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なぜ、道しるべをはじめようと思ったのか?

僕はこれまで、ロングトレイルを9,000km以上歩いてきました。

日常から離れて、ただ歩いて、寝て、食べる。

そんな時間を何百日も繰り返していると、自分にとって「必要なもの」と「なくてもいいもの」が、少しずつ、分かれて見えてきます。

2023年 モンタナ州からニューメキシコ州を歩いたときの道具一式

それは、道具だけではありませんでした。

考え方も、感情も、人との関わり方も、過去の自分に縛られていた選択も、同じでした。

「こうあるべき」と思い込んでいた価値観を手放したり、背負い続けていたものに気づいたり、自分が本当は何を大切にしたいのかを問い直したり。

歩くことは、僕にとって、自分自身と向き合う時間でした。

歩きながら、自分の思考の癖に気づく。
何度も自問自答を繰り返す。
必要なものと、そうではないものを見極めていく。

ひたすらに続くアップダウン

その積み重ねの中で、少しずつ、自分自身の本音を理解し、それを価値基準として判断できるようになっていきました。

もともと僕は、おせっかいな性格なところもあります。

相談を受けることも多く、気づけばいつも、その人の話を真剣に聞いていました。

ある日、友人から、

「この先どうしたらいいか、わからない」

と相談を受けました。

その時にふと、僕がロングトレイルの中で実践してきた、自分自身への問いかけや、習慣の見直し、思考の整理は、日常の中でも役に立つのかもしれないと思いました。

そこで、その友人に向けて、3ヶ月間の伴走を提案してみました。

僕が何か正解を渡すのではなく、彼自身が自分の状態に気づき、自分の言葉で考え、自分の選択を取り戻していくための時間です。

最初の頃、彼はどこか元気がなく、話す言葉にも不安や戸惑いがにじんでいました。

けれど、ワークにしっかり取り組み、少しずつ習慣を整え、2週ごとの対話を積み重ねていくうちに、表情も、言葉遣いも、姿勢も変わっていきました。

峠を越えて見えた山の上にある美しい湖

大きな答えが突然見つかったというよりも、日々の中で、自分に戻ってこられる感覚を少しずつ取り戻していったように見えました。

「この時間がなかったら、迷ったままだったと思う」

そんなふうに言ってもらえたとき、僕の中で「道しるべ」は、ひとつのかたちになりました。

社会に戻ると、僕たちはあらゆる声に囲まれています。

情報も、期待も、役割も、正しさも、やるべきことも、次から次へと入ってくる。

その中で、自分の気持ちは簡単に曖昧になります。

本当はどうしたいのか。
何に疲れているのか。
何にエネルギーが湧くのか。
どんな状態なら、自分の力を発揮できるのか。

そういう自分の声を聞く時間は、意識しないと、どんどん日常の中から失われていきます。

だからこそ、日常の中で「自分の声を聞く力」を育てていく時間が、今、ますます必要になっているのではないかと思っています。

もちろん、自分ひとりで取り組める人もいます。

でも、迷ったとき。
視点を変えたいとき。
心がくじけそうなとき。
自分では同じところをぐるぐる回ってしまうとき。

隣に問いかけてくれる誰かがいることで、自分の内側への観察は続けやすくなります。

コロラド州を一緒に歩くバディ

道しるべは、何か大きな答えを急いで出すための時間ではありません。

自分と向き合う時間をつくること。
自分自身を深く知ること。
自分を理解する習慣を身につけること。

その積み重ねによって、仕事でも、家族との関係でも、自分が取り組んでいる活動でも、あらゆる場面でのパフォーマンスを少しずつ最大化させていく。

僕は、そのための伴走者として、必要としてくれる誰かの力になりたいと思いました。

そんな想いで、「道しるべ」という活動を始めました。

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