夏の手前、梅雨の交差
「5年振りか」
と正哉は呟くように言った。続きの言葉としてよく使われそうな「何も変わらないね」と言わなかったのは、お互いに変わったことを認めざるを得ないからだろう。お互いだけではなく、世の中も、仕事やプライベートの在り方も5年前とは随分変わった。
変わらないのは、待ち合わせ場所として使われ続けているこのコーヒーショップぐらいだ。それでも商品の値段は5年前とは随分変わってしまった。
「こっちにはいつまでいるの?」
そう言う正哉が本当に聞きたいことは、別のことなのだと、私が知らないとでも思っているのだろうか。
「別れたんだ」
私の一言に、正哉がハッとした顔をした。結婚指輪がないことに気づいていないわけもないのに。そして、私が本当に伝えたいことが、こんなことではないことを正哉は知っているような顔をしていた。
「子どもを授かれないことが発端だったけど、お陰で離婚の手続きはあっさりしてた」
私はできるだけ、感情を込めないように言った。わざわざ重い情報だけを端的に伝えないと、まだ自分が壊れそうだ。
「僕は待ってたよ」
ひと呼吸置いて、正哉は続けた。
「結婚するって聞いた時、止めたかった。でもほら、僕はこんなだし。学歴もないし、大してカッコ良くもないし。でも、歩美の幸せを心から願ったから、僕以外の人と本当に幸せになるなら、お祝いするべきだって思ってたんだ」
「でも」
正哉が少し語気を強めた。
「僕は、歩美と一緒に人生を歩みたかった。それは今でも変わってない」
そう言う正哉を私はコーヒー越しに見つめた。
「ありがとう」
と言いながら、もっと早く帰って来れば、こんなに傷つかなかったのかもしれないとも思っている。そして、正哉もまた、どこかで自分の弱さに負けそうになっていたことに安心した。
ねえ、正哉。
「人を愛するより、人からの愛を受け取るほうが難しいことを私は最近知った気がする」
とは、声にしなかったのは、何故だったのだろう。そして、それを言葉にすると、ついこの間まで指輪を嵌めていた手が、コーヒーさえも滑り落ちることを直感的に知っている。
何かが決定的に始まってしまうことに、私はまだ怖気付いているのかもしれない。
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