気のせいにしたかった違和感【 認知症 / 介護 / 家族 / エッセイ / 4コマ漫画 / AIイラスト / 画像生成AI / 創作日記 】
何度も同じことを聞かれて、
「気のせいかな」で流していた。
でも、その違和感は少しずつ残っていく。

「まだ大丈夫」と言う人の、本当の気持ち
「まだ大丈夫」と言い続けていたのは、
本当に大丈夫だと思っていたからなのか。
それとも、そう思いたかっただけなのか。
このマンガの中で父親は、娘の不安に対して何度も「大丈夫だ」と繰り返します。
一見すると、楽観的で、どこか無関心にも見える言葉です。
けれど、その裏側には——
“否認”という、とても人間らしい反応が隠れているように感じます。
気づいていないはずがない、という前提
長年一緒に暮らしてきた妻の変化に、
本当に気づいていない、ということは考えにくい。
小さな物忘れ。
何度も繰り返される同じ質問。
ふとした瞬間の違和感。
それらは、きっと日常の中で少しずつ積み重なっていたはずです。
それでも父は言う。
「大丈夫だ」と。
それは、現実を誤認しているのではなく、
現実を直視することへの恐れから目をそらしているように見えます。
「認める」ことで始まってしまうもの
もし認知症だと認めてしまったら——
それは単なる事実の受け入れでは終わりません。
介護の問題。
これからの生活。
自分自身の老い。
これまでの“当たり前”が、音を立てて崩れていく。
だからこそ人は、無意識のうちに
「まだ大丈夫」という言葉で、現実との距離を保とうとするのかもしれません。
娘が見ている“違和感”の正体
一方で娘は、父とは違う立場にいます。
毎日べったり一緒にいるわけではないからこそ、
変化を“差”として捉えることができる。
「同じことを何度も聞く」
その事実を、そのまま違和感として受け止めることができる。
そこに感情がないわけではない。
けれど父ほど、現実を拒む理由もない。
つまり二人の違いは、
正しさではなく“距離”の違いなのだと思います。
父は近すぎて受け入れられない
娘は少し離れているから受け止められる
現実を動かした、たった一言
そんな中で、状況を変えたのは——
母自身の言葉でした。
「私もちょっと変だと思ってたの」
この一言は強い。
心配する側でも、否定する側でもなく、
“当事者の実感”として語られる現実だからです。
父がうなずいたのは、娘に説得されたからではない。
追い詰められたからでもない。
妻自身がその現実に触れた瞬間、
ようやく同じ場所に立てたのだと思います。
「大丈夫」の裏側にあるもの
家族の変化に向き合うとき、
人はそれぞれ違う形で揺れます。
すぐに受け止める人。
気づいていても目をそらす人。
そして、自分で気づく人。
どの言葉がきっかけになるのかは分かりません。
ただ一つ言えるのは——
「大丈夫」という言葉の裏には、別の感情が隠れているということです。
自分の家族を重ねてしまった話
このマンガを見ていて、
ふと自分の過去を思い出しました。
母の体調に違和感があったとき、
父はどこか頑なに「大丈夫だ」と言い続けていた。
そのときは、なぜそこまで否定するのか分からなかったけれど——
今なら少しだけ分かる気がします。
あの言葉の裏には、
現実を受け入れることへの怖さがあったのかもしれません。
あなたなら、
大切な人の変化に気づいたとき、どう向き合いますか?
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