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フィンランド語の進捗、3ヶ月目の考えごと

こんにちは。ポーランドから帰ってまいりました。いい旅だった!
どこ行って何した、といった旅レポが得意じゃないのだけど、また日記の中で思い出したときに小出しでシェアします。楽しかった!

ヘルシンキの空港のATMで無意識にフィンランド語のまま操作を進めていたらしく、「Odota...(オドタ/ちょっと待って)」という画面表示で、ちょっと待ってた時に「私、フィンランド語を理解しとるやないか、、!」と感動しました。オドタの舞。
ポーランドでは常にGoogle翻訳を開いて読みたいものすべて翻訳していたから、言葉がわかるってスムーズだなあーああーーと腹の底から思いました。そりゃそうなのですが、嬉しかったです。てかフィンランド語も最初そうだったんだよ。慣れって、成長って、すげえ。ポーランド語のアルファベット、ニョロっと出てて可愛いので見てください。


クラクフでなんとなく入ったギャラリーにて



フィンランド語、ありがとうとこんにちはしか知らない状態で来て3ヶ月が経った。
生活の中でわからないものを調べて使う、という日々を繰り返しているうちに、2〜3歳児と会話できるようになった。大人と子どもの日常のやりとりは、単語を拾っておおまかに理解できるときもある。

完全に赤ちゃんと同じプロセスなのだが、英語によくある「知ってるけど口から出てこない単語」みたいなのがない気がする。身につけるってこういうことなんだな。まあまだ日常会話は英語に依存しています。

フィンランドでオーペアビザで滞在する場合、ホストファミリーがオーペアに現地語のコースを受けさせる義務がある。私はワーホリビザだから必須ではないけど、ママが興味あれば通わせてくれるとのことで、お言葉に甘えて来週から通うことに。嬉しい、ありがたい!


この法律、単に「フィンランド住むのならフィンランド語やってください」ということではなく、オーペアをただの安い労働力として扱わないための保護的な意味もある。まあ、実際の現実は個人のアレに任されてますが。

フィンランド語や文化は過去に存続が危ぶまれてきた歴史があるから、それを守る意味もあるのかな、と思う。ポーランドも、侵略されすぎて過去に3回くらい国家ごと消滅してるもんね。そりゃ移民うんぬんの対応も慎重に、現実的になりますよね、、


日本は欧州に比べるとそういう、日本文化が根底から脅かされるとか、国が丸ごと消滅するレベルの危機は歴史的になかったから、日本人にとって日本文化って「何もしなくても当たり前に、自然とそこにあるもの」という空気感はある。これは非常にラッキーなことだ。そして最近の日本は、異なる背景を持つ人々との共存?が問われている感じがする。個人的には、日本人が客観的に、感情的にならずに日本を見ることが大事だと思うんだけど、なにかと「日本か海外か」「優劣」「進んでる、遅れてる」「良い悪い」みたいな捉え方になりがちだし、個人の道徳心とか感情、ルール(←しかも暗黙の了解)がベースだと議論の難しさを感じます。個人的には、フィンやポーみたいに危機を乗り越えてきた歴史のある国のスタンスから学べるものはあると思うけど、、真似とかじゃなく視点。完璧な国とかないしー。


話がそれましたが、挨拶や日常会話でも現地の言葉を話すことってその社会に溶け込む第一歩だなぁとつくづく感じる。暮らしてて、お店のレジでのやり取りとか、デイケアの送り迎えでの先生との雑談とか、目の前の人と自然に関わろうと思うと現地語覚えたくなるもん。今日もキャッシュカードの不良の件で銀行に行ったんだけど、自然と「フィンランド語学び始めたばかりだから英語でお願いできますか」って言ってたもんな。私の見た目がアジア人だからって気遣って英語で話しかけてくる人はいないし、生活の中に英語表記もほぼないので、フィンランド語が自然に感じるというのもある。英語で話すことが失礼になるとかはないと思うけど。

なんかいいよね、お客さん扱いされてない感じがして。フィンランド語で話されると、その社会に受け入れられてる感じがする。当たり前にそこにいる存在だと認識されてるような心地よさがある。旅でも、現地の言葉で挨拶されるとその土地に来たという感じがして私は好きです。

日本はどちらかと言うと、相手が外国人の見た目をしてたら相手の負担を減らそう、困らせたくないという気持ちから英語で話すことが気遣い、という感覚のほうが強い気がする。それも一つの優しさだと思うけど、私は日本でリゾバしてたときも、相手が誰であっても最初は日本語で挨拶してた。もちろんそれ以降は、相手が英語なら英語で話すのだけど。

てか、自分がフィンランド語を学ぶなんて思っていなかった。なんで将来役に立つ訳でもないフィンランド語を?という疑問は持たれそうですが、今、私がフィンランドにいること、そして文化への興味に言語が含まれているのだと思う。言語を学ぶと、「この言語を使う人はこういうふうに世界を捉えてるんだ」っていう発見がおもしろいから。

今のフィンランド語力でさえ、大きい豚と小さい豚で呼び方違うんや、とか、ツルツルのカエルとボコボコのカエルでも呼び方違うんや、とかある。日本語も魚の名前を成長段階でやたらと区切ったり、雨の表現も多いもんね。そういう切り取り方の違いが、感情や状態を表すときにも起きる。言語って学べば学ぶほど、その言語の話者がどこに目を向けて世界を分類しているかがわかって面白い。元々英語以外の言語には興味があった。一番興味あるのはピダハン族のピダハン語ですが。


まあ、フィンランドにいる今、フィンランド語に集中する時間が持てるのは嬉しい。
住んでる地域に、オーペア先の家族以外の人との関わりがほしいなーとも思ってたので、ちょうど良い。私は日本でも海外でもミートアップとか「仲良くなること」が目的の場が苦手で、友達を作ろうとかもあんまり思わないんだけど、通える場所があってそこで顔を合わせる人がいるのはいい。そういうつながりなら欲しい。人との出会いって、何かそれぞれ目的や好きなことがあってそこにたまたま集結しました、くらいがちょうどいいんだよな私。

いい先生だといいなー。電話した感じの雰囲気はいい感じだった。楽しみ!

ではでは、長くなりました。また書きます!