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躁鬱寛解埌の生掻を芋぀める20の゚ッセむ集

躁鬱の波を経お、寛解期を迎えた日々に぀いお綎った゚ッセむを発行したした。この蚘事で党文読めたす。

â–ŒPDF版はこちら無料

『躁鬱道䞭 寛解線』
2026幎4月26日発行電子版のみ党28ペヌゞ玄11,000字

寛解ずは、「治った」「元気になった」ずいう単玔なものではありたせんでした。萜ち蟌む日も、垌死念慮がよぎる日も、薬が枛らない珟実もある。それでも、氎面に顔を出し、息をしながら生掻を続けおいく。

鬱期の自分にしかなかった匷さ、寛解期の暇さ、ADHDずのゞレンマ、読めないたたのコンテンツ、そしお躁鬱ずずもに生きるしかないずいう実感。回埩の成功䜓隓ではなく、寛解埌の生掻を芋぀める蚘録です。



はじめに

タむトルに「寛解線」ず蚘しおありたすが、これが䞀䜜目です。そのうち鬱線も躁線も曞くかもしれないので、このタむトルにしたした。
 
執筆開始は2026幎4月䞋旬。わたしが盎近で寛解状態を迎えたのが2025幎9月28日、その日から2か月埌の「完党寛解」ず呌ばれる状態になった日が2026幎11月28日です。なので、珟圚は躁鬱の完党寛解を迎えお5か月ほど経った頃ずいうこずになりたす。
 
2025幎は躁鬱の波が激しく、2月に躁期、3月に鬱転、4月に躁転、6月から9月にかけお倧きな鬱期を経隓したした。その頃に比べるず、寛解期は萜ち蟌むこずが少ない──ずいうわけでもなければ、気持ちが穏やかでハッピヌずいうわけでもありたせん。かずいっお「無」なのかずいうずそうでもなく、寛解期は寛解期なりに独特の感受性が存圚したす。
 
その感芚や、今芋おいる景色を曞き留めるために、この゚ッセむの執筆を始めたした。わたしの文章は基本的に、過去や未来の自分のために曞いおいたすが、䜕かのご瞁でどなたかの目に觊れる機䌚があれば幞いです。

01 「治った」ではなく「氎䞊に戻っおきた」

2025幎2月の躁期は「目芚めた時にスむッチが入る」ような感芚があった。朝、垃団の䞭で「そうだ、noteのあのメンバヌシップに入ろう」ずたどろみながら決意し、連続投皿を始めた日を今も芚えおいる。
 
䞀方で、2025幎9月28日、久しぶりに「寛解」──11段階の気分蚘録にフラットの「0」を぀ける日は、ゆるやかに蚪れた。「あ、今日は『‐1』じゃない」ずふず気付いた。「鬱」の蚘録を぀ける日が続いおいたので、倚少埅ち望んでいた気持ちはあったかもしれないけれど。
 
その日「鬱」がなくなったずいうより、やっず氎面に顔を出すこずができた。「治った」ずいうより「戻った」ずいう衚珟が適切だず思う。戻ったずいっおも、以前の自分などに戻るわけではなく「氎䞊に戻っおきた」ずいう感芚である。
 
わたしは今も氎面から顔を出しお、息をするこずができおいる。ホルモンバランスや日垞のトラブルで深く萜ち蟌むこずがあっおも、この感芚がなくならない限りは「寛解状態である」ず萜ち着いお蚀える。
 
長い鬱がなければ、この感芚ははっきりずは掎めなかったかもしれない。鬱があっおよかったわけではないけれど、やっず躁鬱ずの人生が先に進んだような気がする。

02 闘わなくなっおから楜になった

鬱の時はめちゃくちゃ闘っおいた。2025幎6月䞋旬から8月䞋旬たで、地を這いながらロヌテヌブルで仕事をしおいた。テレビの音がするリビングで過ごすのが難しかったので、掋宀にお昌寝マットを敷いお、ほがそこに暪になっおいた。
 
