第三子妊娠中、計画分娩を決めた理由【妊娠記録】
こんばんは、間もなく第三子を出産予定でおうちで在宅ワークでライターをしているちあきです。
いよいよ出産まであと少しになった。実は、第三子の出産は、計画分娩をする予定で進めることになった。
でも、ここに至るまで実はかなり悩んだ。
むしろ妊娠後期に入ってからは毎日のように「本当に計画分娩でいいのかな」と考えて、ひどいときは泣いていた。妊婦のメンタルは、本当に移ろいやすくて脆いよね。
第二子のときは迷わなかった
第二子を出産したとき(2023年2月)も計画分娩だった。
当時はコロナ禍で、第一子ちゃんはまだ保育園に通っておらず、産院には子どもを連れて行けない&子どもの立会い不可だから、預け先をどう確保するか本当に悩んだのを覚えている。
当時は、計画分娩日決定後に市役所に行って、一時保育室に「緊急時対応」として預かってもらう。その選択肢しかなかった。
だから1mmも迷わなかった。
第三子だからこそ生まれた迷い
でも、第三子は違う。上の子たちは保育園に通っているし、夫の地元に引越をしたからすぐそばには義母と義理の妹がいる。
急な陣痛への不安はあるけれど、第二子くんの出産のときのような切羽詰まった事情はないかなと思った。だからこそ、
「私たちの都合で出産日を決めていいのかな」と頭をよぎった。
第二子は出産予定日の2日前に陣痛促進剤で産まれて、産まれた自覚がないのかずっっっと眠ったままで、よく助産師さんに「もうあなたは産まれたのよ~、へその緒ついてないんだから起きて飲んでちょうだい!」と言われていたことを覚えている。
その後もしばらく体重の増え方がゆっくりで、何度も病院に通った。もちろん、それが計画分娩と関係していたのかはわからない。
でも当時の私は「もしかして、この子はまだお腹にいたかったのかな」と考えることが多々あった。
その記憶が、今回の迷いにつながっていたのだと思う。
迷いが大きくなった36週の妊婦健診
36週の妊婦健診で先生は笑いながら「子宮頸管長が4cmもあるよ!まだまだお産にはならないねぇ」と言われて。その言葉が妙に引っかかってしまった。
正直なところ、少しは出産に近づいていると思っていたんだけど、先生の言葉を聞いた瞬間「あれ?赤ちゃんはまだ出てくる気がないのかな」と思ってしまって。
そして気づけば「計画分娩でいいのかな」という気持ちがどんどん大きくなった。
私が待ってあげたかったもの
今振り返ると、私は計画分娩が嫌だったわけじゃなくて、自然分娩に強いこだわりがあるわけでもない。
ただ、
「赤ちゃんのタイミングを待ってあげたい」
と思っていた。
もし子宮口が開いていて、赤ちゃんも下がっていて、体が出産の準備を始めているなら計画分娩でも納得できる。でも、まだ何も始まっていないのなら、私たちの都合だけで日付を決めるのは違う気がした。
37週の健診で気持ちが変わった
だから37週の健診では、先生に正直に相談した。すると先生は「経産婦さんは臨月に入ると一気に状況が変わることもありますよ」と話してくれて。
そして、私が第二子くんの計画分娩で子宮口8㎝まで痛みに気づかず本を読んで過ごしていたことも伝えると「計画分娩の方がいいなと思ったお母さんの勘は問題ないと思います」とも言われた。
赤ちゃんは2600gまで成長しているし、計画分娩時には3000gほどになるだろうと説明されて。私の中で何かがストンと落ちた。
私はずっと「赤ちゃんはまだ出てきたくないのかもしれないのに産んでしまう」と思っていた。でも違った。赤ちゃんは十分に育っていたし、先生も今の状態なら問題ないと言ってくれている。
私は赤ちゃんのタイミングを奪うのではなく、赤ちゃんに会う準備をしているだけだった。
私の中の計画分娩の定義
計画分娩は「決められた日に産むこと」と思っていた。でも違ったのかも。
私は決めた日に赤ちゃんを迎えに行くのだ。
十分に大きくなってくれた赤ちゃんを。家族みんなで会える準備を整えた赤ちゃんを。
もちろん、それまでに陣痛が来たら大歓迎。そのときは赤ちゃん自身が決めたタイミングを受け入れる。
でも来なかったとしても、私は安心して今の計画分娩日に赤ちゃんを迎えに行けそうだ。
出産方法にきっと正解はない。
自然分娩も、無痛分娩も、帝王切開も、計画分娩も。
ただ私は今回「納得して出産したい」と思った。だから悩んだし、先生にも相談した。その結果として選んだのが、今回の計画分娩。あとは赤ちゃんに会える日を楽しみに待とうと思う。
いいお産になりますように。
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