「外向的」と「内向的」②
以前も同じタイトルで記事を書きました。
過去記事のリンクを貼ろうかと思い、
読み返してみると、
ちょっとタイトルと「趣旨」が違っていたというか、
とても個人的な内容だったので、
今回はよりその本質的な所を、
自分なりに分析したいと思いました。
改めてですが、
私はとても「内向的」です。
MBTI診断に於いても、
3回とも始めが「I」なので、
内向的と言えるのだと思っています。
私は恐らくですが、
小学生の高学年辺りで、
「内向的」な部分を自覚しました。
それまではかなり「外向的」だったと思います。
否応なく、
自分と向き合う事が必要だと感じたので、
それは必然だったのかもと今ではそう考えています。
ただそれは、
「外向的」な方が自分と向き合って居ないと言う訳ではなくて、
外からの情報の受け取り方に、
その人の「癖」みたいな所が起因するのかなと思っています。
私個人の捉え方は、
「事実」をありのままに受け取るのではなくて、
常にその「意図」を探ります。
そして、いくつか分析した上で、
また、その「事実」を確認します。
もし、その過程をフローとして表すと、
「事象」が発生する→「内向的」→「外向的」
のような順序で物事を捉えようとします。
ここで、
その初動に視覚的な情報や、
相手の感情を真っ先に感じ取るのは、
恐らく「外向的」な方の特徴なのかと考えています。
私はほぼすべての「事象」を疑って掛かっているので、
「見た目」では少し情報が足りないとも思っています。
ですが、見た目という点に於いては、
相手の挙動や視線、
さらに「間の取り方」を情報として、
重視しています。
「感情」と云う点に於いては、
「表」に出ているものがすべてでは無いと思います。
これは何となく思い当たる所が誰しもあると思います。
悲しいけど強がって見せる。
嬉しいけど平静を装う。
苦しいけど無理して笑顔になる。
何となく経験があるのではと感じています。
ここできっと、
「外向的」な方と、
「内向的」な方とで、
接し方が変わって来るのかなとも考えています。
ここまで来て、
お伝えしたいのが、
「どちらかが優れている」
と言うことはありません。
単純に「捉え方」の違いだと思っています。
もし、どちらか片方に偏った人たちが居るとします。
本人たちは居心地が良いのかも知れません。
ですが、往々にして、
偏りは何処かに歪みが生じます。
だからこそ、
世の中のバランスを保つ為には、
人それぞれの「捉え方」が様々に在る事が、
「均衡」を保つ為に重要だと考えています。
そうであるからこそ、
「多様性」が重要視され、
その先の「持続可能」な世界を
多くの方が望まれているのではと思っています。
私が「内向的」を自負している分、
少し贔屓目に見ているところもありますが、
そんな「自分」だけでは、
きっと上手く行かない事が多いと思います。
「均衡」を保つには、
異なる性質のバランスを取ると云う点に於いて、
其処には誰もが必要とされるべきだと考えています。
人との出会いすべてに意味があるように、
自分と異なった人との出会いと言うのは、
蔑ろにするべきでは無いと思います。
もし、相性が合えば、
末永く関係性を保つ事に意味があると思いますし、
合わないのであれば、
少なからず「学び」を得たと割り切り、
そっと離れること。
それもまた新しい出会いへの必要な通り道だったのだと言えるかも知れません。
何処かに意味を見出し、
それが少しでも「希望」になるのであれば、
まだまだ私にはやるべき事があると、
そんな事を想っています。
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