バンコク、五感を高める食の冒険 その5
40年前の放浪時代から通い続けるバンコクのMBK。家族との思い出が詰まったこの場所で、娘に受け継がれた旅人の矜持を再確認
禁酒日のバンコクで、老舗のカオソーイや炭火の屋台飯を堪能。元妻との静かな晩酌を通して描く、五感を満たす旅の記録
➔ 『バンコク、五感を頼りに食の冒険 その4』 はコチラ
喧騒のフードコート、タイ料理の誘惑を断つ
2026年7月30日、旅も残すところはあと2日、ここは定番のお腹も満たしお土産も物色できる巨大ショッピングモール『MBK』マブンコーンのフードコートに行かなくてはならない。
無数の選択肢がひしめく中、タイ料理の誘惑をあえて断ち切り、私は一軒のベトナム料理に足が止まった。
喉を震わせる、三種の「絶品」
まずは『牛のフォー』。
透き通ったスープを一口飲めば、牛の旨味が五臓六腑に染み渡る。
繊細ながらも力強い出汁の余韻が、喉の奥に長く留まる。
滑らかな平打ちの米粉麺を啜れば、しなやかな弾力とともに米の香りがする。
熱々のスープをくぐらせた薄切りの牛肉は、赤身の瑞々しさを残しながらも口の中でほどけるほど柔らかく、噛み締めるたびに肉本来の濃い旨味が溢れ出した。
そこへ、たっぷりのパクチーが加わり、食感のコントラストがさらに重層的な味わいを生み出す。

続いて『バインミー』。
外側はパリッと、中はふんわりと焼き上げられたバゲットに、具材の調和が見事だ。
レバーペーストのコクと、なますの酸味が絶妙なコントラストを描き出す。

そして、真打ちとも言える『揚げ春巻き』。
噛み締めた瞬間の小気味よい音とともに、凝縮された肉の旨味が溢れ出す。
この三品はフードコートという言葉の枠を軽々と超えまさに絶品だった。

周囲を見渡せば、地元客に混じって欧米の観光客も黙々と箸を動かしている。
その光景こそが、このフードコートが手軽に本場の味を楽しめる「正解」であることを、何よりも雄弁に物語っていた。
MBK40年の時、地図なき旅の座標軸
ここMBK / マブンコーンという場所には、私にとって特別な思い入れがある。初めて足を踏み入れたのは今から40年前の1986年。
当時、ここに入っていた「東急」は、まだ珍しかった本格的な日系スーパーとして、長旅を続けるバックパッカーには砂漠のオアシスのような存在だった。
90年頃にはヤオハンも進出したが、今思えばあれは日系企業がタイへ大挙して押し寄せる前兆だったのかもしれない。
1986年当時、私はアジアとオーストラリアを一年半かけて放浪するバックパッカーだった。
定宿にしていたのは、この場所からすぐ近くの今はなき国立競技場前のタイボーイスカウト協会が運営するドミトリー。
一泊30バーツ、当時の日本円でわずか180円ほど。
一日中、逃げ場のない熱気に包まれるバンコクにおいて、冷房の効いたここがどれほど私を救ってくれたか、言うまでもない。

それ以降も、私は何度もここを訪れた。
ひとりの時、二人の時、そして家族と一緒の時。
その時々で、ここには異なる思い出が刻まれている。
バックパッカーとして自由を謳歌し、好き放題やってきた当時の私には、自分が結婚し、そして父親になる日が来るなど想像もできなかった。
さらに離婚、その元妻と一緒に旅を重ね、昔の想い出を共有している。
人生という旅路の行き先は、地図を持たずに行き先を決めない放浪よりも、ずっと予測不能なものだった。
家族でアンコールワットを旅した帰り、お土産を探しにここへ立ち寄った時のことだ。
家内が買おうとしていたアクセサリーを前に、当時小学5年生だった娘が「言い値で買ってはダメ、私が交渉する」と突然割って入った。
つたない英語ながらも、堂々と値切り交渉を繰り広げたあの姿も、ここMBK / マブンコーンの想い出として鮮明に焼き付いている。
そして2026年の今年、再びこの地を訪れることができた
1986年当時と2026年の今では、タイの経済は劇的な成長を遂げた。
サイアムスクエアーの交差点には高架鉄道(BTS)が建ち、かつての面影が失われるほど周囲の風景はすっかり様変わりしている。
1986年のあの日から40年。
激動の時代を経て、今こうして再びこの場所に立っていられるのは、ただただ幸運であったという言葉以外に見つからない。
1円でも、1バーツでも安くという金銭感覚は、あのバックパッカー時代に形成され、研ぎ澄まされていった。
それがその後の40年をどうにか生き抜いてきた拠り所であり、生き方の方向性そのものだったとも言える。
店主と堂々と値切りした娘の姿に、私はかつての自分を重ねていた。
教えたつもりはなかったが、一円、一バーツを惜しみ、タフに生き抜くバックパッカーの矜持が、娘の中にも確かに息づいているのを感じて、私は少しだけ誇らしく、そして安心した。
立派な父親らしいことは、何もしてやれないけど。
ただ、この混沌とした世界を、自分なりの物差しで、図太く生き抜いてほしい。
地図などなくても、行き先が決まっていなくても、腹さえ満たしていれば、道は自ずと開ける。
かつての放浪の記憶を抱えながら 「道に迷ったら、風に訊け」―開高健が遺した境地は、旅の途上で、あるいは人生の壁にぶつかった時、私を幾度となく奮い立たせてくれた。
その風は、今もこのMBK / マブンコーンの喧騒の中にも吹いている気がする。
私は最後の一口、フォーのスープを飲み干した。
時代は移ろい、景色は変わっても、この場所は私にとって、バンコクの熱気から逃れ、自分の歩んできた道筋を確かめるための、かけがえのない「座標軸」であり続けていることには変わらない。
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