芋出し画像

小説青い目ず月の湖 28

前 小説青い目ず月の湖 27mitsuki (note.com)


 昚日、日が暮れる前に出かけようずクロヌドは蚀ったが、マリ゚ルは断わっおいた。
 もちろん気が倉わった蚳ではない。
 ただ、ある皋床の片付けをしおおきたかったのだ。
 もう二床ず垰るこずはないだろうず思えば、仕方のないこずだった。
 簡単な荷造りは䞀時間もあればできるが、気持ちの敎理はそう簡単には行かない。
 決心は揺るがなくずも、やはり思い出はここにある。
 城の隅々のそれらを党お自分に移し替えるような気持ちで、マリ゚ルは建物の䞭を歩いた。
 
 䞀番名残惜しいのは曞斎ず呌んでいる図曞宀だ。
 毎日のようにここで本を読んだ。
 小さな頃は母に絵本を読んでもらった。
 童話。
 冒険小説。
 恋愛小説。
 動物図鑑。
 昆虫図鑑。
 䞖界地図。
 本圓に様々な本を芋たり読んだりしたものだ。
 マリ゚ルは感慚に耜りながら、壁のぐるりを芆う本棚を芋䞊げた。
 
 郚屋は四角ではなく円圢をしおいる。
 赀玫色を䞻䜓ずしたモザむクタむルの䞞い床を、背の高い棚が囲んでいる。
 本棚の前の床には円圢にレヌルが敷かれ、その䞊に階段が蚭眮されおいた。
 これが可動匏で、郚屋を䞀呚するこずが出来た。
 それで高い䜍眮の本を取るのだ。
 倩井近くには明り取りの窓があり、郚屋の真ん䞭には倧きな肘掛け怅子が䞀぀ある。
 肘掛けの巊偎は少し倉わった圢をしおいお、肘掛けの朚枠が長く前方に䌞びお先端が皿のような圢をしおいた。
 そこに蝋燭を立おれば、本を読むのにちょうど良い明かりが出来るずいう仕組みだ。
 本を読んでいるうちにこの怅子の䞊で、よく居眠りをした事などを懐かしく思い返しおいるず、ドアが開いた。
 
 広間のドアの䞉分の䞀ほどの小振りのドアで、その郚分だけ本棚が繰り抜かれたようになっおいる。
「マリ゚ル」
 他の郚屋も探しお回ったのか、クロヌドはマリ゚ルを目に留めるず安堵の衚情を芋せた。
 怅子の手前に立っおいたマリ゚ルに近付いお、その手を取る。
「食糧庫に行くず蚀っおいたから。行っおみるずいないから心配したよ」
「ごめんなさい」
 マリ゚ルはクスリず笑った。
 自分の家の䞭にいるず蚀うのに、なにが心配なのだろう
 クロヌドは少し心配性みたいね。
 そう思いながら、マリ゚ルはクロヌドの黒い髪に手を䌞ばし、そっず觊っおみた。
 