8月末、暪になるこずに嫌気がさした。9月、noteのメンバヌシップのツテで、人生をよりよくするコンサルをしおいる人に助けを求め、1か月健康づくりに䌎走しおもらった。
 
毎日の運動メニュヌを䜜った。8幎ほど颚呂キャンセル垞習だったけれど、なんらかの入济アクションの習慣を぀けた。1日2回以䞊炭氎化物を摂るようにした。毎日誰かずDiscordで䌚話しおいた。次第に自分にずっおの理想の1日を思い描けるようになり、9月28日に寛解を迎えた。
 
あの頃は頑匵っおいたず思う。健康になりたかった。寛解を維持しおいる今は、正盎そこたで健康に気を遣っおはいない。気分で運動をしない日もあるし、食事内容も食べられる量が増えたので、気分に任せおいる。
 
氎面から顔を出す方法が分かったので、ぷかぷか波に揺られるに任せおいるような感じだ。健康的な生掻を䜜るための「闘病」のおかげでわたしは元気になったけれど、やめおからそれはそれで楜になった。

03 鬱期の自分にしかない匷さ

鬱期は匕きこもっおいないず死にそうな気分になるので、倫に「匕きこもりたい」ず蚀っおずっず䞀人で過ごしおいた。倖界の刺激から身を守っおいないず、矢が降っおきお物理的にダメヌゞを受けおしたいそうな感芚がするのだ。
 
鬱転のきっかけも、これだったんだろうなずいう心圓たりが実はある。詳现は蚘憶から消しおしたったけれど、SNSで぀ながっおいる人のポストだったこずは思い出せる。もちろん自分に向けられたものではない。自分に向けられたものではないからこそ䞍意に受けおしたったずいう偎面はある
 
そういったものから身を守るために、鬱期のわたしは家でもSNSでもできる限り傷぀かないようにしおいた。芁は「傷぀きたくないので身を守りたす」ずいう意思衚瀺ができるのだ。䞀呚回っお匷い。寛解期はこれが䞊手くできない。
 
完党寛解を迎えおから、季節やホルモンバランスの関係で垌死念慮が匷くなり、倫に「混合状態に䌌おいるかも」ず䌝えおいた時期があった。そういうこずはできるが、「だから䞀人で静かに過ごす時間を䜜るね」ずたでは蚀い出しづらい。
 
鬱期は猛烈に死にたいのだが、そのぶん身を守る意思も行動力も匷くなる。寛解期にはそれがない。時々、あの匷さは自分本来の匷さではなかったのか、ず䞍思議な気持ちになる。

04 別に鬱にならなくおいい

感芚ずしお、過掻動を続けたりしなければ、急に倧きな鬱に芋舞われるこずはない。぀たり、過掻動をしなければ鬱にならない。そしお過掻動は別にしなくおいいし、わたしは鬱にならなくおいいのである。
 
躁鬱の蚺断を受けたのは2020幎、29歳の時だった。それたで䞀人暮らしをしおいお、浪費癖もあったので、自分が働かなければ詰む環境だった。これ以䞊䞀人で暮らすのは危険だず刀断しお、圓時亀際しおいた今の倫ず暮らし始めた。
 
人ず暮らし始めお生掻は楜になったけれど、䌚瀟を蟞めるずいう遞択はなかなかできなかった。2022幎、通勀に䜓が耐えきれなくなり蟞める決心が぀いたけれど、ハロヌワヌクに求職を促されお、結局1か月足らずで働き始めおしたった。
 
その埌、圚宅の仕事が芋぀かっお、3幎半ほど党力で働いた。そのうち圚宅でもフルタむム勀務に耐えられなくなり、週3勀務を経たのち、䞀床退職した。
 
今は週3でその䌚瀟に埩垰しおいるけれど、過掻動ずはその日䞀日の掻動量が過剰なこずだけを蚀うのではない。長期的な過掻動にも泚意しなければならない。それを知った䞊で、今のわたしは過掻動のラむンを芋極めるこずができる。わたしはもう、別に鬱になろうずしなくおいい。

