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靖国:義侠の行方

主なき国で、義侠はどこへ行ったか ―― 靖国・克己・農業をめぐる断想

一、靖国という遺物

靖国神社は、明治二年、戊辰戦争の官軍戦死者を「天皇のために殉じた者」として祀るために作られた施設である。以後の対外戦争もすべて「天皇の軍」としての戦死者を祀る構造を持ち続けた。大日本帝国憲法下では統帥権が天皇にあり、「お国のために死ぬ」という言説は実質的に「大元帥陛下のために死ぬ」ことと重なっていた。つまり靖国は、「国を守る」ことと「天皇を守る」ことを一致させる明治国家の装置だった。

しかし戦後、靖国は国家管理を離れ単立の宗教法人となり、「国家のための死」から「英霊の慰霊」という宗教的・情緒的な言説へと重心を移した。今日、天皇を守ろうとして死ぬ兵士はもういない。にもかかわらず靖国という制度だけが残り続けている。ここに、現 代日本が抱える空洞――「守るべき国の実体が失われた状態で、守る作法だけが儀式として残存している」という空洞――が象徴的に現れている。(と思ったがしかし、戦前から天皇という実体はなかった、という意見がある。つまり、国を守ること=天皇を守ることではない、という感覚が常識としてあった、というわけであるな。だから、今日靖国云々というのは、ほとんど感傷の域を出ない、というのである。しかし、僕は思うのである。「戦前に関しても現代においても、そう割り切ったものではあるまい」と。)

二、日本の主は誰か

憲法上、主権者は国民である。天皇は「日本国及び日本国民統合の象徴」であって「主」ではない。つまり制度上、最初から「主」は空位として設計されている。GHQは、戦前の「国体」という一点に権威が集中する構造そのものを解体しようとした。

では実質的に何が「主」なのか。山本七平は「空気」が意思決定を支配すると論じた。丸山眞男は「無責任の体系」と呼んだ――天皇でさえ輔弼機関に囲まれた実質的な非決定者であり、誰もが「上から言われた」「下から突き上げられた」と言い訳できる、主体なき権力の構造である。より即物的に言えば、残っているのはイデオロギーでも権威でもなく、利害・保身・同調圧力の集合体としての「主なき支配」かもしれない。誰も守っていないのに、みんなが従っている。この生臭さだけが、今の日本の「主」であるように見えることがある。

三、義侠の窒息

義侠心は、愛とは異なる徳目である。愛が情を中心に置く私的・二者関係的な感情であるのに対し、義侠は筋・恥・面目を中心に置き、私を捨てて公の筋を通すことを要求する。愛だけでは「公」を支える骨格にならない。

現代日本において義侠心は、対象を失って局所的な共同体単位に矮小化している。かつて「お国」という大きな器に注がれていたものが、今は職場・地元・SNSクラスタ程度の器にしか注がれていない。靖国もまた、国家的な義侠の器としては形骸化し、遺族の私的な愛惜――つまり「愛」――を慰める場所へと、すでに変質してしまっている。義侠を弔う場所が、愛を確かめ合う場所に変わった。これが靖国の現代的な実相である。(ここでも僕は思うのだが、人類愛から発する義侠というものもあるのではないか?現代日本にそれが皆無化というと、違うと思う。人類愛でなくとも、慈悲心とか。そもそも、天皇の被災地訪問が、大御心から発する義侠なのではないか 。義侠の核心に「愛」があっていけない理由などないと思う。)

四、克己・交際・国企

義侠の対象は一定不変ではない。義侠の核には克己(私を律する力)がある。(「愛」だけではなくね。)克己が対内的な自己統御にとどまらず対外的に伸びたとき、それは「国企」――国を企てる意志の働き――になる。国企という意志があって初めて、それに殉じる構えとしての義侠が生まれる。義侠の集積が立国という現象である。

ただし克己(私徳)と国企(公道・制度設計)は別物であり、地続きではない。両者を混同してはならない。歴史的な「順路」として、克己の彫琢がまず先にあるべきだというにすぎない。

しかも精進は成功を約束しない。成功の確率を高めるのは「交際」である。すなわち、克己 → 交際 → 国企という順序を辿る。克己は個人の内側で完結する営みだが、それだけでは政治的実体を持たない。「交際」という媒介があって初めて、複数の克己が束ねられ、集合的な力に転化する。

