牛鍋を食べる姿勢。品格。前のめりな俺。
姿勢のいい人に憧れる、9月上旬。
俺なんてもう、気を抜くとすぐ丸い。背中が。普通に立ってるつもりなのに、横から見たら「?」みたいになってる。人体というより疑問符。なんか常に世界に問いかけながら歩いてる。
そんな俺が先日、牛鍋を食べに行きまして。

■肉のほそだ
(岡山市北区岩田町7-6)
明治38年創業。100年以上続く老舗で、肉の卸もしているという。
で、肉屋さんで牛鍋が食べられるというので、勝手に想像してたわけです。
ショーケースに肉が並んでて、「今日は豚バラ安いよ」とか言ってるオッチャンを横目に店の奥に行くと小さな食堂があって、肉を切る包丁の音なんか聞こえて、近所のおじさんが昼からビール飲んでて、壁にちょっと色褪せた短冊メニューが貼ってあるような、そういう感じを。


着いたらビルだった。立派な。
中に入ると、エレベーターまである。
「レストランは2Fです」と書かれた案内の横を見ると、3階、4階にもお客さんの名前を書く欄が並んでいる。ほぼビル一棟!?
俺が知ってるこんな肉屋、秋葉原の伝説・肉の万世くらいなんですけど。
とりあえず2階へ。エレベーターはなんか緊張するので階段で行きました。店内に入ると「空いているお席へどうぞ」とのことだったのですけど、机が全部デカい。カウンターとかない。ビール飲んでるおじさんもいない。
もう、なんか、成す術がない感じでデカい机に座らせてもらった。おばあちゃん家のリビングの机くらいデカい。俺ひとりなのに、あと親戚6人くらい呼べそう。
しかも、この机。デカいだけじゃない。高い。
そして椅子が、ふかふか。座ると沈む。沈めば当然、相対的に机はさらに高くなる。
普段の俺なら椅子に体を預け、背中を丸め、着々と猫へ近づいていくところなのだが、この日はそうはいかない。
仕方なく、スッと背筋を伸ばした。
あら。高級店にふさわしい姿勢になった。
老舗で牛肉を食べる姿勢。
品格を手に入れてしまった。
そんな即席の紳士が注文したのはこちら。

来た。
鍋が満員。
牛肉、玉ねぎ、豆腐、白滝、お麩、ニラ、エリンギ。さらに追加したうどんまで詰まっている。乗車率200%。もう誰も乗れない。次のお鍋をお待ちください。
そして、その満員電車のど真ん中に、生卵。
別皿じゃない。最初から鍋の中央にいる。王。うどんを下敷きにして、周囲を牛肉と玉ねぎに守られながら鎮座している。割るタイミングはこちらに委ねられているはずなのに、見ていると「で? いつ割るの?」みたいな圧を感じる。

いや待って。
なんだこの玉ねぎ。鍋の縁に沿って、同じ向きにきれいに並んでいる。姿勢がいい。
牛肉を食べに来たはずなのに、この整列を見せられたら最初に一個いきたくなる。
甘っ。びっくりするくらい甘い。
しっかり煮込まれて味も染みているのに、クタクタじゃない。噛むとちゃんと歯応えが残っていて、そのあとから甘さがくる。姿勢がいい上に中身までちゃんとしている。俺よりだいぶ出来た玉ねぎである。
でもって牛肉ですよ。

甘辛い汁をたっぷり吸った牛肉。
噛むと柔らかい。でも、ただ柔らかいだけじゃない。ちゃんと噛ませてくるというか、「今、肉を食ってます」という手応えがある。
さすが肉屋。
それから俺、鉄鍋で食べる鍋料理が好きなんです。甘辛い汁の奥に、ほんのり鉄鍋の気配が混ざる。鉄の味がする、というほどではない。気配。あれがいい。
そして、ずっと熱い。ひと口食べる。熱い。でもうまいのでもうひと口食べる。当然まだ熱い。何も学ばないまま食べ進める。
そこで、いよいよ真ん中の卵へ。
箸を入れる。
とろっ。

黄色が鍋のなかへ、ゆっくり広がっていく。
そこへ牛肉をつかんで、卵を絡ませる。食べる。
甘辛い牛肉に、まろやかな卵。たしかな包容力。
それ以上に幸せな時間を、俺は知らない。
これだけでも完成している。
しかし今日は、うどん半玉を追加している。
牛肉の旨味も、玉ねぎの甘味も、甘辛い汁も、このうどんがぜんぶ吸ってる。もう麺というより記録媒体。この鍋で起きたことを、すべて覚えて俺に教えてくれる。そこに卵まで絡む。そりゃうまい。
気づけば、さっきまで高級店にふさわしい姿勢で座っていた男が、どんどん鍋に近づいていた。
背中を丸め、顔を寄せ、完全に前のめり。
いつもの俺が帰ってきた。

【メモ】
ランチ 牛鍋定食(1350円)
└うどん半玉入り(150円)
夜はお高め肉屋でお手頃ランチ。熱々鍋にパンパンに詰まった具材はテンション上がる。満足感高め。/味付けはかなり甘め。/次に行くなら卵は別皿でお願いするかも。/ メニュー写真の見た目がそっくりな肉うどん(750円)+白ご飯(100円)と何が違うのかずっと考えてる。
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