過去の教訓を未来に生かす歴史観① 日露戦争の勝利と第二次大戦の敗戦がもたらしたもの
30年前、日本がまだ世界第2位の経済力を持っていた頃に説かれていました。
ここでは戦後50年にあたり先の戦争について考えみたいと思いますと語られています。
すでに30年経たいま、日本はよい方向に変わっと言えるのでしょうか。
繁栄への道では、日本の来た道とアジアにおける日本、世界の中における日本のあるべき姿、目指すべき姿を霊的な側面から語られています。
奇跡の法第二章に収められています。
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私の考えは、あくまでもあ「霊的な面から観て、あの世から観て、どうだったのか。どうすべきだったのか」ということであって、左翼系統の歴史家の言うことととも違うし、右翼系統の学者が言うことととも、やや違うかもしれません。
仏や神においては左翼も、右翼もないのであり、いろいろ分類されることもあるかと思いますが、私の立場は、この世の人間のイデオロギーのどちらかに偏ったものではありません。
先の戦争を考えるにあたっては、「明治以降の日本の歴史は暗黒であり、犯罪と侵略の歴史であったのかどうか」という問題が関係すると思います。
1853年、ペリーが4隻の黒船を率いて浦賀沖に現れ、日本に開国を迫りました。……………
ペリー大砲で脅されて開国した日本は、諸外国とも不平等条約を結ぶ羽目になりました。その不平等条約を平等なもの、互恵的なものに変えるために、明治以降の日本人は努力してきたのです。
当時、清国はアヘン戦争に敗れ、ヨーロッパ列島の植民地と化しつつありました。………………
明治の日本人は「このままだと日本も占領されるだろう」と非常に焦り、富国強兵、殖産興業に励みました。その努力自体は、どう見ても、間違ったものであるとは思えません。よく努力したのではいないかと思います。
日清戦争に勝った日本は、清国から割譲された台湾を植民地化しましたが、このあたりに後の悲劇の種があったと思います。
日清戦争後の1898年、アメリカはハワイを併合し、またスペインとの米西戦争に勝って、フィリピンやグアム島などを植民地にしました。
実は、アメリカによるフィリピンの植民地化が、のちの日米戦争を必然化するものだったと私は推定しています。
台湾とフィリピンとのあいだは、当時、蒸気船だと一日で行ける距離でしたそのため、アメリカはフィリピンの権益を日本に奪われる恐れを感じ、日本を仮想敵国として認識し始めたのです。
先の日米の戦争について、右翼系の学者は、「日本の完全な自衛戦争だった」と言っていますが、そう言いきれるかどうかは少し疑問です。歴史の大きな流れから見ると、「日米の覇権戦争だった」というのが公平な見方ではないかと思います。
そして、日清戦争の10年後(1904~1905)が始まったのです。当時、ロシアは日本の10倍の国力と軍事力を持っていました。そういう国と戦えば普通は負けるでしょうから、「日本に勝ち目がある」と思っている人はほとんどいませんでした。それが世界の一般的見方であり、日本人自身も「たぶん負けるだろう」と思っていたのです。
そのときに、やや神がかり的ですが、坂本龍馬の霊が明治天皇の咬合の夢枕に立ち、「この戦いには勝てます。心配は要りません」と告げたことが記録に遺っています。………………
ところが、日本はロシアの拠点である旅順を落とし、東郷平八郎や名参謀·秋山真之などの努力によってパルチック艦隊を破り、奇跡的な逆転劇でロシアに勝ちました。ただ、実際には日本の国力はすでに底をついており、アメリカ人大統領セオドア·ルーズベルトが仲裁に入っくれて判定勝ちをしたようなものだったので、日本にはそれほど勝利感はありませんでした。
しかし、これが一つのきっかけとなり、欧米列強の植民地政策そのものがぐらつきはじめたのです。
………………
当時は、「白人は優秀な人種である」という白人優位説が強く、「有色人種が白人に支配されるのはしかたのないことだ」というような思想や、それを根拠にした植民地主義、帝国主義が世界中を覆っていたからです。
