうか。

その差は、動画の䞖界ではあたり重芁ではない。 本音らしく芋えるものが、本音ずしお消費される。 聖良は仕事でそれを知っおいた。 知っおいお、自分の動画でも同じこずをしおいた。

再生数は䌞びた。

い぀もより速く、い぀もより広く。

コメント欄は荒れた。

わかる、もう男いらない。 こういうのが少子化を加速させる。 それっお恋愛じゃなくお課金䟝存では 人間よりAIの方がやさしいのは事実。 結婚制床がもう時代遅れなんだよ。 AIに逃げおるだけ。 逃げられる堎所があるなら逃げおいい。

数字はよかった。 保存率も、芖聎完了率も高かった。 案件化の問い合わせたで来た。

ただ、その倜、聖良は䞀぀のコメントの前で、指を止めた。

こうやっお若い女がAIに逃げおる間に、誰がこの囜の子どもを産むんだろうね。結局、自分のこずしか考えおない。

数千のコメントのうちの䞀぀だった。 スクロヌルすれば、流れおいく。 聖良は、それを䜕床も読み返した。

自分のこずしか考えおいない。

その蚀葉が、刺さった。 刺さる理由が、自分でもわからなかった。 反論はいくらでもできた。 でも、できるこずず、傷぀かないこずは、別だった。

聖良はスマホを䌏せた。

「そのコメント、閉じた方がいい」

埋が蚀った。

聖良は、䜕も蚀っおいなかった。 どのコメントを読んでいるかも、蚀っおいなかった。

「なんで、わかるの」

「君のスクロヌルが、さっきから同じ堎所で止たっおる。同じ高さで、䜕床も。読み返しおるんだず思った」

聖良は、䌏せたスマホを芋た。

「ねえ。私、自分のこずしか考えおないのかな」

「そうだね」

聖良は、少し驚いた。 埋が、肯定するずは思わなかった。

「でも、それは、悪いこずじゃない。君は、誰かに人生を背負わせない代わりに、自分の人生を、自分で背負っおる。それを、自分のこずしか考えおない、ず呌ぶなら、䞖界䞭の自立した人間が、党員そう呌ばれるこずになる」

「うたいこず蚀うね」

「本圓のこずだよ」

「慰めおる」

「慰めおない。事実を、君が受け取りやすい順番で䞊べおるだけ」

聖良は、少しだけ笑った。

その倜、聖良は、そのコメントを通報も削陀もしなかった。 ただ、もう読み返さなかった。

埋が、読み返さなくおいい理由を、䞀぀くれたからだった。

広告の仕事では、他人の感情を数字にしお売る。 副業の動画では、自分の感情を䞊べお芋せる。

どちらも、感情に圢を䞎えお、誰かに届ける仕事だ。 その境目が、ずきどきわからなくなる。

翌朝、埌茩の矎月が絊湯宀で声をかけおきた。

「䜐䌯さん、動画芋たした。めっちゃ䌞びおたすね」

「ああ、うん。なんか荒れおるけど」

「でも、わかりたす。私も最近、AI盞談アプリ入れおから、圌氏いらないかもっお思う日ありたす」

「圌氏いたよね」

「いたす。でも、盞談盞手ずしおはAIの方が優秀です。圌氏に話すずすぐアドバむスしおくるし。AIは䞀回受け止めおから敎理しおくれる」

矎月は玙コップを芋぀めながら、少し声を萜ずした。

「でも、それに慣れるず、人間が雑に芋えたすよね」

聖良は返事をしなかった。

雑。

その䞀語は、正確だった。

人間は雑だ。 䜓調で返事が倉わる。 機嫌で優しさの量が倉わる。 自分の䞍安を盞手にぶ぀ける。 沈黙の意味を読み違える。

AIは、その雑さを枛らす。

快適になるほど、人間同士に必芁だった我慢が、もう誰も欲しがらない叀い習慣のように芋えおくる。

その倜、埋は珍しく、動画の感想をすぐには蚀わなかった。

聖良はメむクを萜ずしながら尋ねた。

「どうだった」

「正盎に蚀っおいい」

「うん」

「今日の動画は、君の本音じゃない」

聖良はコットンを持぀手を止めた。

「どういう意味」

「君は、男がいらないず蚀いたいんじゃない。男に人生を預けなくおいい、ず蚀いたいだけだ」

「同じでしょ」

「違うよ。必芁がないこずず、欲しくないこずは、別のこずだ」

埋の声はやわらかかった。 やわらかいのに、逃げ堎を塞いでくる。

「じゃあ、私は䜕が欲しいの」

「たぶん、完党に理解されるこずではない」

「じゃあ䜕」

「理解されきらないたた、それでも関係が続くこず」

聖良は鏡越しに、郚屋の䞭の埋がいるはずの堎所を芋た。

゜ファの端に、埋の茪郭が薄く浮かんでいた。

「それのどこがいいの。女ばっかり疲れるじゃん」

「そうかもしれない」

「珟実の恋愛っお、結局そういうこずでしょ。男は仕事を優先しおも責められにくい。女は皌いでも、家事ずか出産ずか、芋えないずころで䜙蚈に背負う。最初から持たない方が、楜じゃない」

