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【思い出】ピンクの犬

    父は、私が生まれる時、初めての子を授かって興奮したものか、まだ生まれてもいないのに、育児グッズをかき集め、母を困惑させたそうです。生まれた時は、新生児室にカメラを持って侵入して看護師長にお目玉食らったり。

   おもちゃに関しても、問屋業を営む兄のところから、ひっきりなしにおもちゃをもらってきて、私に与え続けました。幼い私は「おもちゃを大事にしない」と父の逆鱗に触れ、3歳から7歳になるまで、新しいおもちゃを与えられませんでした。おもちゃを大切にしなかったのは私かもしれませんが、原因になった行為をしたのは誰でしょう? 私は罰を受けていました。4年間。

   5歳くらいのとき、ぬいぐるみが欲しくて欲しくてたまらず、とても切ない思いをしていました。おねだりはしませんでしたが、見かねた母が、お買い物で貯めたスタンプ帳一冊に少しお金を足して、犬のぬいぐるみを買ってくれました。ピンクの犬でした。母は何度もこれで良いのかと確かめました。この子を選んだのは、頭の後ろにベルトが付いていて、背中にチャックがあり、犬の形をしたハンドバックだったからでした。これはおもちゃではなくハンドバッグだと、5歳の私は考えたのです。父は、ピンクの犬を持つことを咎めませんでした。毎晩抱いて眠りました。

※ヘッダーの画像はAIに描いてもらいました。表面の質感は違いますが、よく似ています。

   一年くらいは、ハンドバッグとして、お出かけの時に持っていた記憶があります。次第に汚れが目立つようになり、ピンクの犬は、私のベッドに常駐するようになりました。3年ほどしたら、人様にはお見せできないような汚れたぬいぐるみになっていました。

   ある時、クリーニング屋の御用聞きのお兄さんに、ぬいぐるみのクリーニングはお願いできるか相談しました。お兄さんは、優しく、自分で洗ってごらんと言い、洗い方を教えてくれました。

   たらいに石けんを溶かしたぬるま湯を用意して、ぬいぐるみを浸す。しばらく浸したら、優しく洗い、よく濯ぐ。タオルにくるんで洗濯機で脱水する。あとはは風通しの良いところに吊るして気長に干す。

   私は教えられたとおりにピンクの犬を洗いました。脱水のせいで、お顔が歪みましたが、汚れは大分マシになりました。

   私はピンクの犬が大好きで、小学校から戻ると、ランドセルを下ろすより先に、ベッドを漁ってピンクの犬を抱きしめ、匂いを嗅ぎました。

   父はときどき、汚い犬を見せろと云いました。次第にジステンパーを見せろと云うようになりました。こんな汚物が家にあるのは不快だと怒っていました。何度か父によって隠されました。学校から戻って、ピンクの犬が無くなっていると気づくと、私は半狂乱で探しました。その様子は異常行動であると判断した父は、執拗にピンクの犬を隠したり、揶揄してネチネチと責め立てました。勝手に捨てるのだけは、母が食い止めていたようにも思います。あまりあてにはなりませんでした。母が、強烈な個性と発言力を持ち、自分だけが正しいと豪語する父に、どこまで抵抗できるか私は疑っていました。

   5年生の時、仲良しだったサーヤが遊びに来たとき連れてきたうさ子は衝撃の姿をしていました。お母さんがガーゼで作ってくれたもので、耳は二つとも無く、手足も揃っていなくて……雑巾色で、ガーゼもかなり擦り切れていました。フェルトを貼ったらしい目玉も痕跡だけでした。私のピンクの犬と同じ匂いがしました。生徒会の副会長、いつも堂々としているサーヤのうさ子。修学旅行の時は、私もサーヤも、ぬいぐるみ持参で、取り替えっこして抱いて眠りました。

    中2のとき、レ・ミゼラブルのコゼットの人形の下りに感動して、その時出会った大きなお人形を買いました。そして、まだ父の攻撃が続くピンクの犬を、自分で焼いて弔いました。焼けていく様子を黙って見つめながら、この子を抱いて耐えてきた日々を思っていました。擦り切れて、歪んで、ボロボロになっても愛おしい存在でした。綺麗な一組の目玉ボタンが残り、これをお人形のボデイに入れました。そのお人形は、50年の時を経て、まだそばにいてくれます。

   私にとってピンクの犬のぬいぐるみは、ライナスの毛布みたいなものでした。ピーナッツコミックスで、ライナスに出会ったとき、毛布を持ち歩くライナスの強靭さに驚きました。何をされても何を言われても、毛布を手放さない。毛布を持ち続けることを選ぶ。

   私は、ピンクの犬を抱き続けることを、恥ずかしいことだと父に責め立てられ、せせら笑われ、人前で吊るし上げられました。惨めで恥ずかしいけれど捨てられない。後から思うと、父は、私の愛情が父以外に向くことを嫌っていました。私から遠ざけられた友だちがたくさんいました。このことについて、私にはまだ語る力がありません。

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愛が詰まった素敵な御本です

『愛されすぎたぬいぐるみたち』
  写真・文  マーク・ニクソン  訳 金井真弓    オークラ出版

『DIRTY   WOW   WOW   and other  love  stories』
(うわっ、汚い!)というタイトルの写真集

   この2冊。素晴らしいです。懐かしい匂いまで漂ってきそう。(芳香ではないけれど)これまでに出会った人々の中には、子どもの頃大事だったモノや習慣について、優しく美しい思い出を聞かせてくれる方が、たくさんいました。ぬいぐるみに限らず、掛け布団の穴に指を突っ込んで眠った、など。私の弟は、天鵞絨(ビロウド)の手触りや感触を愛していました。


   


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