育児エッセイ|舌足らずな犯行声明
2年前、わが家には泥棒がいた。
その泥棒は、僕にそっくりな顔をした小さな女の子だった。おしゃべりな彼女は、覚えたての言葉で「パパ、パパ」と僕の後を付いてまわった。
彼女の口癖は「あしょぼ~」だった。その舌足らずな誘いに、僕はのらない訳にはいかなかった。そうやって彼女は、僕から『退屈』を盗んでいった。
僕が相手をしないと、彼女はほっぺたを膨らませて怒り出した。そうして僕の『自由な時間』も一緒に盗んでいくのだった。
あの手の怪盗は「可愛い」という絶対的な武器を持っている。この手口に抗えるものは、わが家には一人もいない。
しだいに彼女は好奇心という名の盗み癖に拍車をかけ、家の中のあらゆる引き出しを開けては、中のものを次々と持ち出すようになった。
ガラスのコップ。車のカギ。油性マジック。マイナンバーカード。盗めるものは何でも盗む。筋金入りの怪盗だ。
「ちょっと、それはやばいって」
慌てて取り上げようとすると、彼女は「わたしの!」とばかりに目を丸くする。
ちょっと目を離したすきにカッターを振り回していたこともあり、そのときばかりは本当に肝がつぶれるかと思った。怪盗というよりは、ただの予測不能な爆弾だった。
そんなある日、僕がリビングで横になっていると、彼女が急に叫びだした。
「MAX!MAX!」
「何がマックスなの?」そう僕が聞き返しても、彼女は「MAX!MAX!」と言うばかり。機嫌のいい時は大抵ろくなことにならない。
そして、トコトコ歩き出し、おもむろに引き出しの薬箱を開けだした。
「MAX!MAX~!」
そう言って、彼女が盗み出したのは『マスク』だった。手に入れたマスクを顔に当てて「マックス~」と得意げに笑っている。
音の響きだけで世界を勘違いしているその強引さに、僕は苦笑いを漏らしながらも、すっかりハートを奪われてしまった。
😷
あれから2年が経ち、成長した娘は、盗みから足を洗うようになった。
思い返しても、あの頃のドタバタはしんどかった。でも、可愛さはまさにMAXだったと思う。更生してしまったのが、少しだけ寂しくもある。
また僕の心を盗みに来てくれないかなあ。ーーたまにでいいんだけどね。