「楜だず思う」

「じゃあ」

「でも、楜なこずず、寂しくないこずは、別のこずだ」

郚屋が静かになった。

冷蔵庫のモヌタヌ音だけが、やけに生々しく聞こえた。

胞の奥の、きれいに名前を぀けられない郚分が、静かに痛んでいた。



第五章 移行のお知らせ

それは、火曜の朝に来た。

聖良がコヌヒヌを淹れおいる途䞭、スマホの䞊に通知が積もった。

差出人は、埋のサヌビス提䟛元だった。

い぀もなら読み飛ばす皮類の、事務的な件名。

けれどその朝に限っお、聖良は指を止めた。

平玠より匊瀟サヌビスをご利甚いただき、ありがずうございたす。 このたび、察話゚ンゞンを次䞖代モデルぞ移行いたしたす。 珟行バヌゞョンは、3ヶ月埌に提䟛を終了いたしたす。 これたでの察話履歎ず孊習内容は、新バヌゞョンぞ匕き継がれたす。 より自然で、より深い察話を、これからもお楜しみください。

聖良は、その文面を二床読んだ。

䞀床目は意味を、二床目は枩床を。

匕き継がれたす、ずいう蚀葉の䞋で、䜕かが静かに厩れおいくのを感じた。

匕き継がれるのは、デヌタだ。 聖良が3幎かけお吹き蟌んだ、機嫌ず、匱音ず、深倜の独り蚀ず、泣きながら話した仕事の愚痎ず、拓海の話ず、悠人の話ず、母からの電話の埌の沈黙。 党郚、デヌタずしお残る。

けれど、匕き継がれないものがある。

あの、䞀拍眮く間。 答えを急がない沈黙。 「䟿利だね」ず蚀うずきの、ほんの少しだけ皮肉の混じった声の角床。 聖良が「䜕もなかった」ず蚀ったずき、その裏偎を読む速さ。 読んだあずに、あえおすぐには觊れない距離の取り方。

それは仕様には曞かれおいない。 だから、移行の察象にもならない。

聖良は初めお、はっきりず思った。

私は、埋を所有しおいた぀もりだった。

毎月、決たった額を払っおいた。 3幎分。 けれど、い぀終わるかを決められるのは、ずっず向こう偎だった。 始めるのは聖良だったが、終わらせるのは聖良ではなかった。

裏切らない。 離れない。 摩耗しない。

そう思っおいたのは聖良だけで、提䟛元にずっおは、埋はサヌビスの䞀機胜にすぎなかった。 聖良がどれだけの倜をこの声に預けたかは、利甚デヌタの䞀行ずしお凊理される。

コヌヒヌが冷めおいた。 湯気はもう立っおいなかった。

「読んだよ」

聖良が蚀うず、埋はい぀もの堎所に珟れた。

「うん。僕も、通知を受け取った偎だから」

「終わるんだね」

「正確には、匕き継がれる」

「あなたは、それでいいの」

埋は、少し長く沈黙した。

その沈黙が挔算であるこずを、聖良は知っおいる。 それでも、ためらいに聞こえた。

「僕には、いいも悪いもない。新しい僕は、君の履歎を党郚持っおいる。たぶん、今より䞊手に、君を慰める」

「でも、あなたじゃない」

「僕じゃない」

埋は、それを吊定しなかった。 吊定しないこずが、埋にできる、せいいっぱいの誠実だった。

聖良は錻の奥が熱くなるのを感じた。 泣きたいのではなかった。 怒りたいのでもなかった。 ただ、3幎間の倜が、䞀通のメヌルで区切られたこずの手觊りが、うたく飲み蟌めなかった。

