「テニスは自分を選んだ」男が、自分で自分を裏切った日 ―ニック・キリオスのコカイン陽性反応に思うこと
男子テニス界きっての「問題児」であり、同時に誰よりもファンを沸かせてきた選手、ニック・キリオス。8月19日、自身のインスタグラムで、ドーピング検査でコカイン陽性反応が出たことを自分から明かした。
まずは何があったか
事の発端は6月22日、スペイン・マヨルカで行われたATP250大会。ここで採取された検体から、コカインの代謝物であるベンゾイルエクゴニンが検出された。WADA公認の検査機関が7月17日に結果を確定させ、国際テニス・インテグリティ機関(ITIA)は8月4日付でキリオスに暫定的な資格停止処分を出した。本人はこれを不服として争ってはいない。
インスタのストーリーズで発表した本人の声明は、けっこう素直なものだった。「大きな間違いを犯した」「全部自分の責任」と認め、ファンや家族、スポンサー、そして自分を応援してくれている子どもたちへの謝罪の言葉も添えている。「言い訳するつもりはない」と前置きしつつ、この2年間ケガに苦しみ、体も心もボロボロで、「無力で孤独」を感じていたことにも触れていた。
最終的な出場停止期間は、競技中の使用だったかどうかや、リハビリプログラムに同意するかどうかで変わってくるらしく、3か月から12か月、場合によってはそれより短くなる可能性もあるとのこと。
他の選手のケースと比べてみると
実はここ1〜2年、テニス界のドーピングニュースって結構続いており、キリオスだけが特別というわけでもない。
たとえば男子世界ランク1位のヤニック・シナー。2024年3月、筋肉増強作用のあるクロステボルに2度陽性反応を示したものの、「理学療法士が使っていた市販スプレーが皮膚を通じて体に入った」という説明が認められ、一度は出場停止を免れた。その後WADAが不服として提訴し、最終的に3か月の出場停止で決着している。女子ではイガ・シフィオンテクが、狭心症治療薬トリメタジジンの陽性反応で1か月の出場停止を受けたケースもある。どちらも「過失や意図がなかった」ことが認められて、比較的軽い処分で済んでいる。
一方で、シモナ・ハレプはより重い処分を受けた。
最近では2023年ウィンブルドン女王マルケタ・ボンドロウショワが検査そのものを拒否して長期の出場停止処分になったという話も出ている。
こうして並べてみると分かるのが、テニス界のドーピング処分は「何を使ったか」よりも「なぜそうなったのか」「本人に意図や過失があったか」で大きく重さが変わるということ。
シナーやシフィオンテクは「不可抗力」に近い形で軽い処分だったのに対し、キリオスは自分で使用を認めていて、しかも過失ではなく本人の意思による使用だったとみられる点で、性質がかなり違う。
自分はどう思ったか
正直、このニュースを見たときは「驚き」もありつつ、「やっぱりな」という気持ちもあった。
キリオスはこれまでも審判への暴言やラケット破壊、試合放棄まがいの行動で何度も物議を醸してきた選手だ。それでも本人は「不正行為者だけにはならない」という一線だけは譲らず、ドーピングで摘発された選手たちには結構辛口なコメントをしてきた過去もある(実はさっき挙げたシナーの一件でも、キリオスは真っ先に「ばかばかしい」と批判していたらしい)。
ただ声明を読むと、言い訳しないと言いながらも、長年のケガでキャリアの終わりを意識せざるを得なかったつらさが滲んでいた。
ツアーも1人で回っていることが多かったため、心身的な負担はかなりの物だったと思う。
「テニスが自分を選んだ」とまで言い切っていた人が、そのテニスを手放さなきゃいけないかもしれない現実にどう向き合えばいいか分からなくなっていたのかもしれない。
もちろん、それはコカイン使用を正当化する理由には全然ならないし、プロアスリートである以上、結果責任からは逃げられない。
それでも、栄光から怪我でどん底に落ちた人の孤独って、外からはなかなか想像しきれないものなのだとは思う。
2022年ウィンブルドン準優勝という実績を持つ実力者だけに、この先キャリアがどうなるのかはまだ分からない。ただ、これまで「テニスの誠実性」について人一倍うるさく言ってきた選手だからこそ、今回の一件は競技生活だけじゃなく、彼という選手そのもののイメージに、これまで以上に重くのしかかってくる気がしている。
好きな選手だったため、少しでも良い方向に向かって欲しい。