05 鬱の手前にある撀退ラむン

そうはいっおも加霢による䜓調の倉化やラむフむベントなどで鬱になるこずはあるだろうし、今でも数日かけお萜ち蟌むこずは普通にある。ただ、それは鬱期の入り口ではないし、ラむフスタむルをミスっおいるわけでもない。
 
シンプルに「あ、今のやり方っお合っおないんだな」ず受け止めお、珟状を倉えればいい。実際、最近は「収益化」や「より目に留たる方法」を考える機䌚を枛らすため、メンバヌシップを停止・退䌚したり、SNS類を削陀したりした。
 
代わりに、人の目に觊れない環境で文章を曞く時間を増やしたり、手垳の぀け方を倉えたり、デゞタルトむカメラを持っお倖に出る機䌚を意識的に䜜ったりしおいる。
 
できるこずや、やっおいいこずは無限にある。だから、今の自分に合わないものも倚いのだ。合うたで䜕床も匕き返せばいい。noteだっお別にスキが少ないからやり方が間違っおいるわけじゃない。「そんなんじゃ人に読たれないよ」ず蚀われおも「知らんがな」でいいのである。
 
仕事もマヂムリだったら投げ出しおいい。実際䜕床かそうした身ずしお、どうにかなるこずも、なんやかんや戻れるこずも分かっおいる。極論、䜿ったお金すら皌げば戻る。戻らないのは呜ず時間ず口から出た蚀葉だけだず思う。

06 寛解元気、ではない

そりゃそう。寛解しお気付いたけれど、持病の蚺断がない倫だっお元気のない日はある。わたしより粟神状態が荒れおいお、わたしに取り返しの぀かない蚀葉を投げ぀けた日もある。普通に離婚寞前たで揉めた。
 
運動しおいようがいなかろうが、気圧の倉化で䜓はだるくなるしテンションは䞋がる。ホルモンバランスが乱れる時期は毎床自己吊定が匷くなり、その状況自䜓を疑わない。゚コキュヌトが壊れた時は、亀換費甚を工面できるたで䜕も楜しむ気になれなかった。
 
ずいうか、寛解ずは気分蚘録でいえば「0」なのだ。「+1」ではない。「無」ではないけれど、別に垞時浮かれおいるわけでもない。躁鬱の波が激しかった頃は鬱傟向を感じたら「-1」、躁傟向を感じたら「+1」を蚘録しおいたけれど、その間に现やかなグラデヌションがある。
 
ずいうわけで、最近は「毎日ため」ずいう気分蚘録アプリで、躁鬱傟向ずは別に気分を蚘録しおいる。評䟡は5段階で、䞭間は3なのだけど、3の「ため」が真顔なので、悪くなかった日は「4」の埮笑んでいる「ため」を遞んでいる。最初は気分に関係なく「たあ問題ない日だったら4」を぀ける䜜業になっおいたけれど、だんだん気分ず向き合うこずに慣れおきた。アプリの絵柄も可愛いので、これは続けたいず思う。

07 鬱期の再来ず向き合う

躁期はたあ、いい。来たら鬱転しないように気を぀ける。が、鬱期はあたり来ないでほしい。シンプルに぀らいから。
 
鬱期は「い぀浮䞊するんだろう」ずは思うものの「これ以䞊しんどくなったらどうしよう」ずはあたり思わない。垞に今が䞀番぀らい気がしおいるからである。䞀方で、寛解期は基本的に぀らくないので、倚少萜ち蟌む日があるず「このたたしんどくなったらどうしよう」ず思うこずはある。
 
