変わった私も、変われなかった私も。
ここ最近は以前と比べて、
自分のものの見方がずいぶん変わったなと思います。
同じ出来事が起きても、以前ほど自分を責めなくなったり。
人の反応を必要以上に気にしなくなったり。
「私はどうしたい?」と、
自分に問いかけられるようになったり。
以前より、生きることがずいぶん楽になりました。
だから、変われたことは素直にうれしい。
「ここまで来たんだな」
「私、変わったな」
そんなふうに思えることも増えました。
でも最近、
その先でもうひとつ大切なことがあるように思います。
それは、変わらなかった自分も肯定することです。
変わった今から、昔の自分を否定しない
自分の考え方や生き方が変わると、
過去の自分がよく見えるようになります。
「どうして、あんなに人の顔色を気にしていたんだろう」
「もっと自分の気持ちを大切にすればよかった」
「もっと早く、このことを知っていれば」
今の自分なら、
違う選択ができたかもしれません。
でも、そこで昔の自分を
「ダメだった」
「間違っていた」
と否定してしまったら、
結局また自分を否定することになるんですよね。
自己否定から抜け出したはずなのに、
今度は「変われなかった過去の私」を否定してしまう。
どうしても過去の自分を肯定できずに、
否定していたのです。
そんな状態の自分は、
やっぱり自分じゃなくなってしまう気がするのです。
あの頃には、あの頃の精いっぱいがあった
今ならわかることも、あの頃にはわからなかった。
今なら選べることも、あの頃には怖くて選べなかった。
それでも
そのときそのときで何とかやってきた。
人に合わせることで自分を守っていたのかもしれないし、
頑張ることで居場所をつくろうとしていたのかもしれない。
自分を責めることで、
次は失敗しないようにしようとしていたのかもしれません。
今から見れば不器用に見える方法でも、
あの頃の私には必要だったのだと思います。
だから過去の自分にかけたい言葉は、
「もっとこうすればよかったのに」ではなく、
「あのときの私も、よく頑張りました」
なのだと思います。
「もっと早く知っていれば」ではなく
それでも、思うことはあります。
もっと早く自分を大切にすることを知っていたら。
もっと早く、自分を信じるということを知っていたら。
もっと楽に生きられた時期もあったのかな、と。
でも、それも今だから言えることです。
あの時間があったから気づけたこともある。
迷ったことも、傷ついたことも、遠回りしたことも、
今の自分から振り返るからこそ意味が見えてくる。
だから最近は、
「もっと早く知っていればよかった」よりも、
「今、知ることができてよかった」
と思いたいのです。
知ったのが今日なら、今日から選び直せばいい。
それで十分なのかもしれません。
もし、死ぬ間際に分かっても
動けないしどうしようもないのです。
今までの自分も連れて、この先へ
以前の私は、
自分のことを否定することがたくさんありました。
そこから少しずつ、
自分の気持ちを見るようになって、
自分で選ぶことを覚えて、
自分を信じられるようになってきました。
その変化は、やっぱりうれしい。
でも今は、
変わった部分だけを「いい私」にしたくないと思っています。
変われなかった時期も、
迷っていた私も、人に合わせていた私も、全部私です。
今までの自分を置いて、
新しい自分になるのではなくて、
今までの自分も連れて、この先へ行く。
そんな変わり方が、私は好きです。
見方が変わるというのは、
過去を間違いにすることではない。
過去の自分にも、今までとは違う優しい見方
ができるようになることなのかもしれません。
変わった私には、
「うれしいね。ここまで来たね」
そして、変われなかった私には、
「それでも、あのときもよく頑張っていたね」
どちらにも、ちゃんと丸をつけてあげたいと思います。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
あなたにも、
「もっと早く知っていれば」と思うことはありますか?
もしあったら、あの頃の自分に一度だけ、
「それでも、よく頑張っていたね」
ください。
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