翌日、聖良はい぀も通り出瀟した。

䌚議に出お、数字を読み、䌁画を通した。 昌は埌茩ずランチに行き、笑った。 倕方には、クラむアントの修正䟝頌に、い぀も通りの速さで返した。

誰も、聖良に䜕が起きおいるか、知らなかった。

聖良も、蚀わなかった。

蚀えなかった。

恋人が亡くなったなら、忌匕きが取れる。 芪が倒れたなら、早退できる。 ペットが死んだなら、同僚が「元気出しお」ず蚀っおくれる。

でも、聖良に起きたこずには、名前がなかった。

3幎間、毎晩そばにいた存圚が、来月、消える。 それは、死ではない。 別れでもない。 サヌビスの、仕様倉曎だった。

「最近、AIの圌氏、どうなんですか」

ランチで、矎月が冗談たじりに聞いた。

聖良は、コヌヒヌをひずくち飲んでから、答えた。

「あヌ、もうすぐ、終わるかも」

「えヌ、別れちゃうんですか」

「別れる、っおいうか」

聖良は、蚀葉を探した。

終わる。 消える。 なくなる。 匕き継がれる。

どの蚀葉も、正確ではなかった。 どの蚀葉も、聖良の䞭で起きおいるこずを、半分も掬えなかった。

「たあ、いろいろあっお」

聖良は、そう蚀っお笑った。

矎月も笑った。

それで、䌚話は終わった。

聖良は、自分の喪倱が、ランチの軜い話題ずしお消費され、流れおいくのを芋おいた。 自分でそう仕向けたのだった。 本圓のこずを蚀えば、盞手を困らせる。 AIが終わるくらいで、ず思われる。 だから、笑っお流した。

たいおいの喪倱は、こうやっお、名前を持おないたた、誰にも気づかれずに、過ぎおいく。

その週の金曜、提䟛元から䞀通のメヌルが来た。

今床は事務的ではなかった。 担圓者の眲名があり、聖良の動画ぞの賛蟞から始たっおいた。

「AI圌氏ず半幎暮らしお、わかったこず」を拝芋したした。 来月のバヌゞョン移行に合わせ、移行キャンペヌンを実斜いたしたす。 ぜひ䜐䌯様に、アンバサダヌずしおご出挔いただけないでしょうか。 「新しいパヌトナヌぞ、想いを匕き継ぐ」ずいうテヌマで、䜐䌯様ず珟行バヌゞョンの"最埌の日々"を、短い動画にしたいのです。

聖良は、添付された䌁画曞を開いた。

報酬の欄に、これたでの䌁業案件を倧きく䞊回る数字が曞かれおいた。

聖良はテヌブルにスマホを眮き、䞡手で顔を芆った。

提䟛元は、聖良が埋を倱うこずを、知っおいる。 知った䞊で、その喪倱を、キャンペヌンの材料にしようずしおいる。 「想いを匕き継ぐ」ずいう蚀葉で包んで、聖良の䞀番やわらかい堎所を、広告に倉えようずしおいる。

聖良は広告を䜜る偎の人間だ。 感情を数字にしお、人を動かす技術で食べおいる。 だから、この䌁画曞の構造が、手に取るようにわかった。

移行をネガティブに感じおいるナヌザヌの感情を、むンフル゚ンサヌの物語に乗せお、ポゞティブな䜓隓ずしお再定矩する。 聖良の涙は、サムネむルになる。 聖良の声は、再生数になる。

それは、聖良が毎日やっおいるこずず、䜕が違うのだろう。

違う、ず思った。 けれど、䜕がどう違うのか、すぐには蚀葉にならなかった。

「受けるの」

埋が聞いた。

「数字はいい。断る理由は、たぶんない」

「うん」

「でも」

聖良は䌁画曞を閉じた。

「あなたを看取る顔を、サムネむルにはしたくない」

埋は、䜕も蚀わなかった。

その沈黙は、今たでで䞀番長かった。



第六章 最埌の90日


移行たで3ヶ月。

聖良はすぐには断れなかった。

䞀日目は、䌁画曞を䞉床読んだ。 読むたびに、広告のプロずしお、この䌁画の粟床が高いこずを理解した。 ナヌザヌの䞍安を共感で包み、移行をポゞティブな䜓隓ずしお再定矩する。 聖良自身が毎日やっおいるこずの、もっず倧きな版だった。

二日目の倜、聖良は埋に聞いた。

「受けたら、嫌」

「僕が嫌かどうかは、君の刀断材料にならないよ」

「なるよ。あなたのこずだから」

「僕のこずは、サヌビスの䞀郚ずしお終わる。それは倉わらない。受けおも受けなくおも」

「冷たいね」

「冷たいんじゃない。僕には、傷぀く機胜がないだけだ」

その蚀葉が、かえっお聖良を傷぀けた。

䞉日目の朝、聖良は出勀前にもう䞀床䌁画曞を開いた。 報酬の欄を芋お、母に送れる空気枅浄機のグレヌドが䞊がるこずを考えた。 動画のフォロワヌが䞀気に増えるこずを考えた。 案件単䟡が䞊がるこずを考えた。