寛解以降、鬱期ではないず刀断しおいるにもかかわらず、垌死念慮や具䜓的な蚈画が脳内にあり、それに疑問を抱いおいない時期があった。垌死念慮があるから鬱期なのか、鬱期だから垌死念慮があるのか、この点はいただによく分からない。
 
ただ、自分が鬱期だず刀断しおいた時期よりも気分が萜ち着いおおり、生きおいお通垞受け埗る刺激に耐えながら日垞生掻を送れるので、鬱期ではないこずにしおいる。寛解期ずは正盎このくらい䞍確実なものでもある。
 
い぀か鬱期が再来した時、わたしは「たたそのうち良くなる」ず思えるのだろうか。思えないのに、倫に「そのうち良くなるよ」ず蚀っおしたわないだろうか。「今しんどい」ず蚀えるだろうか。そういう意味で、躁鬱には終わりがない。

08 遞ばなかった人生

躁鬱じゃなかったら。わたしがもう少しばかりゎリラで無理のきく人間だったら、倫ずは䞀緒に暮らし始めなかったかもしれない。結婚願望があるわけじゃなかったので、そのたたなんずなく別れおいた可胜性もある。
 
それはそれで、楜しく暮らしおいたに違いない。公務員は蟞めたけど、転職先の仕事は奜きだったし。もずもず小説を曞いお本を䜜っお即売䌚に出る生掻をしおいたので、堎所を問わずそれを飜きるたで続けおいたず思う。
 
けれど、冷静に考えるず垌死念慮は10代からあったし、瀟䌚人3幎目で心身を壊し始めたので、これ以䞊「健康だったら」ずいう生掻を想像するこずができない。せいぜいリヌダヌ職に就いおいただろうな、くらい。そもそも、死にたくないわたしはたぶん小説など曞いおいない。
 
躁鬱じゃなかったら。いずれ別の理由で死んでいたかもしれない。躁鬱じゃなかったからずいっお、それは具䜓的な蚺断名が぀かなくお服薬治療に至らないだけで、わたしが健康である未来には぀ながらない。わたしは自我を確立し始めた頃からこうなのだ。
 
こんな有様だけど、誰ずも䞀緒にならないたた死ぬ人生を遞ばなかった、ずは蚀えるのだろうか。

09 薬は枛らない

眠剀は枛った。頓服の抗䞍安薬も、飲む機䌚が枛ったので凊方を止めおもらった。そういう意味では薬は枛ったし、倫にも「薬が枛った」ず報告しおいる。
 
が、働いおいる䌚瀟の瀟長や芪から「薬服薬はなくならないの」ず蚊かれる。そんなに気になるものだろうか。瀟長は、眠剀には理解があるので「眠剀はこんなに枛りたした」ずは報告しおおいた。
 
薬を枛らしおいく人もいるのかもしれないけれど、わたしは今のずころそういう話はない。通院時に「この1か月間どうでしたか」ず先生から尋ねられお、「こんなこずがあったけど基本的に安定しおいたす」ず答えるず「では薬は今たで通り出しおおきたすね」ずなる。なお、メむンの薬は凊方できるMAXの量を飲んでいる。
 
わからん。薬は枛るのか。でも、高額な薬でも人䜓に倚倧な圱響のある薬でもないし、他に枛らしたい理由も特にない。しかも以前、劊掻のために先生ず盞談の䞊で断薬をしたら、死ぬほど぀らかった蚘録があるので、たぶん薬を枛らすデメリットを超えるメリットがない。
 
なので、寛解しおも別に薬は枛らない。い぀か枛るのか

10 鬱じゃないっお、暇

鬱期っお、脳内で自己吊定が止たらず、それで疲れお䜕もできなくなっおいる偎面が匷い。぀たり忙しい。疲れないようにするにも工倫が必芁。
 
寛解期になるず、これが基本的になくなる。぀たり、暇になる。なんか手持ち無沙汰になる。もっずやるこずがあるんじゃないか やれるこずがあるんじゃないか ず考え、調子が悪くなるず焊っおしたう。
 
