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気候颚土から考える日本人の囜民性歎史のさらに䞋にあるもの

日本人の囜民性は䜕によっお圢䜜られおきたのか。

この問いに察しおは、これたで倚くの堎合、歎史思想や瀟䌚制床の面から説明がなされおきた。たずえば、聖埳倪子の「和をもっお貎しずなす」に始たり、倪平掋戊争末期の「䞀億玉砕」に至るたで、日本瀟䌚には䞀貫しお、個より集団、自由より秩序、察立より同調を重んじる傟向が芋お取れる。こうした流れをたどれば、日本人の囜民性は歎史の積み重ねによっお圢成されたず理解するこずは十分可胜である。

しかし私は、そのさらに䞋に、もっず根源的な芁因があるのではないかず考えおいる。それは、日本の独特な気候颚土である。なかでも象城的なのが、「梅雚の存圚」ず「激甚灜害の倚さ」だ。日本人の深局心理は、䜕千幎にもわたり、この二぀に適応する圢で鍛えられおきたのではないか。蚀い換えれば、日本人の囜民性ずは、単なる思想や制床の産物ではなく、日本独自の気候颚土に最適化された集団心理の結果でもある、ずいうのが私の仮説である。


梅雚が育おた「曖昧さぞの耐性」

たず梅雚である。

東アゞアの梅雚は、䞖界的に芋おもかなり特殊な気象珟象である。単に雚が倚いずいうだけではなく、䞀か月以䞊にわたり、湿気を垯びた前線が停滞し、しずしずず、時に倧雚が降り続く。この長く䞍快な季節は、日本人の生掻感芚に匷い圱響を䞎えたはずである。家の䞭は湿り、食べ物は傷みやすく、掗濯物は也かず、気分も晎れない。しかもそれは䞀床きりではなく、毎幎確実にやっお来る。こうした環境の䞭で人は、物事を䞀気に解決するよりも、しばらく耐え、やり過ごし、空気の倉化を埅぀感芚を身に぀けやすい。

このこずは、人間関係にも圱響したのではないか。日本瀟䌚にはしばしば、曖昧さを奜み、癜黒をはっきり぀けず、盎接ぶ぀かるこずを避け、空気を読み合う傟向があるず蚀われる。悪い衚珟をすれば、「陰湿でゞメゞメしたり゚ットな人間関係」である。もちろん、これをすべお梅雚のせいにするのは乱暎である。しかし、長いあいだ湿最ず停滞にさらされる環境が、人々の感情衚珟や察人䜜法に「也いた盎線性」ではなく、「湿った含み」を䞎えたず考えるこずは十分に可胜だろう。

䟋えば南カリフォルニアのように、䞀幎を通じお也いた晎倩が続く地域で、人々がドラむで明るい気質を垯びやすいずすれば、その逆の条件にある日本で、り゚ットで含みの倚い瀟䌚性が育ちやすいずしおも䞍思議ではない。芁するに、日本瀟䌚の「察しろ」「空気を読め」ずいう面倒臭い察人䜜法の背景には、毎幎繰り返される梅雚ずいう、長く湿った停滞の季節があるのではないか、ずいうこずである。

激甚灜害が育おた「共同䜓優先」

次に激甚灜害である。

日本列島は、地震、接波、台颚、豪雚、土砂灜害、火山噎火ずいった自然灜害の倚発地垯である。これほど倚くの自然灜害に日垞的に芋舞われる囜は、実は䞖界の䞭でも日本がかなり特異な存圚なのである。しかもそれらは、数癟幎に䞀床の特殊事象ではなく、日垞の延長にある脅嚁ずしお、繰り返し人々の呜を奪っおきた。

こうした環境では、個人が勝手気たたに振る舞うよりも、共同䜓の秩序を維持し、非垞時には䞀斉に協調しお動くこずが生存に有利になる。隣近所ず無甚な摩擊を起こさないこず、日頃から共同䜓の䞀員ずしお認められおいるこず、非垞時には私情を抑えお助け合うこず。こうした行動様匏は、灜害列島日本で生き延びるうえで合理的だったはずである。

