芋出し画像

聞くこずは、埅぀こずから始たる

先日、䞭房枩泉近くにある穂高逊生園にお開催された西村䜳哲さんの4泊5日のむンタビュヌワヌクショップに参加しおきたした。

滞圚期間䞭に出かけた朝ランのずきに芋えた山間の景色

僕にずっお今回の参加は、「䜕か倧きなこずを孊びに行った」ずいうよりも、今の自分にずっお必芁な問いを持っお、その堎に身を眮きに行った感芚に近いです。

今、僕は「道しるべ」ずいう、自分ず向き合う習慣を぀くるためのプログラムを行っおいたす。

その䞭で、぀くり手受講者の方ず話すこず、聞くこず、問いを投げるこずは、ずおも倧切な時間です。

どこたで螏み蟌むのか。
どのタむミングで問いを枡すのか。
盞手のペヌスをどのように感じ取るのか。
関係性が少し深たったずきに、もう䞀歩䞀緒に進んでみるのか。

そういったこずを、日々、自分の感芚で掚し量りながら、぀くり手の方たちず向き合っおいたす。

だからこそ、自分自身も「聞く」「話す」ずいうこずを、䞀床ちゃんず芋぀めたいず思っおいたした。

å·Š JK 右 西村さん

西村さんずは、前職の山ず道にいた頃から、関わっおいただく機䌚があり、そこで知り合いたした。

そのずきから、西村さんの堎の぀くり方や、人ずの向き合い方には、蚀葉のセンス、その堎にいおくださる倧きな安心感など、個人的にも倧きな尊敬がありたした。

今回、むンタビュヌワヌクショップに参加したのも、その尊敬があったからです。

このワヌクショップは、最初から「こういう成果が埗られたす」ず玄束されおいる堎ではありたせんでした。

本来、結果ずしお起きるはずのこずを、先に目的化しお玄束しおしたうこずがある。
けれど、この堎ではそうではなく、聞くこず、話すこずの䞭で䜕が起こるのかを、参加者それぞれが䜓隓し、蚀葉にしおいく。

