明治時代の「学問のすすめ」から令和の時代、いったい何を学ぶ?🤔
こんばんは 五月美です
あの有名な
福沢諭吉の「学問のすすめ」、冒頭に
「天は人の上に人を造らず人の下に人を造らず」
とある
その後、うんたらかんたらと続くけど、結構勘違いされやすいのが「勉強して偉くなりなさい」っていう最も道徳的な話じゃなく、実際はもっと泥臭く、超ロジカルで、ちょっと口の悪いエッセイに思える😅
だってぇ~
「天は平等のスタートラインをくれたのに、現実には金持ちと貧乏人、賢い人と愚かな人の差がめちゃくちゃあるのはなんでだと思う?」っていう強烈な問いかけから始まるし
諭吉のその答えはシンプルで残酷よ!
「やるか、やらないか(学んだか、学ばなかったか)それだけの差」
ただ、現代人にとって
天は平等のスタートラインをくれたかと言われれば、いやいや今の時代では全く通用しないと思ってる
生まれ持っての格差は案外デカいよ💦
だから
諭吉を盲目に崇めるわけにもいかないし、彼が生きた明治の混乱期に「これからは平等の時代だ!」という理想(建前)をぶち上げたわけだけど、現実は・・って感じよね
でも、学びは理想でも建て前でもない
諭吉の言ってる学びって「実学」と言って、今でも通用するメチャクチャ現場主義であって、別に難しい漢文を暗記するとか、高尚な論文を書くことじゃなく、まさに
「役に立たない高尚な学問に浸って偉そうにするなってぇ~、ただ自立して目の前の生活に活気や潤いを与える為に知恵をつけろ!」
てなことなんだと思う😓
まぁまぁ、確かに・・・
そして
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