さらには、こうした環境の䞭で、共同䜓的な行動様匏を持぀集団の方が結果ずしお生存に有利だった可胜性もある。逆に蚀えば、「自分だけは自由にやる」「呚囲ず歩調を合わせない」「共同䜓ず距離を眮く」ずいった性質は、この灜害列島では長期的に䞍利だったのかもしれない。そうした積み重ねが、長い時間を経お日本人の気質を圢づくっおいったず考えるこずもできるだろう。

ここから、日本人に特有の「和を乱さない」「空気に埓う」「我慢する」「個を抑えお集団に合わせる」ずいった気質が、単なる道埳ではなく、生存ぞの適応ずしお圢成された可胜性が芋えおくる。芁は、日本人の気質は、灜害時の避難所のような環境で最もよく機胜するよう、長い時間をかけお圢づくられおきたのではないかずいうこずである。しかしながら平時にそれが息苊しさや同調圧力ずしお珟れるのは、ある意味圓然である。灜害察応に最適化された気質を、平時の自由瀟䌚に持ち蟌めば、息苊しい監芖瀟䌚になるからだ。

これに加え、灜害時には、平時の煩雑な手続や合意圢成を超えお、瞬時の意思決定が求められる。皆の意芋を䞁寧に議論し、党員の玍埗を埅っおいおは手遅れになる局面も少なくない。そうした環境では、各自が異なる考えを出し合うよりも、暩力者や知恵者の号什に埓っお䞀斉に動く方が、結果ずしお生存に有利だった可胜性がある。

この長い反埩の䞭で、日本人は、衚向きにはルヌルを重んじながらも、いざずなればそれらを飛び越えお「偉い人の呜什」に埓うこずを是ずする気質を身に぀けおいったのではないかず私は考えおいる。぀たり、法や手続きを尊重しおいるように振る舞いながら、内心では「所詮は建前にすぎない」ず芋なしおいるのである。この二重構造こそ、日本瀟䌚が平時にもなお、ルヌルを軜んじ、空気ず号什で動きがちな理由の䞀぀ではないか。

もちろん、これは単玔な気候決定論ではなく、颚土が歎史制床や生掻様匏を通じお長期的に䜜甚した結果ずしお理解すべきだろう。

歎史思想もたた、颚土ぞの適応の䞊に成り立぀

この芖点に立぀ず、日本史のさたざたな理念や制床も違っお芋えおくる。

聖埳倪子の「和をもっお貎しずなす」も、単なる理想䞻矩ではなく、共同䜓維持の知恵ずしお理解できる。坂東歊士の「実より名」も、面目ず秩序を守る自己拘束の論理ずしお読める。江戞時代の「儒教道埳」も、密集した共同䜓における摩擊回避の知恵であった。明治時代の「富囜匷兵」も、倖圧ず危機に察する集団的動員の思想であり、倪平掋戊争での「特攻隊」や「䞀億玉砕」はその極端な䞀䟋にすぎない。

衚面的な理念や制床は時代ごずに異なっおも、その深局には、梅雚ず灜害に適応する日本人特有の集団心理が流れおいるように思える。぀たり日本人は、長い時間をかけお、「梅雚には耐え、灜害時には埓う」ように心理的に調教されおきたのではないか。

曖昧さに耐えるこず、空気を読むこず、集団から逞脱しないこず、いざずいう時には秩序を優先するこず。こうした性質は、しばしば日本瀟䌚の矎埳ずしお語られる䞀方で、同調圧力、過剰な忖床、自由の抑圧、責任の曖昧化ずいった匊害も生んでいる。しかしそれらは、単に近代日本の倱敗ではなく、もっず長い颚土的適応の延長線䞊にあるのではないか。

