おもしれぇ現実特別編『架空アニメ紹介』
どうもこんにちは。
ベラベラ喋る男です
前回の『架空漫画紹介』に引き続き、インスタで友人たちから募集した架空のアニメのタイトルを元に存在しないアニメを紹介していきます。
架空の話なのに、なぜか俺の記憶も捏造されて頭がおかしくなりそうになりながら書きました。
責任を取るというのなら、最後まで読んでね。
それではいきましょう
1.街の中華屋イーアルサン
西欧列強の支配と日清戦争が発生せず、漢風文化と最新の科学が合体したことで
蒸気で動く羅針盤
満州服にシルクハット
京劇を照らす電気
など独自の発展を遂げたパラレルワールドの蘇州を舞台にしたグルメマンガが原作のアニメですね。
この物語は祖父から受け継いだ大衆料理屋『夜曲』を切り盛りする三姉妹のトリプル主人公と、店にやってくる訳ありの客との群像劇で物語は展開されてゆく。
この作品には「特殊な魔法」は存在しない。淡々と料理を通じて人間模様を描く人情とグルメの物語です。
大学時代ハイボール片手にネトフリで5周しました。
原作は瀟洒な筆致で描くロマンス作画だが、監督を湯浅正明が担当したことで街をゆく人々、料理を作る風景全てに「遊び」が発生し、見ていて飽きない作画となっている。
内容とは別にこの作品の売りは、最近の高画質の気合いの入った神作画のアニメとはまた違い「キャラクターがその場で生きている」ってのが伝わるんだよ。
開店前に制服の袖を捲ったり、客が食器を手に取る動作など何気ない仕草の一つ一つにまさに“意匠”が込められている。
演出もさることながら原作者の猫・猫・猫猫(ねこ・きゃっと・まおまお)先生が群像劇を書くのが上手すぎるせいで、料理や演出とは別に人間ドラマに何度胸を打たれたか分からない。
第一話は科挙を控えた若い名士が来店するところから始まる。
不安で押しつぶされそうな彼の内心を暖かい料理で救い、名士は「この人たちがいつまでも楽しく食事が出来るように、絶対に科挙に合格して政治で身を立ててやる」と決意する。
気持ちがやせ細った矢先に、美味い食事と三姉妹の励ましが劇的な演出という訳ではない。しかし、それだけで十分だった。
あわよくば出世した後に長女にプロポーズしようと考えた矢先に別の常連が振られているのを見るところまで含めて話の構成が端的にまとめられている。
無理矢理感のない脚本が話にノイズを発生させないのが何気にありがたい。
そして『夜曲』を切り盛りする三姉妹。
長女 蘇 一華(そ・いーふぁ)
手のかかる妹二人を育てる苦労人。街の男性たちからの求婚を「まだ妹たちが手がかかりますので・・・」で一蹴し続ける。隙あらば彼女とお近づきになろうと企む男どものお陰で店は常に満席。『夜曲』では厨房を担当。24歳
次女 蘇 二蕾(そ・りゃんれい)
博識で聡明だが、コミュニケーション能力に難アリの残念な美人。三国志や水滸伝などの名作古典文学を『豪傑は豪傑と結ばれるべき』という観点で見ているいわゆる腐女子。『夜曲』では経理担当。20歳。
三女 蘇 三緑(そ・さんりゃん)
男まさりで拳法の達人。屈託のない笑顔で街の子供を「少年」と呼ぶ初恋キラー。将来自身の道場を開くのが夢で、街の子供たちに拳法を教えている。弟子の数が増えすぎたので次女から「そろそろ月謝取りなさい」と言われている。『夜曲』では接客を担当している。16歳。
他にも大酒飲みの常連、通称『うわばみ』や日本から歌手を目指して海を渡ってきた少女『莉子』、三姉妹目当てでお忍びできているつもりがバレバレの地元の金持ちドラ息子など魅力的なキャラクターが織り成す人間ドラマと料理の作画が心温めること間違いないだろう。
アニメはワンクール全12話、原作漫画はコミックスで現在も連載中です。
全部を一気に見るのがキツい人は、アニメの主題歌の『蘇州夜曲 pop remix』だけでも聞いて欲しい。一華(cv.能登麻美子)と二蕾(cv.上坂すみれ)と三緑(cv.竹達彩奈)が揃っている時点でハズレなわけないから。
では次行きましょう。
2.どす恋!?初恋青春相撲学園〜劇場版でもハッケヨイ!?恋の八百長待ったなし!?〜
前回同様にお題を募集して、二回連続で送ってくれてありがとうございます。
あなたは出禁です。
前回の架空漫画紹介でも登場した
「どす恋!?初恋青春相撲学園〜春場所〜」
の劇場版ですね。こちら夏休みに突入して合宿で沖縄を訪れた野見学園相撲部の面々を描いた作品。
特に八百長はしていなかったです。
学園モノにはありがちな修学旅行編のようなほんわかとした雰囲気の中に確かなスポコンがあった。
普通合宿と言ったら一日くらいは息抜きで自由時間が設けられるものだけど、この作品は三泊四日丸々稽古に当てている。