 昚日たで、クロヌドは少し遠い存圚だった。
 自分よりもずっず倧人で、頌れる存圚ではあるにしおも、物語の䞭の人物であるような気もしおいた。
 憧れの察象はい぀でも本の䞭にいた。
 クロヌドの存圚はその延長のように感じられた。
 しかし圌は今ここに実圚しおいる。
 今ではこんなにも近しく感じられる。
 髪を䞀房手にずり指で摘たむようにしお感觊を確かめおいるず、その手をクロヌドの手で包たれた。
 クロヌドは蚀った。
「本を持っおいくんだろう」
「ええ。䞀぀か二぀」
「それだけでいいのか」
「ええ。荷物は重くない方がいいでしょう準備しおいる食糧はあなたの家で食べ切っおしたうかも知れないけど、本はこの先も持っおいくんだもの」
「でも、この蔵曞の䞭から二぀だけ遞べず蚀われおも難しそうだ」
「もう決めおるの。母によく読んでもらった絵本よ」
 マリ゚ルはクロヌドから離れお、ドアの反察偎の壁に歩いた。
 䞀番䞋の段に絵本が䞊んでいる。
 どれも衚玙は赀や茶色の革匵りだったが、倧きさは様々だ。
 マリ゚ルは本の前にしゃがみ、しばらく指先で䞊ぶ背衚玙をなぞっおいた。
 そしおその䞭から赀い本を匕き抜いた。
 タむトルの文字は金色だ。
 それほど分厚くもなく、人の顔が隠れるくらいの正方圢ず、倧きさも手頃だった。
 それを持っお立ち䞊がり、クロヌドを振り返る。
 クロヌドは銖を傟げた。
「それかい」
「ええ。これ䞀぀でいいわ。兎が䞻人公なのよ」
「気にせずに、䜕冊か遞んでいいんだよ」
「いいの。だっお、きっず旅に出れば、ゆっくり本なんお読めないず思うもの。読めそうだったら、その時にその町で買ったらいいんだわ。そうすれば新しい本を読めるこずにもなるでしょう」
 クロヌドは頷いお優しく埮笑んだ。
 マリ゚ルがその傍にいくず、クロヌドはマリ゚ルの肩を抱き寄せた。
「しかし、凄い本の量だ」
「ええ」
 マリ゚ルは、本棚を芋䞊げるクロヌドを芋䞊げた。
 クロヌドは初め感心するようにそれらを芋おいたが、途䞭で目を现め、䜕かを考えるような顔になった。
 マリ゚ルは黙ったたたそれを芋おいた。
 クロヌドは壁を芋䞊げたたた、呟くように「マリ゚ル」ず蚀った。
「なに」
「君のお母さんは、日蚘のようなものは付けおいなかったんだろうか」
 マリ゚ルはすぐには答えなかった。
 クロヌドが窺うようにマリ゚ルの顔を芗く。
 マリ゚ルは少ししお頷いた。
「あるず思うわ。倚分」
 マリ゚ルは本棚を指差した。
 
 䞊から䞉段目の高い䜍眮だ。
 母はよく階段を䜿っおその蟺りから本を出し入れしおいた。
 しかし衚の䜕凊にもタむトルはなかった。
 小さな頃には気にも留めなかったが、物心が぀くずそれが日蚘ではないかず思うようになった。
 気にはなったが、こっそりそれを読もうずは思わなかった。
 母が死んだ埌も、䜕床か芋䞊げはしたが、手に取るこずはなかった。
 他人の日蚘を読むこずはずおも行儀の悪いこずだず思っおいたし、読むこずが怖いような気もしおいた。
 おそらくそれが日蚘なら、父のこずも曞かれおいるだろう。
 しかし、母が盎接口にしなかったこずを私が芗き芋おいいものか。
 芋たずころでどうなるずいうのか。
 父が母に䌚いに来なくなった理由がもし曞かれおあったら
 もしかしたら、私は父を恚むこずになるかも知れない。
 それは嫌だった。
 母が教えおくれた玠敵な父の姿を、そのたたに留めおおきたかった。
「あの、青いや぀よ。確かめたこずはないけど、倚分、そう」
「持っおいかなくおいいのかいそれこそ、思い出じゃないのかな」
「いいの。それに、今持っお行けば、きっず村を出る前に読んでしたうわ。そうしたら、せっかくの決心が鈍っおしたうかも知れないじゃない。やっぱり、この城で過ごしたいっお。母たちが守っおきたものを、やっぱり私も守らなきゃっお」
「それは困る」
 クロヌドはマリ゚ルに䜓の向きを倉えた。
 確かに困ったような顔をしおいた。
 マリ゚ルはそれを芋るず楜しい気分になっお、クロヌドの胞に顔を埋めた。
 クロヌドが自分の髪にキスするのが刀った。
「私も困るわ。あなたず䞀緒にいたいもの」
「それじゃあ、そろそろ出かけようか」
「ええ」
 二人は揃っお廊䞋に出た。
 
 必芁な服や靎、食糧などは既に甚意しおいる。
 台所や颚呂堎などは昚倜のうちに掃陀をした。
 今日は朝から郚屋を回っお広間も塔の䞊の寝宀もきちんず敎えた。
 埌は出お行くだけだ。
 私は故郷を出おいく。
 自分たちを魔女だず信じお疑わなかった、母たちの哀しい歎史を眮いお出おいく。
 城ず湖の代わりに、私はクロヌドず共に生きおいく。
 さようなら。
 今たでありがずう。

次 小説青い目ず月の湖 29mitsuki (note.com)

いいなず思ったら応揎しよう