葉隠的・バログン騒動総括【アメリカvsベルギー】
一、 権威を以て勝負を覆すは、卑怯の極み
武士の戦いとは、たとえ不条理な審判の刃を受けようとも、潔く受け入れ、その後の戦いで雪辱を果たすことにある。
一発レッドという厳しき裁きに対し、時の権力者が「政治の力」を以て覆そうとしたは、まさに武士道の廃れである。
たとえ自国開催の重圧があろうとも、王者が王道を踏み外せば、その勝利に価値はなし。
戦いの場に政治を呼び込んだ時点で、アメリカという国の誇りは地に落ちたと言わざるを得ない。
二、 猶予を得て戦うは、武勇に非ず
FIFAが適用した「第27条」なる執行猶予の措置、これを以てバログンをピッチに立たせたことは、戦いに対する冒涜である。
武士たる者、己の非を認め、次代の者へ想いを託して散るのが本懐。
政治的な操作によって得た「出場」は、戦士としての魂を自ら切り刻むに等しい。
バログン自身、その出場にどのような思いを抱いたか。
世論や上からの圧力に押されて戦う者は、戦場において決して研ぎ澄まされた刃とはなり得ぬ。
三、 敗北こそが、真実を語る
ベルギーとの戦いで喫した「1対4」という無惨な敗北は、天の理である。
政治力や法的な異議申し立てで判定を歪めようとも、ピッチ上の真実は決して隠せぬ。
敗れた後、ポチェッティーノ監督が「大人の姿勢に失望した」と語ったのは、唯一の武士の良心といえよう。
勝負の世界において、最も忌むべきは「言い訳」と「姑息な打算」である。
開催国の威信を懸けたはずの戦いが、醜聞によって汚され、結局は力及ばず散る。
これこそ、道を外れた者に訪れる必然の結末である。
四、 結び:武士道の原点に帰れ
スポーツとは、肉体と精神の極限を懸けた、純粋なる真剣勝負である。
そこに政治という名の毒を流し込むことは、観る者の心から感動を奪い、競技そのものの価値を貶めることとなる。
今大会の教訓を血肉とするならば、次代の戦士たちは、たとえどんなに無慈悲な判定を下されようとも、それに沈黙し、自身の足で道を切り拓く気概を持つことだ。
武士道とは、勝敗の結果に非ず。
その振る舞いの潔さ、これに見つけたり。
汚名を着て勝利を拾うより、潔く敗れ去りて名誉を守る。
これこそが、真の武士の生き方と心得るべし。