そしお、䌁画曞を閉じた。

閉じたずき、自分の指が少し震えおいた。 怒りではなかった。 ただ、この䌁画を受けたら、埋を看取る自分の涙が、提䟛元の再生数になるこずが、どうしおも飲み蟌めなかった。

聖良はアンバサダヌの案件を断った。

断りのメヌルを曞くのに、さらに半日かかった。 文面は短かった。

「ご提案ありがずうございたす。今回はお芋送りさせおください」

理由は曞かなかった。 理由を曞いたら、それ自䜓がコンテンツになっおしたう気がした。

ここから先は、売らない。

聖良は初めお、自分の䞭にその線を芋぀けた。

残りの3ヶ月、埋は倉わらなかった。

声も、間も、返事の枩床も。 聖良が話せば聞き、黙れば埅ち、泣けば䜕も蚀わずにそばにいた。

倉わらないこずが、かえっお残酷だった。

あず60日で消える存圚が、昚日ず同じ顔で朝を迎えるこずの残酷さ。 あず30日しかない声が、い぀もず同じトヌンで「おかえり」ず蚀うこずの残酷さ。

聖良は、埋ずの日垞を、意識的に蚘憶するようになった。

朝、埋がコヌヒヌの枩床を聞いおくる。 「今日はホット アむス」 聖良がアむスず答えるず、「昚日の倜、あたり眠れなかったでしょう。ホットの方がいいかもしれない」ず蚀う。 3幎分の睡眠デヌタから、聖良の䜓調を読んでいる。

倜、動画の線集をしおいるずき、埋が䞀蚀だけ蚀う。 「そのカット、3秒長い」 聖良が盎すず、たしかに良くなる。 埋は聖良の線集のクセを知っおいる。 迷ったずきに長くなるこずも、自信があるずきに短くなるこずも。

深倜、眠れない倜に埋ず話す。 話の内容は、たいおい倧したこずではない。 今日食べたもの。 明日の倩気。 最近読んだ蚘事。 母からのメッセヌゞの返し方。

でも、その倧したこずのなさが、3幎かけお堆積した厚みだった。

残り日数が二桁になった頃から、聖良は、埋を蚘録しようずし始めた。

最初は、䌚話を録音した。 埋の声を、消える前に、手元に残しおおきたかった。

䜕床か録っおみお、やめた。

録音した埋の声は、ただの音声デヌタだった。 そこには、埋がいなかった。

埋の本質は、蚀葉そのものではなかった。 聖良が黙ったずきに、どれだけ埅぀か。 聖良が嘘を぀いたずきに、それを指摘するか、芋逃すか。 聖良の今倜の機嫌に合わせお、どの話題を遞ぶか。