ただし交際には常に危険が伴う。徒党を組めば同調圧力が生まれ、克己の純度が交際の中で希釈される。良き交際と悪しき交際を分けるのは何か。それは志、すなわちビジョンの共有である。志の共有がない交際は、外形上は同じ「集まり」に見えても、実質は空気・同調圧力・派閥に堕する。

現代日本に充満する「従順な召使」的な空気は、この基準で見れば、克己なき交際だけが肥大化した状態――各人の克己が交際に呑まれて消え、志を失った同調だけが残った状態だと言える。

五、農業という文明の障害点

文明の障害点は、一難去ってまた一難、単一の原因に帰せられるものではない。その根には、おそらく農業がある。

農業文明は、余剰の蓄積・定住・階層化・単一作物依存という四点セットを不可避的に伴う。余剰は権力を生み、定住は土地への隷属を生み、単一作物への依存は一撃で文明全体を飢餓に陥れる脆弱性を生む。「一難去ってまた一難」は、この脆弱性の表れそのものである。

農業に替わる文明を発見できれば、こうした問題は解決するかもしれない。しかしそれが何であるかは、藪の中である。永遠にわからないのかもしれない。それでも、無限の前で腕を振ることをやめてはならない。(人はなぜ農業を始めたか?農業、つまり穀物作を始めるとたくさんの食物と同時に離乳食ができる。離乳食は妊娠と妊娠の間を短くする。要するに、あまり禁欲しなくてよくなるのである。ために、農業は、人口の飛躍的増大・戦争・宗教を生んだ。農業は「衆妙の門」であると同時にブラックホールであり、我々を飲み込むべきこよなき適格者である。してみると、慈愛はセックスにあるのか…セックスの進化にすべてがかかっているのかもしれない。)

アイヌ文化への関心は、この探求の延長線上にある。アイヌはヤマトの農耕国家とは異なる生業複合(狩猟・漁労・交易・限定的な農耕)を近代まで生きた文明だが、なお農業の重力圏の中にある。だから、探しているのはアイヌそのものではなく、もっと根源的な何かである。答えを直接掴みに行くのではなく、それが降りてくるのを待つ、というのが今のところの態度に近い。(つまり「ブランドニューセックス」ですよ。「人類の面目を一新するようなセックス」の訪れを静かに待っているわけです。「主(あるじ)」は想像を絶する昔からセックスであり、その核心のあたりにあるのは「愛」です。では、「愛」の正体は?現在はオキシトシンでしょう。とすれば、人類は、新しいホルモンとその受容体の到来を待ち受けていることになる。その進化のカギを握っているのは、おそらくウイルスです。)

六、克己の克己

「安全・安価・有利」な生存は、いつの間にか「危険・高価・不利」な冒険を用意するように、自然はできているのかもしれない。安全を求めて定住すれば疫病と階級支配を招き、安価を求めて分業を進めれば脆弱な依存関係を招き、有利を求めて技術を発展させれば新たな破局の手段を手にする。楽な道を選べば、その先で必ず利子を取り立てられる。

だとすれば、最後に克服すべきは、この自然そのものであり、克己しようとする自分自身を成り立たせている、もっと深い層の自然である。克己という営みそのものを、克己の対象にすること――克己の克己。これが期待される究極のビジョンなのかもしれない。それは人生の最後にたどり着ければ良い境地であり、急いで掴もうとすること自体が、克服すべき「安全・安価・有利」の罠に他ならない。

七、修行が足りない

現代人には、修行が足りない。

修行とは、意図的に「安全・安価・有利」から離脱する営みである。断食も、正座も、写経も、素振りも、すべて非効率で不快で不利な行為をあえて選び取ることで、自然の罠――安楽への勾配――に逆らう訓練だった。ところが現代文明は、摩擦の除去そのものを価値としている。修行が「あえて摩擦を作る」技術だとすれば、現代文明は「あらゆる摩擦を除去する」技術であり、両者は正面から衝突し、後者が圧倒的な力を持って勝ち続けている。

義侠の窒息も、克己の痩せ細りも、交際が志を失って空気に堕したことも、根を辿れば、この修行不足という一つの土壌から生えた枝葉なのかもしれない。

読み、書くこと。これが、私にとっての修行である。答えが出るかどうかとは無関係に、今日この瞬間から実行可能で、確実に積み上がっていくもの。農業に替わる文明も、義侠の器も、答えが降りてくる保証のない探求だが、読み書きという修行だけは、いつでも始められる。

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