【第6章】|個社だけの問題ではない ―揺らぐ世界、揺るがぬ意思サステナビリティマネジメント×系統的思考
第6章|個社だけの問題ではない
〜サプライチェーンマネジメント
規制の射程は、個社をも超える
これまでの章では、ESGやサステナビリティへの対応を「自社の問題」として論じてきた。しかし現実には、規制や社会的要請の射程はすでに個社の境界を超え、サプライチェーン全体に及んでいる。
ある部品を購買する場面を想定してみる。
機能も価格もデリバリーも同等の二つの製品があったとき、かつてならば、取引き実績やブランドの信頼性が決め手になっていた。
ところが今日の調達現場では、そこに新たな視点が加わっている。
「その製品は、どれだけ環境負荷の低減に貢献しているか」という問いである。
数値化されたパフォーマンスデータとして開示されているか、第三者機関の検証を経ているか、そうした客観的な根拠が求められている。
技術力があっても、コストメリットがあっても、それだけでは選ばれない時代が、すでに到来しつつある。
欧州発、グローバル展開する「基準」
この流れをけん引してきたのは、欧州である。
欧州は気候変動対策において世界でも最も厳格な規制体系を構築しており、企業活動における脱炭素化の要求は他地域に対してとても高水準である。
欧州の企業と取引関係にある場合、そのサプライヤーにも実質的に同水準の開示と取り組みが求められるようになっている。
第2章で触れた規制動向を振り返れば、CSRDをはじめとする欧州発の制度はすでにグローバルへの拡張展開を見せている。
日本においても、SSBJ(サステナビリティ基準委員会)による開示基準の整備と適用拡大が進むことで、この流れは今後さらに加速するものと考えられる。
欧州との直接的な取引がないからといって、無関係ではいられない。グローバルサプライチェーンの中に組み込まれた企業は、取引先を通じて間接的にその要求水準を受け取ることになる。
「うちは国内取引しかないので」という認識は、今となっては安全圏を意味しない。
スコープ3という現実 —サプライチェーン全体が「自社の責任」になる
サプライチェーンとESGの関係を構築するうえで、避けて通れないのがスコープ3の概念である。
温室効果ガスの排出量を把握・管理するための国際的な枠組みであるGHGプロトコルでは、排出量を三つのスコープに分類している。
スコープ1は自社が直接排出するもの(工場の燃焼、社有車の走行など)
スコープ2は他者から購入したエネルギーに起因する間接排出(電力など)
スコープ3は、自社のバリューチェーン全体に関連するその他すべての間接排出である。
※2026年現在、GHGプロトコルはScope 3標準の改訂作業中

出典元:環境省「サプライチェーン排出量 算定・活用セミナー資料」
スコープ3はさらに十五(*2027年度の制定時には十六になる予定)のカテゴリーに分類されており、原材料の調達から始まり、製品の輸送・流通、顧客による使用、製品の廃棄に至るまで、上流・下流の双方を含む広大な範囲をカバーしている。

出典元:サプライチェーン排出量算定の考え方 パンフレット 環境省
※ Scope3基準及び基本ガイドラインでは、輸送を任意算定対象としている。
多くの産業において、スコープ3の排出量は自社直接排出(スコープ1+2)を大幅に上回ることが知られており、排出削減の実効性を高めるためには、サプライチェーン全体への活動が不可欠となる。
つまり、スコープ3の管理・開示を求められるということは、「自社だけ対応すればよい」という発想そのものが成立しなくなることを意味し、取引先のパフォーマンスが、そのまま自社の開示数値に反映されるのである。
上流の責任と、リーダーシップの新たな機会
本来であれば、川上から川下までサプライチェーンの各プレイヤーが自発的に同じ方向を向き、共通の目標に向けて協働し、相乗的に脱炭素化を進めていくのが理想の姿だろう。
しかし現実は、協調の理想とされる時間的余裕が、すでに失われつつある。
規制の適用期限は迫り、投資家や取引先からの圧力は高まり、情報開示の要求は具体性を増している。
そのような状況において、特に上流に位置する組織の責任は殊の外大きい。
自社の調達先、すなわち川上のサプライヤーに対して何を要求し、何を支援するのか。その判断と行動が、スコープ3の数値を左右し、ひいてはサプライチェーン全体の持続可能性の影響を及ぼす。
しかしここで視点を変えれば、これはリスクであると同時に、自社がサステナビリティ対応の水準を引き上げることで、取引先にもその基準が伝播していく。
サプライチェーン全体の底上げを主導すると言うことは、競争上の優位性にもなり得ると言えるのである。
川上から川下へ —サプライチェーンマネジメント(SCM) の工程フローとLCA視点
SCMにおける川上から川下への大まかな工程フローは、おおよそ以下のように整理できる。

このフロー全体を通じて重要な視点となるのが、LCA(ライフサイクルアセスメント)*である。
LCAとは、「揺り籠から墓場まで」 ー製品やサービスが「生まれてから廃棄されるまで」の全工程における環境負荷を定量的に評価する手法である。
原材料の採掘・精製から始まり、製造・加工、輸送・流通、使用・消費、そして廃棄・リサイクルに至るまで、各段階で発生するエネルギー消費量、温室効果ガス排出量、水使用量、廃棄物量などを網羅的に把握し、トータルの環境影響を可視化するものである。
*LCA(ライフサイクルアセスメント)とは
製品・サービスが「誕生から廃棄まで」の全工程で発生する環境負荷を定量的に評価する手法。
原材料の採掘から製造・輸送・使用・廃棄に至る各段階のエネルギー消費量、GHG排出量、水使用量、廃棄物量を網羅的に把握し、トータルの環境影響を可視化する。
▶ 重要原則:「漏れなく・ダブりなく・滞りなく」 データを収集することがLCA精度の前提条件となる。
このLCAの視点こそが、SCMにおけるサステナビリティ対応の根幹をなす。
単に「自社工場の排出量を減らす」という局所最適ではなく、サプライチェーン全体を俯瞰したうえで「どの工程に、どれだけの環境負荷が集中しているか」を把握し、優先的に介入すべきポイントを特定することである。
ここで重要になるのが、「漏れなく、ダブりなく、滞りなく」という原則であり、これは系統的思考とも共通する。
SCMにおける情報収集・管理においては、各工程のデータが抜け落ちれば全体像が歪み、同じデータが重複計上されれば数値の信頼性が失われる。また、情報が特定の工程で滞留すれば、意思決定の遅延を招く。
LCAの精度は、まさにこの原則が守られているかどうかに依存している。
個社を起点として、全体を設計する
重要なのは、サプライチェーン全体を論じる前に、先ずは自社を起点とした設計を固めることである。
自社はサプライチェーンのどのポジションにいるか。川上か、川下か、あるいは中間か。その位置によって、スコープ3のうちどのカテゴリーが最大の排出源となるかも変わってくる。
製造業であれば、調達した原材料や部品に起因する上流の排出が大きくなりやすく、サービス業であれば、購入物品や出張・通勤に関連する排出が相対的に重みを持つ。
自社のポジションを正確に把握し、LCA的視点で工程ごとの環境負荷を可視化し、優先度の高い介入領域を特定する —この地道な作業こそが、サプライチェーン全体の対応を実効あるものにする出発点となる。
規制対応は、「対応しなければならないもの」から「どう対応するかで差がつくもの」へと性格を変えつつある。
自社を起点に、サプライチェーン全体を視野に入れたサステナビリティ経営の設計が、本章を通じて伝えたいメッセージである。
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