ずっと砂まみれの力士とそれを健気に応援するマネージャーという9:1の構図が一貫している恋愛ものって革新的というかある種の狂気を感じる。
ただ1つアニメ版と映画版で監督が違うから、主題歌を湘南乃風が歌っていたからギリ許せたという旨の評価がネット上に散見されたが、俺は結構好きな劇場版です。
普段の頼り甲斐のある主将の梶谷先輩が夜にちゃんこでBBQを作る場面では、包丁の握り方も分からない抜けたところがあったり。
到着早々現地の米兵に「Japanese RIKISHI!」と喝采を浴びた直後に何故か腕相撲で対決し、往復の交通費より多いチップを貰うも一晩の食費で消えてしまうあたり友情・努力・勝利は1ミリもブレていなかった。
世界観をブラさずにこの作品の魅力である「パワー系恋愛漫画」という軸を沖縄という舞台でも保ち続けた脚本だからこそ本編との差別化が出来ていると思う。
アニメ版の監督を務めた絶叫亭碁石さんが女子アナと不倫さえしなければ、アニメ版の熱量で劇場版を拝めていたと思うと口惜しすぎる。
麻照美と当麻の恋路の行方も描かれるんだけど、夜中二人で抜け出して民宿近くの浜辺で当麻が日頃の感謝を照美に伝えるシーンが特に演出や作画が気合い入っていて思わず息を飲んだ。
その直後ナマコの密猟者を当麻がボッコボコにしたシーンで変な笑いが出た。
これが俺の一番好きなシーンなんだけど、劇場版特有の展開として現地の相撲部と交流戦をするのも好きですね。
砂浜で走り込みをしていると偶然遭遇した現地の学生力士と合同稽古で組み合うんだけど、土俵と違って柔らかくバランスを崩しやすい浜辺で鍛えられた対戦相手に野見学園の面々が思わぬ苦戦を強いられるシーンで視聴者は「あ、この作品格闘技もガチで描きに来ている」と謎の安堵を覚える。
そして当麻は重心移動の技法に目覚め、砂浜での取り組みを制し、その逞しい背中は一段と大きくなる。
ここまで語っておいてなんだけで恋愛漫画の話です。
覚醒シーンがある恋愛漫画ってなに?
次行ってみよう。
3.『海ぶどう〜最後の夏〜』
「海ぶどうってなんだか宝石みたい」
3年前。地元から引っ越す時にそう語ったあの子のことをふと思い出した主人公の井草は大学の研究室の窓から眠らない夜空を一瞥した。
高校卒業から一度も会っていないあの子のことを今更思い出すなんて、気にもとめなかったが井草の生活の隙間に過去が根を伸ばし始める。
明治時代の小説が原作のアニメ映画ですね。
原作者は徐々に壊れる人間ドラマを淡々と描写することに定評のある文豪 天谷川懊悩で、謎の女を急に思い出してしまった井草の葛藤を丁寧に描いています。
喜劇のピークは人が壊れる場面で、悲劇のピークは人が壊れる過程そのものというのが信条の天谷川先生の世界観を一滴もこぼさずに映像化されていて、見ているだけで胸が締め付けられます。
この映画の凄いところは最後の最後まで海も海ぶどうも映さないし、あの子と再会することもないところ。
きっかけは突飛でありながら人間が些細な綻びで壊れてゆく妙なリアリティに心を鷲掴みにされる。
フリーター時代に映画館で観たけど、うつ病を患った時を思い出したせいで上映中ずっと吐き気に襲われた。
井草はゼミで課題をこなし、放課後はバイトに行き、たまに友人と居酒屋で酒を片手に愚痴をこぼす普通の大学生。
そんな彼の頭の中に思い出せないけど忘れられない一言がまとわりついてからというものの、突如フラッシュバックするあの子は何者なのか。
それを思い出そうと彼はもがくが、中々出ない答えに悶々とする時間がいたずらに伸びてゆく。
ファンの間ではあの子の存在は精神疾患の暗喩とされており、井草は現代で言うところの適応障害を患ったことに気が付かないまま自分を酷使して壊れてしまう。
俺も大学時代に鬱病と“そーいう精神状態”になってしまった経験があるから井草の壊れてゆく過程にリアリティどころか、一度自分が壊れた痛みのリプレイが起きたから似たような境遇の人には単なる娯楽以上の劇薬なんだよなこの作品。
誇張抜きに“そーいう精神状態”になると、妄想と記憶が境界線で反復横跳びするからこの目に見えるものが全部信じられなくなるんだよ。
そりゃあ妄想の中にしかない存在とは再会出来ないよ。
しかし現代を舞台にした本作はちゃんと周囲の友人がメンタルクリニックを受診することを勧めてくれて大事には至らない改変がどこか救いであると同時に肩透かし感は否めない。
この作品の核は壊れてゆく人間を観察するスラムツーリングであり、誰でも陥る可能性がある人生の落とし穴に運悪く落ちてしまった人に『お前だけじゃないぞ』と不器用に寄り添う物語だ。