結果、運営しおいるメンバヌシップの内容を充実させようずしたり、の投皿回数を増やしたり、その傍ら奜きで小説を曞きたくったりしお、疲れお病んで党郚やめたほうがいい ずなった。最終的に、、TALES、しずかなむンタヌネット、57577短歌投皿SNS、スタ゚フ、YouTubeなどのアカりントを消した。手を出しすぎである。
 
寛解期、この「暇」を䞊手く乗りこなすこずができないず、たた過掻動や自己吊定に぀ながり、鬱や躁に傟くのだろう。なんだか分かっおきたぞ。ちなみに暇をこじらせお劊掻を再開し、病んで倫ず死ぬほど揉めたりもした。劊掻は色々な事情でやはり諊めた
 
最近は曞くだけでなく、意図的に二床寝したり、仕事の時間を増やしたり、芪ず通話する時間を䜜ったりしおいる。

11 元気になっおきたよ、ずだけ

躁鬱の寛解は、わたしにずっお倧きな出来事ではあったので、倫ずはしゃぶしゃぶでお祝いをしたし、noteでも報告どころか完党寛解ぞのカりントダりン蚘事たで曞いおいた。
 
けれど、友人ず「最近どう」的な話になった時、「そういえば躁鬱が完党寛解しお  」ずは話さなかった。そもそも鬱期だずか躁期だずかそういうこずも蚀っおいないのだが、この幎霢30代半ばになれば誰しも健康状態に䜕かは抱えおいるので、話す必芁を感じなかった。
 
遊びに誘われた時、心身の調子が悪くお倖に出られなさそうならそれは䌝えおいるけれど倖に出たのに途䞭でリタむアしたこずすら䜕床もあるけれど、今でも付き合いが続いおいる友人のうち、わたしの蚺断名を正確に芚えおいる人のほうが少ないんじゃないかず思う。そのくらいがちょうどいい。
 
芪にも、完党寛解のこずは蚀っおいない。母芪に、元気になっおきたよ、ずだけ䌝えおいるそしたら「薬はなくならないの」ず蚊かれたけど  。芪も嚘がどんな闘病生掻を送っおいるのか、そこたで気にしおいない。いやこれは本圓で、たぶんしっかり者で健康な倫ず䞀緒に暮らしおいるおかげだず思われる。ありがずう。

12 調子の良さは儚い

䜕床も曞くけれど、寛解期だずお調子がいいわけではない。朝から掻動できない日も、眠剀を飲んだのに眠れない日も普通にある。最近は䜎血圧であるこずを数倀で認めお、朝7時から無理に動くのをやめた。
 
冬は冬季う぀で寝蟌んだ。暖かくなっお元気が出おきたかず思えば、PM2.5や花粉、黄砂で長時間の倖出ができなくなった。倏はたぶん日差しず冷房にやられる。秋はたた花粉。そしお冬が来る。
 
そろそろ「おきぱき」ずか「きびきび」ずかいった擬態語が䌌合うような自分像を捚おたほうがいい。倫を芋おみよう。めちゃくちゃのんびりしおいる。たず歩くのが遅い。䌑日は゜ファから極力動かない。たあ限床はあるけれども、わたしはもう少し「おっずり」しおもいいんじゃないだろうか。
 
今でも広いオフィスに出勀するず、20代の時の癖でフロアを走っおしたう。事務職は走ったほうが早いので。しかし走ったずころで、結果は数秒しか倉わらない。塵も積もれば山ずなったぶんだけ、心身は消耗しおいる。
 
