「…おおおぉぉ」で終わった10秒
先日、視察で遠方のエリアに出張した。帰りの空港。搭乗口へ向かう通路で、正面から歩いてくる人の顔に見覚えがあった。
とある著名人の方で、その方の作品にもお世話になっている。
「…おおおぉぉ…」
自分の口から、小さな声が漏れた。驚きの声というより、空気が抜けたような音だった。そして、それで終わった。
声をかけることも、足を止めることもなく、そのまますれ違った。振り返ったときには背中はもう十数メートル先で、見えなくなった。
あとから振り返ると、あの数秒間、自分の頭は忙しかった。
「本当に本人か?」 「声をかけていい状況か?」 「かけるとして、何と言う?」 「いきなり話しかけて、迷惑ではないか?」 「そもそも、声をかけて何がしたいのか?」
答えが出る頃には相手はもう遠い。
身体が勝手に動くタイプではない。自分はもともと、そういう人間だ。決断ができないわけではない。それなりに決断してきたつもりだ。ただ、「自分の中で一度咀嚼してから動きたい」という欲求がかなり強い。
逡巡というか、噛んで、飲み込んで、腹に落としてから動く。この癖のおかげで避けられた失敗も少なくない(はず)。だから、普段はこれで困らない。むしろ活かすべき武器だと思っている。
問題は、二度と来ない一瞬で。今回、痛感した。この咀嚼してから動く性格が、まったく通用しない場面があるということ。同じ空港で、同じ時刻に、特定の方とすれ違う。そんなことは、もう二度と起きない。
反射は鍛えられるのか?咀嚼してから動く性格は、たぶん変わらないし、無理に変える必要もないと思っている。でも、咀嚼しなくていい場面をあらかじめ決めておくことはできる。
たとえば、
・「この人に会ったら、ひとことだけ言う」を先に決めておく
・何を言うかはその場で考えない。「いつも見ています。ありがとうございます」で十分
決断力の問題ではない。決断を早めに済ませておくことはできる。遠ざかる背中を見送りながら感じたのは、後悔というより、「やっぱり自分は自分だ」という感覚だった。
次にあの一瞬が来たとき、身体が勝手に動くかどうかはわからないけど、決断だけはしておく。