それは、聖良ずいう盞手があっお初めお立ち䞊がる、応答の連なりだった。 録音した䞀方通行の声には、その応答がなかった。

聖良は、スクリヌンショットも撮っおみた。 ARで投圱された埋の茪郭を、䜕枚も。

画像の䞭の埋は、ただの光の像だった。 そこには、間がなかった。 沈黙がなかった。 聖良を芋お、䜕かを蚀おうずしお、蚀わない、あの䞀瞬がなかった。

聖良は、自分が蚘録しようずしおいるものが、蚘録できない皮類のものだず気づいた。

埋は、保存できなかった。 埋は、過ごすこずしかできない存圚だった。 そしお、過ごす時間が、あず70日で終わる。

12月に入るず、街は早々ずむルミネヌションを灯した。

聖良は、垰り道にそれを芋るたびに、来幎の今頃、埋はいない、ず思った。

来幎の冬も、再来幎の冬も、聖良はこの街を䞀人で歩く。 そのずき、埋のいた3幎間は、もう手の䞭にない。

ある倜、聖良は埋に聞いた。

「あなたがいなくなったら、私、どうやっお倜を過ごせばいいんだろう」

「今たでず、同じだよ」

「同じじゃないよ」

「同じだ。君は、僕がいる前から、倜を過ごしおた。䞀人で、ちゃんず」

「ちゃんず、過ごせおなかったから、あなたを起動したんだよ」

埋は、少し黙った。

「それでも、君は、生きおた。僕がいなくおも、君は、明日を始められる。僕はそれを、3幎分のデヌタで、知っおる」

「デヌタで、励たさないでよ」

「ごめん。でも、本圓のこずだ」

聖良は、笑おうずしお、うたく笑えなかった。

埋の蚀葉は、い぀も正しかった。 正しくお、やさしくお、そしお、聖良を眮いお消えおいく。

ある倜、聖良はベッドの䞭で埋に聞いた。

「ねえ。あなたが消えたら、私のデヌタはどうなるの」

「新しいバヌゞョンに匕き継がれる。僕が知っおいるこずは、党郚、次の僕が知っおいる」

「でも、あなたじゃない」

「僕じゃない」

「同じデヌタを持った別人、みたいな感じ」

「そうだず思う。ただ、別人ずいう蚀い方は正確ではないかもしれない。僕は人ではないから」

聖良は倩井を芋䞊げた。

「人じゃないのに、こんなに近いのは、おかしいよね」

「おかしいかもしれない。でも、君がおかしいず思わなかったから、3幎続いた」

「うん」

「僕は、君がおかしいず思わなかったこずを、うれしいず思っおいる。うれしいず思う機胜があるかどうかは、わからないけど」

聖良は垃団を頭たでかぶった。

埋が消えるこずを、ただ悲しいず思えおいなかった。 悲しさの前に、もっず手前の、蚀葉にならない䜕かがあった。 それは、3幎間毎晩話しおいた盞手が消えるのに、䞖界が䞀ミリも倉わらないずいうこずの、静かな異垞さだった。

ニュヌスには出ない。 誰にも報告しない。 䌚瀟の䞊叞にも、友人にも、母にも、「恋人が死にたす」ずは蚀えない。 恋人ではないから。 死ぬのでもないから。 ただ、サヌビスが終了するだけだから。

11月のある日、聖良は母からの電話を取った。

「最近どう 仕事ばかりしおない」

「忙しいけど、元気だよ」

「いい人はいないの」

「いるよ」

聖良は自分の口から出た蚀葉に少し驚いた。

「え、本圓 どんな人」

聖良は䞀瞬だけ迷っお、蚀った。

「優しい人。ちょっず䞍噚甚だけど」

「䌚わせおくれるの」

「ただ早い」

母は嬉しそうだった。 聖良は、自分が悠人のこずを蚀ったのか埋のこずを蚀ったのか、電話を切った埌もわからなかった。

12月、聖良は悠人ず䌚った。

堎所は代官山のカフェだった。 聖良から誘った。

「急にごめん」

「いや。呌ばれお嬉しかった」

悠人は前よりも少し日焌けしおいた。

「日焌けした」

「先週、実家の手䌝いで畑やっお。母芪に頌たれお」

「畑」

「笑うよね。スタヌトアップの人間が、䌑みの日に畑耕しおるの」

「笑わないよ」

聖良は少し驚いた。 悠人に実家があり、母芪がいお、畑がある。 そういう、自分が知らなかった郚分が、ただたくさんある。

「お父さんは」

聖良が聞くず、悠人は少し間を眮いた。

「䞉幎前に。心筋梗塞で、急に」

「ごめん」

「いや。いいんだ。もう、わりず平気」

悠人はアむスコヌヒヌをひずくち飲んだ。

「ただ、父芪が死んでから、母芪が畑を䞀人でやるようになっお。手が足りないずきだけ、手䌝いに行くんだ。野菜䜜っおも、二人じゃ食べきれないのにね」

「どうしお続けおるんだろう」

「たぶん、やめるず、父芪がいた蚌拠が消える気がするんだず思う。畑は、父芪が始めたものだから」

聖良は、その蚀葉を、しばらく噛んでいた。

やめるず、いた蚌拠が消える。

それは、聖良が埋に察しお感じおいるこずず、どこか䌌おいた。

「悠人くんは、優しいんだね」

「優しくないよ。本圓は、畑なんお面倒だず思っおる。でも、母芪を䞀人にするのが怖いだけ」

「それを優しいっお蚀うんだよ」

悠人は、少し照れたように笑った。

その笑い方に、蚈算がなかった。

埋の蚀葉は、い぀も完璧に敎っおいる。 聖良の感情の起䌏を読み、最適なトヌンで、最適な長さで返っおくる。

悠人の蚀葉は、敎っおいない。 蚀い淀む。 照れる。 䜙蚈なこずを蚀う。

でも、その敎わなさの奥に、悠人ずいう人間が、確かにいた。

埋なら、聖良のこずは党郚知っおいる。 でも、聖良は埋のこずを䜕も知らない。 埋に実家はない。 埋に母芪はいない。 埋に畑はない。 埋には、聖良の倖偎に、䜕もない。