したがって、「日露戦争の日本の勝利が欧米列強の植民地政策をぐらつかせた」という考え方自体は、決して右翼的なものではありません。世界史的に見ても、「日露戦争は、欧米列強による植民地化の流れにおいて、大きなターニングポイントとなる歴史的事件だった」と言ってよいのです。
日露戦争で勝ったことは、朝鮮半島への日本の影響力を増大させました。当時の朝鮮半島は、独立国家の体裁を備えてはいても、実質的には申告の保護国でした。
ところが、保護するはずの清国自体が、19世紀末から欧米列強に食い荒らされているようなガタガタの状況で、政治的には非常に不安定でしたから、朝鮮半島も政治的に確固としたものではありませんでした。
したがって、日露戦争で日本がロシアに負けていたならば、その後の歴史はどのように展開したかを推定してみると、朝鮮半島はロシアの植民地になっていたと思います。これは99%確実です。そして、日本はロシアの属国地になっていたでしょう。
その結果、第二次大戦に相当するものはやはり起きたと思いますが、それはおそらく、朝鮮半島のロシア勢力をアメリカが駆逐できるかどうかという、ロシア勢力対アメリカの戦争であり、日本が戦場となったでしょう。
日本の植民地政策は、朝鮮の人たちには非常に評判が悪いのですが、………………
ただ、日露戦争でロシアが勝っていたならば、現在に至るまで、朝鮮半島全体が、今の北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)と同じような状態だったろうと推定できます。おそらく、第二次大戦後の韓国(大韓民国)の繁栄はなかったと思います。
【先の戦争をどう見るか】
日本には、中国や朝鮮半島の人たちに対して謝罪感情を持っている国民も多くいます。また「あの戦争では、日本人だけでも300万人が亡くなり、アジア全域では2000万人近い人が死んでいる。日本はとうてい許されるものだはない」という考えに同調して、関係諸国に謝り、日本に罪悪感を植えつけている勢力もあります。
これが全部間違っているかといえば、そうとは思えない面もあります確かにそうだという面もあるのです。
先の戦争のうち、中国関連のものについては、侵略的な面があったと認めざるをえないのだはないかと私は思います。中国の内陸へ侵攻したあたりには、侵略的な面がかなりあると思います。
それから、太平洋関連の戦争については、これを日本の自衛戦と言いきることには少し問題があります。
前述したようにこれが日米の覇権戦争であったことは間違いありません。同盟でもしないかぎり、日米がぶつかるのはほぼ確実だったと言ってよいでしょう。………………
次に、霊的な目で観て「先の戦争は悪魔が指導していたのかどうか」という点をチェックする必要があると思います。これが分かるのは、いま地上では私しかいません。
霊的な目で観るかぎり、日本神道の神々の7、8割くらいは先の戦争に賛成していました。
当時の日本は、「大東亜共栄圏」や「八紘一宇」など、さまざまなことを言っていましたが、その思想自体は日本の民族神からストレートにでていたものであり、地上にいる人たちはソレを受け取っていたのです。これは間違いありません。
したがって、日本神道の神々にも、当然、先の戦争に関する責任があるのです。その結果、にほんが満州や朝鮮に建てた神社は、第二次大戦後、焼き払われてしまいました。
指導している国が戦争で負けた場合、当然、その国の神々は責任を問われ、格が落ちます。なぜなら、人々の信仰心が薄れるからです。
ただ、日本の神々は、明治維新で神道にもとづいた王政復古に成功し、日清戦争と日露戦争に勝ち、第一次世界大戦にも勝っているので、四つほど勝ち点があります。まだ4勝1敗なのでゼロにはなっていないのです。
そのかわり、当然ながら、日本人の心には非常に深い傷が残りました。これが、前後の日本人に意識調査して、「あなたは信仰を持っていますか」「あなたの宗教は何ですか」という質問をすると「無宗教です」という答えが数多く返ってくる理由です。
この無宗教論と戦わなければいけません。これは日本の国家神道が背負っている負の遺産なのです。
