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深夜商店街「ハッピーロード大山商店街」🌙なぜ大山に「大山」という名がついた? 旧川越街道を歩いて歴史を追う

今回は、前回の動画で歩いた板橋宿・平尾追分からその先の旧川越街道を大山方面へ歩きます。
中山道の板橋宿・平尾宿から分岐していた川越街道。

現在では国道17号や山手通り、東武東上線、などに分断され、一見すると「ここが昔の街道だった」とは分からない場所も多くあります。
しかし、古地図を重ねてみると。
平尾追分から四ツ又を抜け、山手通りを越えて遊座大山商店街へ。
その道は東武東上線の大山駅付近を通り、さらにハッピーロード大山へと続いていきます。

今回は、ただ道を歩くだけではなく、
・なぜ川越街道はここを通ったのか
・板橋宿と川越街道の関係
・大山という地名の由来
・相模国の大山阿夫利神社への「大山詣」と大山の町
・東武東上線がこの地域にもたらした変化
・江戸時代の川越街道と川越藩
・現在の国道254号ができるまで
・古地図に見える、現在は姿を変えた道
・大山から西へ延びる「大山道」の痕跡
などを追いながら歩いてみました。

川越街道は、単なる「東京と川越を結ぶ道」ではありません。
中世には江戸と河越を結ぶ交通路として利用され、江戸時代には川越藩と江戸を結ぶ重要な脇往還として整備されました。
さらにこの道は、川越へ向かう人だけでなく、さまざまな信仰や人の移動が交差する場所でもありました。

大山という地名についても、板橋区では「かつてこの地域にあった広い丘」を由来とする説と、相模国大山への「大山詣」と関係する説が紹介されています。

果たして、この二つはどこまで歴史的につながっているのでしょうか。
そして最後は、現在の大きな道路やマンション、商店街の姿を眺めながら、古地図に残された「かつての道」をもう一度追ってみます。

現代の東京の風景の中に、江戸時代の街道がどのように残っているのか。
ぜひ一緒に歩いてみてください。

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