見出し画像

学ぶことの豊かさと自由について

フィンランド語が少しずつ話せるようになってきた。

と言うと、ペラペラだと思われるかもしれないけど、1ヶ月前よりも話せるだけです。赤ちゃんです。

フィンランド語のコースも、楽しくなってきた。誰かと一緒に学ぶっていいな。大人の学びは、みんないろんな背景があって自分でそれを学ぶことを選んで来てるから、意欲的で自発的で楽しい。


クラスメイトの半分以上が英語を話さない。私たちの共通言語はフィンランド語。
これまで、自分が英語力が上がるにつれて、見える世界が大きく変わっているけど、そんな英語すらも絶対的な存在じゃない環境にいると、さらにちっぽけに思える。世界は広い。この環境は、また違う意味で私を自由にしているような気がする。

先生も良い。これがほんと良かった!週3で自転車往復40分こいで通ってるので、ほんと良かった!途中にある森は歩いた方が気持ちいいので、往復1時間弱かかってる気がするけど。そして、上り坂なおかげで、太ももやお尻が引き締まってきた。ずっと黙ってたけど帰り道キツすぎるやろ、、、この2ヶ月で体がどう変わるのか、私の中で大きな話題となっています。

そんなことはさておき、授業が良い。項目ごとに終わらせて進んでいくんじゃなくて、一度やった分野を後日また違うスタイルで触れて、毎回少しだけ反復しながら進んでくの良い。すごい考えられてるんだろうな、先生ってすごい!

テキストの問題を解く時間があるんだけど、自分の頭で考えるものやペアで話して導き出すものが多め。正解が一つじゃないから、他の誰かの回答を聞くことで自分の中から生まれなかったものが得られる。先生に質問するとそこからまた誰かの新たな質問が生まれて、学びが広がって、誰かと一緒に学ぶことの醍醐味を味わう日々です。

休憩時間にフィンランド語で「そのバナナ、いくらなん?」とか会話が始まるときがある。お互い英語話せるし、バナナの金額に興味あるわけではない。でも、同じ目的を共有してるから自然だし、楽しいんですよね。私は元々、普段の生活で相手を練習台にするような勉強の仕方が嫌なので、英語も基本一人かオンライン英会話中心で学んでるんだけど、こうやって似たレベルの人たちと日常会話できる場は本当に貴重。


7年ほど前に、英語の語学学校に通ったこともあるんだけど、その時は自分一人でもできるようなことをみんなでやる時間が長くて、日本語で知ってることを英語で再び学んだりしてたので合わなかった。
だから今が嬉しいし、いろんな刺激や発見があるのが面白い。なんか、嬉しいと面白いしか出てこなくて面白い。

フィンランド語は、英語の知識がほぼ使えない。日本人で、英語が全く話せない!という人も、「ウォーター」とか「フライデー」とかは知ってるじゃないですか。フィンランド語は、名詞から何から全てがフィンランド語なの。

あまりにもゼロなので自分の成長がわかりやすい。それに伴って世界が広がっていくのもわかりやすい。それが面白い。数ヶ月前は暗号だった街の字が読める、人の会話の単語が拾えてなんとなく状況が理解できる、、、これは、痩せた土地を耕し種を植えて雨が降って芽が出て花が咲いていくかのような感動があるわけです!!
もちろん日本の生活のような自由はないし、自分の考えを述べることもできない。それでも、感動があります。


英語力にも良い影響がある。今も英語だって大変なときいっっっぱいあるけど、同時に、英語に安心する自分もいる。たまに第二母国語かってくらい心地いい。英語圏で暮らしてた時とはまた違う感じで、英語が以前よりも自分のものになっている感がある。

そして、何語を話してようが、「母国語ではない言語を話す」ということ自体のすばらしさとか、学ぶ態度を、改めて教わっている。
英語を学び始めた頃、私はすっごい自分に厳しくて、頭から盥でも落ちてきた??みたいなくらい落ち込んでたんです。もっとできれば、と何回思ったことか。今も思うけど。さすがに盥は落ちてこないが。
でも私たちはできないから学んでるんであって、間違えることで成長するじゃないですか。

で、それを頭でわかってても、心は反応してしまうけど、頭じゃなくて心が、学ぶ楽しさや感動、喜びを味わったら、心の反応が変わっていく。その変化は英語圏でも感じたけれど、今、この環境でフィンランド語を学ぶことでさらに実感してる!と思いました!


学ぶことで、人生をもっと自由に豊かにしたかったのに、一生懸命になればなるほど自分が嫌になる、みたいな時期もあったけど、自由も人生の豊かさも、今、ある。学んでる今、ある!あるでしかない!!というのを、過去の自分にも伝えたいし、書きたかったです。

では〜!!