「秩序」は「正義」とは違う。
眩米さんに自分を労ると宣言した手前、
今日は短めに書かせていただければと思います。
あ、私にとってnoteは、
ある種のセルフケア的な一面もあるので、
思考を整理してから、
就寝したいと思います。
私は恐らく自分なりの「秩序」を重んじています。
何かを規範にしたものではなくて、
独自の「ルール」です。
それは、今までの私の人生を基にしているものだと思っています。
私の「秩序」は決して、
「正義」ではありません。
「善人」でも無ければ、
多少の無茶もアリだと思っています。
でも、国には法律があり、
社会には色々なルールがあります。
その中で私なりにこうした方が良いとか、
ここはもっとこう在るべきだと云うことがあります。
それが私の「秩序」なのですが、
それも誰かに強制すると云う訳ではなくて、
ただの「信条」みたいなものです。
私としては、
それはとても大切な事です。
すべての判断基準はその「秩序」を参照している様に感じています。
例えが極端ですが、
「任侠」の世界では、
恐らく「秩序」は「正義」ではありません。
でも、確かに「秩序」存在しています。
それはどんな種類の人間であれ、
必要なものだと思っています。
私は「正義」と云う言葉はあまり好きではありません。
とても崇高な行いかも知れませんが、
時と場合による所が、
とても「人間味」があるとも感じています。
そうでなければ救われない人が居るのも事実なのではとも思っています。
もし、そうでなければならないと云うことであれば、
「責任」を引き受けて、
自分の「秩序」と照らし合わせる。
それが私の考え方だと思っています。
勿論、理想は持っていますが、
その前に変えられない「現実」を目の前にした時に、
私が頼るものは私の「秩序」です。
それが吉と出るか凶と出るかは、
きっと運任せかも知れません。
人生をどう楽しむかは、
人それぞれですが、
私は「秩序」に則ったものに整合性を求めていると思います。
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