仏教に学ぶ「恨みの毒」解消法:苦しみの連鎖を断ち切る3つのステップ
仏教において、恨みの心は「三毒(さんどく)」と呼ばれる煩悩の一つに数えられています。これは猛毒を含んだ心であり、実際にこの心にやられて人生を棒に振ってしまう人が非常に多いのが現実です。恨みの心が湧き出てきたとき、放置すれば人生を台無しにしてしまいます。

そこで今回は、恨みの心を軽くし、解消するためにはどうすればいいのかについて、仏教の教えに基づいて詳しくお話しします。
皆さんの人生の参考になれば幸いです。
1. 恨みの心はどこから生まれるのか?(硫酸事件の背景から)
数年前、ある25歳の大学生の男が、22歳の社会人の男性に対して東京都港区の地下鉄で硫酸をかけるという痛ましい事件がありました。
加害者の大学生と被害者の社会人は、大学時代に同じサークルの先輩・後輩という間柄でした。
25歳の男性は22歳の男性に恨みを持ち、硫酸を買い、勤め先からつけて犯行に及びました。
被害者は顔に硫酸を浴び、両目の角膜がやけどを負う全治6ヶ月の重傷を負いました。
幸いにも失明には至りませんでしたが、最悪の場合は失明する恐れもあった恐ろしい事件です。

なぜ、彼がこれほどの恨みを持つに至ったのでしょうか。 ニュースによると、大学時代に1学年後輩である被害者が「タメ口」をきいてきたことについて恨みを抱いていたと語っているそうです。 果たしてそれだけが原因かは分かりませんが、恨みの心とは恐ろしいものです。そもそも、この恨みの心はどこから起きるのでしょうか。

恨みは「苦しみ」から生まれる
恨みは、自分が苦しい時に「なんで俺ばっかりこんな目に遭うんだ」「これはあいつのせいじゃないか」と人のせいにするところから起きます。あるいは、八つ当たりのように、周りで幸せそうにうまくやっている人が妬ましく、憎くてしょうがなくなる気持ちにさせられます。苦しみが原因で、恨みが起きるのです。
今回の事件の大学生も、その背景を見ると非常に孤独で苦しい人生であったことが想像できます。
10年前に父親を亡くし、その後立て続けに母親も亡くしています。
兄弟もいなかったため、天涯孤独の身となってしまいました。
家の中は足の踏み場もないほど散らかっており、友達もほとんどいない生活でした。

非常に苦しかったのだと思います。人間は苦しくなると、自分をこんな人生にさせたもの一つ一つに恨みの気持ちを持ってしまうのです。もし「タメ口をきかれたこと」だけが原因だったとすれば些細なことに思えるかもしれませんが、苦しみの中ではそれが引き金となってしまいます。
2. 負の連鎖「惑業苦(わくごっく)」とは
恨みから犯罪行為を起こし、捕まって刑務所に入ったとしても、そこからの苦しみでまた恨みが起きるのが人生です。恨みから次なる犯罪を犯し、前科一犯、二犯、三犯となっていく構図は、世間でもよく見られます。
苦しみが原因で恨みを呼び、恨みが原因で罪を犯し、罪が原因でさらに苦しくなり、その苦しみからまた何かを恨む…。このどんどん深まっていく悪循環を、仏教では「惑業苦(わくごっく)」と呼びます。
仏教用語意味とプロセス:
惑(わく) 恨みの心のことです。
業(ごう) 恨みが原因で引き起こされる「悪い行い(罪)」のことです。
苦(く) 悪い行いの報いとして受ける「苦しみ」のことです。
そしてこの苦しみから、また「惑(恨み)」が生まれます。

恨みの心が罪を造らせることはいくらでもあります。怨恨から起きる事件は非常に多く、私たちに悪い罪を造らせる引き金となるのが恨みです。恨みの心によって私たちはどんどん苦しみにハマっていってしまいます。
3. 恨みが起きた時、絶対にやってはいけない行動(秋葉原通り魔事件から)
私がこの惑業苦の連鎖を意識して思い出すのは、秋葉原での通り魔事件です。加藤という犯人が歩行者天国に車で突っ込み、無差別に包丁で刺していった事件です。 彼は犯行に至るまでの心の道程を、携帯サイトに克明に綴っていました。例えば以下のような書き込みです。
「イケメンなら努力に結果がついてくるのに」
「愚痴ってもちゃんと聞いてくれる彼氏がいるんだろうが」
「トラックのタイヤが外れてカップルに直撃すればいいのに」
「今週は土曜日も出勤。どうせ一人でやることないんだから別にいいけど」

会社や世間に対する不平不満、否定的な感情を何千回も書き込んでいました。同情や慰めが欲しかったのかもしれませんが、「売り言葉に買い言葉」で良い反応が返ってくるはずがありません。 「イケメンなら…」と書く人に好意的な印象を持つ人はいませんし、「カップルに直撃すればいいのに」と書けば「お前こそ直撃すればいいのに」と挑発的な返信が多数殺到したはずです。周りから投げかけられる言葉で、余計に心の傷を深めていったことが想像できます。 理不尽なことや憤りを感じる出来事が多く、楽しそうにしているカップルや歩行者を見て腹が立ち、恨みや憎しみが積もった結果があの犯罪でした。