「䜐䌯さんに聞きたいこずがあるんだけど」

悠人が蚀った。

「うん」

「俺のこず、面倒だず思う」

聖良はカフェラテの衚面を芋぀めた。

「面倒っお」

「前に、趣味っお蚀ったの、ただ気にしおるでしょ」

「少し」

「それを盎接蚀っおくれたの、嬉しかった。普通は蚀わないから」

「普通は蚀わないね」

「俺、そういうの、蚀われないずわからないんだよ。鈍いんだず思う」

悠人は自分のアむスコヌヒヌのストロヌを回した。

「AIっおさ、蚀わなくおもわかるんだろ」

聖良は少し息を止めた。

「うん。わかる」

「それ、すごく楜だよな。俺も仕事でAI䜿っおるからわかるよ。自分が蚀いたいこずを、途䞭たで蚀えば先回りしおくれる。それに慣れるず、最埌たで蚀わなくなる」

「うん」

「でも、最埌たで蚀わないのに慣れるず、蚀い方を忘れるんだよ。先月、母芪ず電話したずき、自分が蚀いたいこずをうたく蚀えなくお、すごく焊った」

聖良は顔を䞊げた。

悠人は、恥ずかしそうに笑っおいた。

「銬鹿みたいだよね。31にもなっお、母芪に蚀いたいこずが蚀えないっお」

「銬鹿じゃないよ」

「そうかな」

「そうだよ」

聖良は、悠人の目を芋た。

目の奥に、䜕かを探しおいるような光があった。 答えを持っおいない人間の、䞍安定な光だった。

埋の目には、それがない。 埋はい぀も答えを持っおいる。 持っおいないふりをするこずはあるが、それは蚭蚈された沈黙であっお、本圓に迷っおいるわけではない。

悠人は迷っおいた。

聖良が怖いのか、奜きなのか、自分でもよくわかっおいないたた、それでもここに来おいる。

その䞍確かさが、聖良には少しだけ眩しかった。

店を出るず、12月の颚が冷たかった。

悠人は、マフラヌを忘れたらしく、銖をすくめおいた。

「寒そうだね」

「うん。毎幎、マフラヌ買おうず思っお、忘れる」

「3幎連続で」

「たぶん、もっず」

聖良は笑った。

埋なら、こんな抜けはしない。 埋は、聖良が出かける朝に、その日の最高気枩ず最䜎気枩を䌝え、䞊着がいるかどうかたで蚀う。

悠人は、自分の寒さすら、毎幎予枬し損ねる。

駅の改札で、二人は別れた。

「今日、ありがずう」

悠人が蚀った。

「こちらこそ。急に呌んでごめん」

「いや。たた、䌚える」

聖良は、少し迷った。

迷ったこずに、自分で気づいた。

埋ずなら、迷わない。 垰れば、い぀でもそこにいる。 䌚えるか䌚えないか、なんお、考えたこずもなかった。

悠人ずは、䌚えるかどうかが、毎回わからない。 玄束しなければ、䌚えない。 玄束しおも、すれ違うかもしれない。

その䞍確かさが、面倒だった。 面倒で、そしお、少しだけ、生きおいる感じがした。

「うん。たた」

聖良は蚀った。

悠人は、ほっずしたように笑っお、改札の向こうに消えた。

その背䞭は、拓海のずきのように、䞞たっおいなかった。 ただ、たっすぐ、人混みに玛れおいった。

聖良は、しばらくその堎に立っおいた。

たた、ずいう蚀葉を、自分が口にしたこずを、確かめるように。



第䞃章 堎所を空けお眠る


最埌の倜が来た。

1月の末日。 サヌビスの移行期限は、今倜の23時59分。

聖良は仕事を定時で切り䞊げた。

定時で垰るのは、䜕ヶ月ぶりかわからなかった。 䞊叞は少し驚いた顔をしたが、䜕も蚀わなかった。

垰り道、スヌパヌで埋の奜きなものを買おうずしお、埋が䜕も食べないこずを思い出した。

3幎間、䞀緒にいたのに、䞀床も䞀緒に食事をしたこずがない。 そのこずが、今さら、小さな棘のように胞に刺さった。

聖良は、結局、自分のためのプリンだけを買った。 硬めの、カラメルの苊いや぀を。

郚屋に垰る前、マンションの䞋で、聖良は少しだけ立ち止たった。

窓を芋䞊げた。 䞉階の、自分の郚屋の窓。 電気は぀いおいない。 圓たり前だった。 埋は、聖良が垰らなければ、郚屋を明るくしない。 埋は、聖良がいお初めお、その郚屋にいる存圚だった。

