明日は夏至。
一年のうちでもっとも夜が短い季節です。
私にとって、今夜は少し特別な夜でもあります。
なぜなら、シェイクスピアの『真夏の夜の夢』に描かれた不思議な出来事が起こった夜だからです。
私が初めてこの戯曲を読んだのは、中学一年生のときでした。新潮文庫の福田恆存訳で読みました。
※新潮文庫版では、タイトルは訳者の考えから『夏の夜の夢』となっています。『嵐(テンペスト)』との合本でした。
すばしっこくて、いたずら好きの妖精パック(ロビン・グッドフェロー)が、この物語で縦横無尽の大活躍をします。
私はすっかりパックに魅せられ、自作にも登場させたことがあります(処女長編『夏が来たりぬ〜ウィーンの森の物語』第三章で活躍してもらいました)。
『真夏の夜の夢』といえば、もう一つ忘れてはならないのが、メンデルスゾーン作曲の劇付随音楽です。
これを初めて聴いたのは、シェイクスピアの戯曲を読んだ一年後、中学二年生の頃でした。
当時、一九八〇年代初頭は、まだアナログのLPレコードの時代。当然、YouTubeとか、便利な音楽配信サービスなどは存在しません。
戯曲にすっかり感動していた私は、メンデルスゾーンの音楽も聴きたくてたまりませんでしたが、レコードを買う以外に、この曲を知る方法はありませんでした(タイミングよくラジオ放送で流れることがあれば、それをエアチェックすることもできたのでしょうが)。
当時、クラシックの新品LPレコードは二千八百円ほど。古い録音を再発売した廉価盤でも一枚千五百円ほどしました。
今の中学生なら決して手の届かない金額ではないのかもしれませんが、当時の私にとっては、そう簡単に工面できる額ではありませんでした。
だから、西友伏見店四階にあった十字屋へ行っては、高嶺の花だった『真夏の夜の夢』のレコードを手に取り、ジャケット裏面の解説を読みふけりながら、「どんな音楽なのだろう」と想像を巡らせる日々を送っていました。
翌年、貯めたお小遣いを握りしめ、京都・裏寺町の京極東宝ビル一階にあった中古レコード店Beaverで、ついに『真夏の夜の夢』のレコードを手に入れました。
値段は七百円。
ペーター・マーク指揮、ロンドン交響楽団による演奏でした。
家に帰り、レコード針を落とし、スピーカーから序曲冒頭の和音が鳴り始めた瞬間の胸の高鳴りは、今でも忘れられません。
パチパチ……と絶えず続くスクラッチノイズの合い間から、浮かび上がったその音楽は、自分が想像していた以上のものでした。
戯曲を読んで心に抱いていたときめきが、そのまま魔法の音楽となって表現されていたのです。
しかも、その序曲をメンデルスゾーンは十七歳で作曲したというのです。
自分とさほど年齢の変わらない少年が、私と同じように心をときめかせながら紡いだのであろうその音楽は、私の心の隅々まで心地よい幻想で満たしてくれました。
あの頃のような音楽や文芸作品との幸福な出会いは、もうこの歳になってからは味わえないものなのかもしれません。
夏至前夜の今夜、あの頃の心に帰って、もう一度、懐かしい幻想の世界の扉を開いてみようと思っています。