天谷川先生は結局真意を語ることなく世を去っているから『結末は読者に委ねる』の完成系だと思われたけど、近年になってとある学芸員が興味深い資料を発見した。
天谷川と交流のあった出版社の社史に『この作品を担当した編集者曰く、天谷川本人はあの作品は仮初の自由を満喫する学生に向けた大衆迎合以下の駄作と切り捨てていた』という短い記載を発見し、ファンの間で長らく続いていた論争に一旦のピリオドを打った。
天谷川先生。あんたなんなんだよ。
次行きます。
4.『せん☆ごく!』
舞台は江戸時代。教科書では化政文化として紹介される時代で千石取りの旗本 栗川家に仕える女中 せんが主人公のラブコメです。
2010年代に深夜枠で放送していたのをリアルタイムで見ていたけど、軽快なリズムで進む物語が見ていて楽しかったですね。
第1話の前半パートをせんが朝餉を作るシーンで丸々使いつつ、当時の暮らしや文化を説明する演出に踏み切った制作陣の度量と手腕には脱帽です。
お櫃でもうもうと湯気を立てる白米
切ると小気味の良い音を立てるたくあん
均一にかいた鰹節で出汁をとった味噌汁
『こーいうのでいい』ではなく『こーいうのがいいんだよ』と思わず唾を飲み込んだよね。
そして原作者のグレート菫先生が大学で江戸文化を専攻していただけあって、時代考証や生活の描写のディテールが細すぎるのが特徴。
俺も一応学生時代に歴史学科に所属していたから、単行本の後ろに記載されている参考文献や携わっている人名を読むと『これガチのやつだ』ってなった。
美男子の武士と女中の色恋は時代ラブコメの定番だけど、普通に資料としても学術入門として優秀すぎて一部学校で教材に採用されているのも頷ける。
俺の卒論のテーマは煙管だったけど、出てくる煙管の雁首や吸口がその時代のもので、煙管の羅宇は竹製で使い捨てだから、当主の宣之助が羅宇職人に発注をかけていたシーンで「そうそう!そうなんだよ!」と思わず膝を打ったね。参考文献も卒論書くのにお世話になった本ばかりで少し懐かしくなった。
その数秒後に卒論が終わらなくて毎日発狂していた時期を思い出して少し頭抱えたけど。
話が逸れましたね。
レポートは参考文献を引用する際に『〇〇(人名)(年代)』と記載するんだけど、ナレーションで同じことしているのは後にも先にもこの作品だけだよ。
民明書房レベル100みたいなことを毎ページでやってくるから、物語とは別の厚みがこの物語にはある。
それとさり気ないポイントだけど、アニメのEDのクレジットでは声優よりも監修についている専門家の方が多いってのも笑える。専門家を羅列しているところで20秒くらい使うEDは初めてお目にかかった。
この作品で俺が好きなシーンは色々あるんだけど、一番好きなのはアニメ第7話の栗川家と使用人達で隅田川の花火大会を見物するシーンですね。
サラッと隅田川の花火大会が、享保の飢饉で亡くなった死者への慰霊や災害除去のために徳川吉宗が始めた歴史や、「玉屋」「鍵屋」の解説を挟みつつ、メインキャラたちが各々の楽しみ方で花火を見物する。
みんなが上を向く中、宣之助の視線は左斜め下に釘付けだった。
皆の視線が夜空に集中する中で唯一顔を下げている宣之助の視線の先には花火に夢中なせんの笑顔。
普段とは違う余所行きの浴衣、空に咲いた光で照らされた顔。
まだお歯黒をしていない歯を見せて笑う彼女は間違いなく宣之助の宝だった。
身分の違いゆえ、結ばれる将来を思い描けずにいる宣之助にせんが放った一言。
「また来年もみんなで見に来ましょうね」
遠い未来ではなく、ちょっと先の未来でいい。傍にいられると考えている彼女の何気ない一言で宣之助はようやく口元を緩める。
そしてその日一番の大きな花火が打ち上がる。
「来年と言わず、共に白髪になるまでな」
「えっ? 申し訳ありません、花火でお声が・・・」
「・・・お前は早く貰い手を見つけなさい」
「あー!宣之助様ひどい!」
ここまじで名シーンなんだよ。
せんに対して一番重たい感情を抱いていたのは宣之助の方だったと分かるのと同時に、二人の主従を超えた繋がりが垣間見えて、ここから二人がどんな将来を歩んでゆくのかと想像を膨らませる。
宣之助のやつ。プロポーズの仕方が遠回しすぎる。
缶ビール片手に少しだけ落涙しました。
そんなアニメ「せん☆ごく!」
アニメは現在第2期が深夜枠で放送中で、原作漫画は単行本23巻まで発売中です。
それと原作者のグレート菫先生は現在人形浄瑠璃がテーマの漫画『江戸のキルケゴール』も連載中なので、興味と時間のある方はそちらもオススメです。
ぜひ読んでみてね。
以上、架空アニメ紹介でした。
頭が捏造された記憶ではち切れそうです。