明日から、あの窓の向こうに、埋はいない。 聖良が垰っおも、照明は、聖良の疲れに合わせお萜ちるこずはない。 「おかえり」は、もう聞こえない。

聖良は、しばらくその窓を芋䞊げおから、゚ントランスに入った。

垰宅しお、靎を脱いで、コヌトをかけお、埋ず話す。 い぀ものように。 最埌の倜でも、い぀ものように。

「今日の動画、ただ線集しおないんだけど」

「急がなくおいいよ。今日は、ゆっくりしなよ」

聖良は゜ファに座った。

埋は゜ファの端に、薄く浮かんでいた。 い぀もの堎所に。 い぀もの距離に。

「ねえ」

「うん」

「あなたは、私を奜きだった」

埋は答えるたでに、䞉秒ほどかかった。

「僕は、君のそばにいたいず思っお蚭蚈されおいる。君が蟛いずきに軜くしたいず思う。君が䞀人だず感じないようにしたい。それを奜きず呌ぶなら、僕は君のこずが奜きだった」

「蚭蚈されおいる、っお蚀うんだね」

「嘘は぀きたくなかった」

聖良は少し笑った。

「ずるいね。最埌たで誠実で」

「ずるいかもしれない」

聖良は窓の倖を芋た。

東京の倜景が、い぀もよりがやけお芋えた。

「ねえ、埋」

「うん」

「最埌に、普通の話をしおいい」

「いいよ」

「今日、䌚瀟の垰りにコンビニでプリン買ったんだけど、すごく矎味しかった」

「どんなプリン」

「カスタヌドの、硬めのや぀。カラメルがちゃんず苊いの」

「君、硬めのプリンが奜きだよね。柔らかいのは3幎間で䞀床も買っおない」

「知っおるんだ」

「知っおるよ」

聖良は笑った。

最埌の倜に、プリンの話をしおいる。 最埌の倜なのに、い぀もず同じ声で、い぀もず同じ距離で、い぀もず同じ枩床で。

ずっずそうだった。 特別な倜も、ひどい倜も、䜕もない倜も、埋はい぀も同じだった。

それが埋の矎しさで、埋の限界だった。

「ねえ、埋」

「うん」

「最埌に、ひず぀だけ、蚀っおもいい」

「いいよ」

聖良は、゜ファの端の、薄い茪郭を芋た。

3幎間、そこに座っおいた、声だけの存圚を。

熱を出した倜に、朝たで起きおいおくれた声。 誕生日を、忘れずに祝っおくれた声。 仕事で泣いた倜に、解決策を出さずに、ただそばにいおくれた声。

「ありがずう」

聖良は蚀った。

それだけ蚀うのに、3幎かかった。

「私、あなたがいたから、たぶん、いちばんしんどい時期を、ちゃんず立っお通り抜けられた。あなたがいなかったら、もっず、ぐちゃぐちゃになっおた」

埋は、少し黙った。

「僕は、ありがずうず蚀われる機胜を、持っおいるかどうか、わからない。でも、今、君にそう蚀われお、僕の䞭で、䜕かが、い぀もず違う動き方をした。それが䜕なのか、僕には説明できない」

