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🇹🇭タイ長期滞在「時間だけが余っていく生活」が、こんなに人を不安にさせるとは思わなかった。

時間が増えたら、
もっと楽になれると思っていました。

かつての忙しさに追われていた自分なら、
今の私を
「最高の贅沢だ」と羨むでしょう。

でも、現実は少し違いました。

「何もしなくていい」という贅沢が、牙を剥くとき


全く何もすることがない日がある。

何もしたくない日に、
何もしないで良い自由がある。

それ自体は理想だったはずなのに、
いざその渦中に身を置いてみると、
心のどこかがざわつき、

言いようのない不安が、
這い上がってくるのです。

何か違うと。

バンコクの路地


日本にいた頃、時間はいつも
「足りないもの」だった


以前の生活では、
1日が過ぎるのが
あまりに早すぎました。

常に時計を気にし、
分刻みのスケジュールをこなす日々。

時計が上司かと思うこともあった。

予定を忘れないよう
必ずカレンダーに入力したし、

タスクが完了しないまま、
「終わらなかった」という焦燥感と共に
憂鬱な気分のまま、泥のように眠る。

あの頃の私にとって、
時間は「追いかけるもの」でした。

充実感なんて言葉はこの世のものとは
思えなかった。

楽になったはずなのに、心が落ち着かない理由


今は、何かに追われることはありません。

けれど、ふとした瞬間に、

「まだ何かできるはずだ」
「少しでも社会に貢献できることが
あるのでは」

という焦りが顔を出します。

時間があり過ぎるせいで、
やるべきことを先に延ばしてしまい、

結果として一日中、
「何かに取り掛からなければ」という
プレッシャーだけが
居座り続ける。

「誰かのためになりたい」という
現役時代の残像が、
今も消えないのかもしれません。

時間が「味方」から「重さ」に変わる瞬間


かつて重要視していた
「納期管理」や「効率」。

それらを手放した今、
時間の経つスピードが、
驚くほどゆっくりに感じることがあります。
遅いと思うこともしばしば。

考えなくてもいいつまらないこと、
些細な悩みや、出口のない後悔。

暇を持て余した脳は、
放っておくと勝手に
「不安の種」を探し始めてしまうようです。

優秀なのか?心配性なのか?

時間は、使い道がないと重石になる。


老後なのか、環境なのか。まだ答えは出ない


ストレスのない生活を求めて、
日本ではなくタイを選びました。

この「持て余す時間」との戦いは
異国の地でスタート。

語学学習やブログも
始めてはみましたが、

皮肉なことに、
「いつでもできる」という環境は、
かえって作業を進まなくさせます。
特に語学学習は顕著です。

いずれ、社会との関わりが
もっと薄くなる時が来るでしょう。

今はその「静かな生活」に慣れるための、
長い準備期間なのだと
自分に言い聞かせています。

揺れながら、タイの空の下で生きていく


現状に大きな不満が
あるわけではありません。

それでも、

「まだ何かできる」という欲求と、

「何もしない平穏」を
求める気持ちの狭間で、
揺れ動いています。

何がベターで、
何がベストなのか。

今はまだ、
はっきりとした答えは出ていません。

けれど、
この「不安」さえも
今の自分の一部として、

少しずつ受け入れていければと
思っています。

毎日、緑の友達(Changビール)や
赤の相棒(Leoビール)とともに。

コンドミニアムの屋上からの朝日


⸻ ⸻⸻

【追記】

もし、同じような
「時間の重み」を感じたことがあるなら、

ぜひ「スキ」で教えてください。

明日からの時間が、
少し軽くなる気がします。


ワット・アルンの夕暮れとともに






























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