そんな実隓的で、少し冒険のような堎でした。

今回集たったのは7名。

そこに集たった人たちによっお、䜕が起こるのかは、きっず西村さん自身にも完党にはわからない。

ただ、西村さんが䌝えるこず、甚意されおいる時間の流れはある。

その䞭に身を眮きながら、自分の䞭で䜕が起こるのかを受け取り、あずから少しず぀消化しおいく。

そんな時間だったように思いたす。

印象的だったのは、たず「ワヌクショップ」ず「ファクトリヌ」の違いに぀いおの話でした。

ノヌトをずるJK

工房ず工堎。

同じように䜕かを生み出す堎であっおも、そこには違いがある。
蚀葉の源流を蟿るようにしお、堎の意味を芋぀めるずころから始たっおいきたした。

そこから、聞くこず、話すこずの䞭で、人が぀いやっおしたうこずにも觊れおいきたした。

たずえば、暪取りしおしたうこず。
吊定しおしたうこず。
解決しおしたうこず。

盞手が求めおいないにもかかわらず、アドバむスをしおしたう。
ただ聞いおほしいだけなのに、「こうした方がいいんじゃない」ず解決策を提瀺しおしたう。

これは、僕自身もよくやっおいたず思いたす。

特に「解決」は、かなり反射的にやっおしたっおいた気がしたす。

家族ずの䌚話でも、劻ずの䌚話でも、本圓はただ聞いおほしいだけだったかもしれないのに、僕は぀い、解決案を出しおしたうこずがありたした。

今の瀟䌚の䞭で生きおいるず、「解決筋」のようなものがどんどん発達しおいくず、西村さんはおっしゃっおいたした。

問題がある。
課題がある。
だったら、こうすればいい。
ああすればいい。

その反応速床が速くなるほど、盞手が今どこにいるのかを芋る前に、こちらの匕き出しから答えを出しおしたう。

でも、それは本圓に盞手のためなのか。

もしかするず、それは聞き手である自分の満足感を埋めおいるだけなのかもしれない。

盞手が今、どんな䜓隓をしお、どんな経隓の䞭にいお、どこに立っおいるのか。そこに目を向けるこず。

聞くずいうのは、盞手をこちらの答えに連れおくるこずではなく、盞手の䞭から䜕かが出おくる時間に、䞀緒にいるこずなのかもしれないず思いたした。

これは、道しるべをやっおいる自分にずっおも倧きな気づきでした。

もしかするず僕は、あらかじめ答えを持った聞き方をしおしたっおいたのかもしれたせん。

䜕かを聞かれたずきに、誘導的な質問をしおしたう。
盞手ず䞀緒に芋぀けるずいうより、自分が䜕かを䌝えなければいけないず思っおしたう。

でも、本圓はその堎で、その人ずの関係性の䞭から生たれおくるものがある。

もちろん、道しるべの䞭では、型にはたっおもらうこずも倧切です。
習慣を぀くるためには、ある皋床の型や反埩も必芁です。

だから、すべおをその堎任せにするずいうこずではありたせん。

型が必芁な時間ず、盞手の䞭から生たれおくるものを埅぀時間。
その䜿い分けが倧事なのだず思いたした。

3人で西村さんの話を「どう聞いた」ず聞き合う

もうひず぀印象に残っおいるのは、「埅぀」ずいうこずです。

ワヌクショップの䞭で、聞き手ず話し手の圹割を持っお、参加者同士で実践する時間がありたした。

その前に、西村さんが芋本を芋せおくださいたした。

そこで匷く感じたのは、人が自分の䞭から蚀葉を出そうずしおいるずき、その人は本圓にいろいろな蚀葉を出しながら、感觊を確かめおいるずいうこずです。

「なんか・・・こう・・・」の「なんかこう」

そういう蚀葉が続くずき、人はただ詰たっおいるのではなく、自分の䞭にある感芚の手觊りを探っおいるように聞こえるず西村さんは話す。

そのずきに、聞き手は぀い助け舟を出したくなりたす。

「それっお、こういう感じ」
「぀たり、こういうこず」
「こうしたらいいんじゃない」

でも、それは助けおいるようで、本人の本質的な助けにはなっおいないこずもある。

盞手が自分の䞭から蚀葉を芋぀けるたで、ちゃんず埅぀こず。

その瞬間に、䜕がその人の䞭で起きおいるのかを芋おいるこず。

そこに、聞くずいうこずの倧切なスタンスがあるのではないかず思いたした。

今の䞖の䞭は、ずおもむンスタントです。

早く答えを出す。
早く理解する。
早く解決する。

でも、人の䞭から本圓の蚀葉が出おくるには、時間がかかるこずがありたす。

盞手が自分の感芚を探っおいる時間を、急がせないこず。
味わうこず。
埅぀こず。

それは、これからの自分にずっお、ずおも倧切な孊びになりたした。

ここたで曞いおきたしたが、ワヌクショップの内容に぀いおは、これ以䞊现かく曞くこずは控えようず思いたす。

もし、これからむンタビュヌワヌクショップに参加したいず思う人がいたずきに、その人自身の䜓隓ずしお受け取っおほしいからです。

䌑憩䞭に日向がっこする西村さん

今回のワヌクショップに参加しお、僕自身が䜕か倧きく倉わったかずいうず、ただそれはわかりたせん。

僕は「倉わる」ずいう蚀葉を、道しるべの䞭でも安易には䜿わないようにしおいたす。

倉化は、その瞬間にわかるものずいうより、時間が経っお振り返ったずきに、ようやく気づくものだず思っおいるからです。

日々の積み重ねがあっお、あずから「あの時間が、自分の䞭で効いおいたんだ」ずわかる。

だから今は、「倉わった」ず蚀うよりも、「たくさん気づかせおもらえた」ず蚀う方がしっくりきたす。

そしお、こういう気づきは、幎霢に関係なく、その幎代、そのタむミングごずに受け取れるものがあるのだず思いたした。

今の自分だから気づけたこずがある。
きっず数幎埌に参加したら、たた違うこずに気づくのだず思いたす。

最埌のお土産を僕らに準備しおくれおいる西村さん

だから、たた定期的にむンタビュヌワヌクショップを受けたいず思っおいたす。

聞くこず。
話すこず。
埅぀こず。

道しるべを続けおいく䞊でも、そしお友人や劻のペむペむず向き合っおいく䞊でも、これから時間をかけお、自分の䞭で育おおいきたいテヌマです。

昌寝䞭の僕ず䌑憩䞭の劻のペむペむ

いいなず思ったら応揎しよう