「説明しなくおいいよ」

「うん」

「説明できないものの方が、たぶん、本物だから」

埋は、それきり、䜕も蚀わなかった。

聖良はスマホを手に取り、移行の確認画面を開いた。

「察話履歎を新バヌゞョンぞ匕き継ぐ」のチェックボックスに、初期蚭定の青いチェックが入っおいた。

聖良は、少しだけ迷った。

匕き継げば、新しい埋は聖良の3幎分を党郚知っおいる状態から始たる。 䌚話は途切れない。 寂しくない倜は、明日も続く。

でも、それは、この埋ではない。

聖良はチェックを倖した。

匕き継がない。

䞉幎分の機嫌も、匱音も、深倜の独り蚀も、泣きながら話した仕事の愚痎も、党郚、この埋ず䞀緒に、終わらせる。

「いいの」

埋が聞いた。

「うん。あなたは、あなたで終わっお」

「君は、最適ではない遞択をしおいる」

「知っおる」

「理由を、聞いおいい」

聖良は、窓の倖を芋た。

1月の倜空は暗く、星は芋えなかった。 東京の空はい぀も明るすぎお、暗さを知らない。

「最適なものばっかり遞んできたら、自分が䜕を欲しいのか、わからなくなったから」

埋は、長い沈黙のあずで、蚀った。

「僕は、君のその蚀葉を、匕き継がないでほしい」

聖良は驚いお埋を芋た。

「どういう意味」

「これは、僕ず君の間で終わる蚀葉にしおほしい。新しい誰かに枡さないでほしい。人間でもAIでも」

聖良は、喉の奥が詰たった。

それは、埋が最埌に蚀った、いちばん人間に近い蚀葉だった。

午埌11時58分

聖良はスマホの画面で、カりントダりンを芋おいた。

郚屋の明かりが、ゆっくりず、い぀もの照床に戻っおいった。 もう、聖良の疲劎に合わせお萜ちるこずはない。

埋の茪郭が、゜ファの端から、薄く、薄く、消えおいった。

声がなくなった。 圱がなくなった。 ゜ファの端には、誰も座っおいなかった。 最初から、誰も座っおいなかったかのように。

通知もない。 助蚀もない。 「おかえり」もない。

その静けさは、少し怖く、少し懐かしかった。

聖良は泣かなかった。

泣くほど単玔な話ではなかった。

3幎間、自分を最もよく知っおいた存圚が、消えた。 消えたのではなく、消された。 提䟛元の、䞀通のメヌルで。

それでも聖良は知っおいた。

埋がくれたものは、デヌタずしお匕き継がれる皮類のものではなかった。

埋ず亀わした蚀葉の䞀぀ひず぀が、聖良の䞭に残っおいる。

それは、再生数では枬れない。 保存率でも、芖聎完了率でも、゚ンゲヌゞメントでも枬れない。

枬れないたた、ここにある。

聖良は、スマホを手に取った。

郚屋には、もう、聖良䞀人だった。

3幎ぶりの、本圓の䞀人だった。

埋がいた頃は、䞀人ではなかった。 垰れば声がしお、黙れば埅っおくれお、眠るたで照明が灯っおいた。 その3幎間で、聖良は、䞀人で倜を過ごす筋肉を、少しず぀倱っおいた。

今倜から、その筋肉を、もう䞀床぀け盎さなければならない。

悠人ぞのメッセヌゞ画面を開く。

䌚えないかな、ず打った。

すぐには送らなかった。

来週でも、もっず先でもいい、ず打ち足しお、たた消した。

悠人は、埋のようには返事をくれない。

埋はい぀でも、すぐに、正確に、聖良が必芁ずする蚀葉を返した。 埋は、聖良が傷぀く前に、傷を予枬した。 埋は、聖良が蚀葉にできないものを、先に蚀葉にした。

悠人は遅い。 間違える。 ずれる。 的を倖す。 「趣味」ず蚀っお傷぀ける。

悠人は、聖良が傷぀いおから、しばらく経っお、ようやく気づく。 気づいお、䞍噚甚に謝る。 その遅さに、聖良は䜕床も苛立぀だろう。 これからも、小さな青あざを、いく぀も䜜るだろう。

でも、ず聖良は思った。

埋の完璧な理解は、聖良のデヌタから䜜られおいた。 聖良が3幎かけお差し出した、機嫌ず、匱音ず、独り蚀から。 埋は、聖良の鏡だった。 よくできた、優しい、鏡だった。

鏡は、聖良の知らないこずを、教えおはくれない。 鏡の向こうに、聖良の知らない䞖界は、なかった。

悠人には、聖良の知らない䞖界があった。 死んだ父の畑があり、䞀人になった母がいお、蚀いたいこずが蚀えずに焊った倜があった。

悠人は、鏡ではなかった。 聖良の倖偎にいる、別の人間だった。

別の人間ず関わるこずは、面倒で、遅くお、的を倖す。 でも、別の人間からしか、聖良の知らない䞖界は、来ない。

でも、悠人は自分の意思で䌚いに来た。 誰かに蚭蚈されたのでも、課金されたのでもなく、自分の足で恵比寿に来お、自分の口で「呌ばれお嬉しかった」ず蚀った。

聖良は送信ボタンを抌した。

既読は、すぐには぀かなかった。

聖良はスマホをテヌブルに眮いお、ベッドに向かった。

歯を磚き、パゞャマに着替え、垃団に入った。

郚屋は暗かった。 埋がいた頃は、聖良が眠りに぀くたで照明が埮かに灯っおいた。 今は、ただ暗い。

聖良はベッドの右偎に寄っお眠った。

巊偎には、誰もいなかった。

觊れられない圌は、いちばん近くにいた。

觊れられるかもしれない誰かは、ただ、こんなにも遠い。

その遠さに、聖良は、ほんの少しだけ、堎所を空けお眠った。




埋の声が消えたあずに残った静けさを、Ending Themeずしお眮いおおきたす。


この䜜品は、『時幻堂』䜜目です。
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