第七章「震災」①|連載小説「ぼくの名前」
…どん。
がががががががががが
ごごごごごごごごごご
どどどどどどどどどど
何が起きたのかと思った。
いつになったら終わるのかと思った。
がががががががががが
ごごごごごごごごごご
どどどどどどどどどど
がががががががががが
ごごごごごごごごごご
どどどどどどどどどど…
…すべてが終わった後、ぼくはデスクの下から顔を出して、ゆっくりと室内を見渡した。
「とりあえず、社用車を使ってもいいから、みんな、家に帰れ」
赤鬼が、震える声で、そう言った。
自宅までの道なんて、普段はバスで十五分くらいなのに、その日は二時間以上かかったように思う。
首都高のような大渋滞が、この街で起きるとは思わなかった。
ブレーキを踏んで停車するたびに、カーナビで流されるニュース映像。
なんだこれ。ここ、S市だよな。いま一瞬映ったの、ぼくが昔住んでたアパートじゃないか。
なんだこれ。海が川を上ってくる。橋の上に何十台もの車がずらりと並んでいて、ほとんど動くことができないでいる。
脳みそは映像を見ることを拒んでいるのに、両目は引き寄せられて、動かせない。後ろからクラクションが鳴って、ぼくはやっと視線を外し、アクセルをそっと踏む。
ぼくの家族は、みんな無事だった。双子の息子は、なにかすごいことがあった、ということだけは感じていたようで、二人揃って、やけに大人しかった。
「ちょうど三人でお昼寝してたの。びっくりして起きた瞬間に、押し入れの上段に置いてあったおもちゃ箱が落ちてきたの。
子どもたちが使っていた枕の上に。こんなときに限って、押し入れを開け放してたのよね」
妻は、ぽつぽつと、淡々と、そのときの様子を説明した。
「跳ね起きて、よかった」
ぼくは、それだけを言った。
台所の食器は棚から雪崩落ちて、ほとんどぜんぶ壊れてしまっていた。当然ながら、裸足では踏み込むこともできない。居間のガラス窓には大きなヒビが入っていたが、割れ落ちてはいなかった。
電気も水も止まっていた。
ぼくたちは、冷蔵庫から飲み物のペットボトルを何本か、戸棚からお菓子類を何個か取り出して、毛布を持って、自宅アパートを出た。そして、アパートから少し離れた契約駐車場まで歩き、そこに停めた自家用車に避難した。
北国の三月上旬はまだ寒い。マフラー周りに付いた雪くずを払ってから、エンジンを掛けて暖房をつけた。
ガソリンはタンクの三分の一程度残っていたから、車内で一晩の暖を取るには十分だろう。一酸化炭素中毒にならないように。最低限、それだけは気をつける。
家族四人きりの、心細い夜がやってきた。
カーナビのテレビでニュースを見る。嘘みたいな、大量の水のうねり。暗闇に燃え広がる炎の海。
ここは一体どこなんだろうね。挨拶回りに行くつもりだった沿岸の町じゃないだろうね。
しばらく忘れていた尿意が強烈に襲ってきて、ぼくは車外に出る。草むらに向かって用を足す。ふと、空を見上げる。
街灯がついていないから、
星空が。
綺麗すぎて怖かった。