そしおその気質の痕跡は、オむルショック時のトむレットペヌパヌの買い占めや、コロナ犍でのマスク譊察など、その郜床圢を倉えながら珟代瀟䌚にも姿を珟しおいる。それは、町内の自治䌚や小䞭孊校でのPTAずいった、日本独自の『集団維持システム』ずしお定着しおいる。芁するに、日本人は什和になっおもなお、灜害時の避難所マむンドで平時の瀟䌚を運営しおいるのである。

日本人の深局心理を考える芖点ずしお

もちろん、気候颚土が囜民性のすべおを決定するずは蚀わない。日本人の瀟䌚心理は、島囜性、皲䜜蟲業、歎史制床、宗教芳、倖圧ずの関係など、倚くの芁因が重なっお圢成されおきた。

それでもなお、梅雚ず激甚灜害ずいう二぀の芁玠が、日本人の深局心理に倧きく刻たれおいるこずは吊定し難いように思う。少なくずも、日本人の囜民性を考える際、思想や制床だけを芋おいおは䞍十分であり、その深局にある気候颚土、ずりわけ梅雚ず灜害ぞの長期適応ずいう芖点を入れなければ、本質には迫れないのではないか。

むしろ日本瀟䌚の倚くの病理、すなわち、空気支配、同調圧力、責任逃れ、過剰な集団䞻矩、監芖し合う共同䜓感芚ずいったものは、歎史や制床の倱敗である以前に、梅雚ず灜害に最適化された囜民性の副䜜甚ずしお理解した方が、よほど腑に萜ちる。

おわりに灜害に最適化され、平時には息苊しい日本

日本人の囜民性ずは、歎史思想の積み重ねであるず同時に、気候颚土ぞの最適化の結果でもあるず、私は考えおいる。もしこの仮説が正しいずすれば、日本瀟䌚の問題を理解するためにも、たた今埌この囜がどう倉わるべきかを考えるためにも、たずは日本人自身が、自らの深局心理の底に、日本特有の気候颚土がどれほど深く刻み蟌たれおいるかを盎芖する必芁がある。それは䞖界䞭の他の囜や地域の䞭でもかなり異質なものなのである。

蚀い換えれば、日本人は、自らの意思でこうなったのではない。長い梅雚に耐え、灜害のたびに助け合い、共同䜓に埋め蟌たれお生き延びるこずを繰り返すうちに、そういう囜民になっおしたったのである。そしお厄介なのは、その気質が灜害時には矎埳ずしお機胜する䞀方で、平時にはこの囜を息苊しく、陰湿で、倉化に匱い瀟䌚ぞず倉えおしたうこずだ。

改めお匷調するが、このような気質は、日本瀟䌚にかなり匷く芋られるものであり、欧米瀟䌚で前提ずされる䟡倀芳ずは倧きく異なる偎面を持っおいる。島囜の内での最適解ずしおは合理的であっおも、そのたた囜境を越えたビゞネスや政治倖亀の堎に持ち蟌めば、かえっおマむナスに働くこずも倚い。空気を読み合うこず、曖昧さを残すこず、号什に埓うこず、建前ず本音を䜿い分けるこずは、この島囜の内では通甚しおも、囜際瀟䌚では䞍透明さ、優柔䞍断さ、あるいはルヌル軜芖ずしお受け取られかねない。この珟実を、日本人はもっず冷静に受け止めるべきである。

日本瀟䌚の改革が進たない理由も、制床蚭蚈の拙さだけではない。もっず深いずころで、日本人そのものが、日本特有の気候颚土に適応した粟神構造を手攟せずにいるのである。この点を盎芖しない限り、この囜はい぀たでも、秩序はあるが自由が乏しく、協調はあるが息苊しく、灜害には匷いが平時には生きづらい、そんな瀟䌚のたたであり続けるだろう。

いいなず思ったら応揎しよう