言葉や態度に出すことで苦しみは深まる
人間ですから、苦しい時に「なんであいつばかり」「お前のせいで」と人のせいにして憎む気持ちが起きることはあります。しかし、それを口に出しては絶対にダメなのです。
心の中に恨みが起きても、それを言葉や態度、サイトへの書き込みなどに表さなければよかったのです。口に出してしゃべるのは「業(行い)」です。犯人は恨みを言葉にして書き込み続けたことで、批判的なコメントを浴び、さらに心が苦しくなって恨みを重ねてしまいました。 もし彼が、辛い毎日の中でも「誰かにしてもらったことへの感謝」を一つでもサイトでつぶやいていたらどうだったでしょうか。
「こんな風に支えてくれる人がいた」と書き込んでいれば、前向きな言葉や「僕も元気になりました」といった反応が返ってきて、それに対してまた「ありがとう」と返すやり取りができたはずです。そうしていれば、仕事も生活も変わっていったのではないでしょうか。

私たちの心には「あいつのせいだ」と憎む心もあれば、「この人のおかげだ」と感謝する心もあります。どちらの心を言葉に表すかによって、人生は相当変わってきます。恨みの心が湧き出るのは仕方なくても、それを言葉や態度に表さないことが第一の対処法です。仏教でも、恨みの心を口や態度に出してはならないと教えられています。
4. 恨みを根本的に解消する仏教の智慧
さらに仏教では、そもそも恨みや憎しみの心を起こさないようにするにはどうしたらいいかを教えます。苦しい時、「あいつのせいだ」「こいつのせいだ」と恨むことから、最初のボタンの掛け違いが始まります。 仏教では、「自分の苦しみはすべて自分のまいたタネ(自分の行い)によるものだ」と教えます。これが仏教の智慧です。この教えを表した次のような歌があります。
「火の車 造る大工は なけれども 己が造りて 己が乗りゆく」

火の車: 「あそこの家計は火の車だ」などと言うように、経済的ににっちもさっちもいかなくなった苦しい状態や、苦しい運命がやってきた状態を表します。
造る大工はなけれども: 昔は車を大工が作っていましたが、この「苦しい状態の車」を造った大工(他者)はどこにもいない、という意味です。
己が造りて 己が乗りゆく: その苦しい車を造ったのは自分自身であり、自分が造った火の車に自分自身が乗せられていくのだ、ということです。
これは仏教の根幹である「自因自果(じいんじか)」「自業自得(じごうじとく)」の教えです。自分のやった行い(業)によって、自分がその結果を得たという考え方です。 「あいつがあんなことやったから、俺はこんな目に遭ったんだ」と恨んで苦しむのが私たちですが、本当は全部己が造ったのだと知るのが仏教の智慧です。
【自因自果・自業自得とは】
もし先ほどの事件に当てはめるなら、犯人たちは「火の車を造った大工」を以下のように見立てて恨んでいました。
秋葉原事件の犯人にとっては: 会社の無理解な上司、社会、イケメン、カップル。
硫酸事件の大学生にとっては: タメ口をきいてきた後輩。
「あいつらがこの苦しい車を造ったんだ」「あいつらがいい思いをしているから、こっちにしわ寄せが来ているんだ」と頭の中がいっぱいになり、逆恨みをしてしまうのです。そして余計なことを言ったり犯罪を犯したりして、ますます人生が苦しくなっていきます。
科学が進歩し、娯楽が増えた世の中でも自殺が減らず、硫酸をかけたり無差別に人を刺したりする凄惨な事件が毎月のように起きるのは、この「自因自果」の道理が分からないからです。人のせいにする心が、さらなる悪業を生み、苦しみの毒を深めていきます。
他人のせいにばかりしている心に回れ右をして、「すべては己のまいたタネなんだ」と認めるところから仏教は始まります。この智慧を身につけることで、どこまでも回っていく「惑業苦」の連鎖を断ち切ることができるのです。

まとめ:恨みの毒を解消する3つのステップ
恨みの毒が全身に回って苦しむ前に、私たちは以下のように対処していくことが大切です。
ステップ1: まず、自分が苦しくて「恨みの毒」が出てきた時こそ、恨んだり憎んだりする心に気をつけること。
ステップ2: 恨みが出てきた時、せめてそれを言葉や態度、行動に移さないようにして、自分の身を守ること。
ステップ3(根本的対処): 苦しみが起きて恨みそうになった時、「その原因は自分のどこにあったのか」と自分自身を見つめ直すこと。
他人のせいにせず自分のタネまきを見つめることは、非常に厳しく、なかなかできることではありません。私自身、お話ししながら本当に難しいことだと感じていますし、皆さんもそう思われるでしょう。
しかし、このように努めていくのが仏教の智慧を身につけるということです。これを頭の片隅で知っているか知らないかでは、人生において相当な違いが出ます。 今回は事件を切り口に、世相から読み解く仏教の教えをお話しいたしました。皆さんの心の平穏と、人生のヒントになれば嬉しく思います。
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