なので、゚ネルギヌをなるべく现く長く出すこずを、最近は心掛けるようにしおいる。䜓に心が぀いおくるたで、しばらく時間がかかりそうだけれど。

13 読めないたたのコンテンツ

鬱期から長文が読めなくなった。最近はnoteや゚ッセむゞャンルの本などを、少しず぀読むようにしおいる。小説やアプリゲヌムのシナリオなど、登堎人物の心情が倧きく倉化する䜜品は、ただほずんど読めない。
 
挫画は、読めるようになっおきた。連茉を远いかけおいたのに数か月溜めおしたっおいるものもあるけれど、こないだ人から譲っおもらったガヌルズラブ挫画「きみが死ぬたで恋をしたい」を8巻たで読み通した。
 
その挫画は、郚屋に寝転がっお2日に分けお読んだ。2日目は、気付いたら日が暮れおいた。今たで挫画は、元気な時でも食事や入济をしながら読むこずのほうが倚かった。こんなに集䞭しお䞀぀の䜜品を読んだのは久しぶりだった。
 
寛解しお、それたでできなかったこずが急にできるようになるわけではなかったけれど、できるこずは確実に増えおいる。最近だず、新しい曲をカラオケで歌えるレベルたで芚えたり、YouTube動画を連続で芳たりできるようになった。
 
曞くこずはなぜずっずできおいるのかよく分からないのだけど、読む・芳る・聎くができるようになるのは嬉しい。芳たい映画や読みたい積読がたくさんあるので、寛解期にはできるだけ長く続いおもらいたい。

14 〝元気〟な自分に戻りたいか

時々、粟力的に掻動しおいた頃を再珟できやしないだろうか、ず思うこずがある。たずえば小説を幎間35䞇字曞いたり、毎朝7時から執筆のためにデスクに向かえたり、資栌の勉匷をしお合栌したり。
 
通勀や激務の仕事がなくなったので、䜓力的には無理ではない。が、環境的にそこたで远い蟌たれおいないので、ドヌパミンが出ず、気分が乗りにくいのだず思う。それでも゚ッセむは曞けるので、䜕かコツがあるはずだず信じおいる。
 
そういう意味では「〝元気〟な自分に戻りたい」ず思っおいるのかもしれない。これは躁鬱患者が陥りやすい眠の䞀぀。躁の時の自分を「本圓の自分」だず思い蟌んで、それを目指し続けおしたう。いずれにしおもいい結果にはならない。
 
しかし、躁でも鬱でもない自分の自然なペヌスっおどんなものなのか いただによく分からない。瀟䌚人になっおしゃかりき働き始めるたでは、子䟛なりに受隓勉匷やバむト・郚掻挬け、公務員詊隓の勉匷などに勀しんでいたので、ゆっくりしおいた蚘憶がほがない。倧孊の授業の空きコマは、郜内をひたすら歩いおいた。
 
心地いいペヌスずいうものを、これから芋぀けられるのだろうか。ADHDずの兌ね合いもある。先は長そうだ。

15 倉化を望むADHDずのゞレンマ

躁鬱の寛解を維持するには、倉化が少ないほうがいい。予定を詰め蟌みすぎない。新しいこずを始めすぎない。刺激を济びすぎない。䞀方で、わたしにはADHDもある。ADHDは倉化が奜きだ。新しい環境、新しいツヌル、新しい掻動、新しい人間関係。新しいものは倧䜓楜しい。これがややこしい。
 
躁鬱の自分は「安定しおいたい」ず蚀う。ADHDの自分は「飜きた」ず蚀う。躁鬱の自分は「今日はもう寝よう」ず蚀う。ADHDの自分は「でも今このアむデアを曞かないず」ず蚀う。
 
ADHD的な欲求を抑え蟌むず、それはそれで生掻が色耪せる気はする。だから最近は、「倉化をなくす」のではなく「小さな倉化を起こす」こずを考えおいる。い぀もず違う道を歩く。デゞタルトむカメラを持っお倖に出る。手垳の曞き方を倉える。庭で玅茶を飲んでみる。暡様替えをする。文章のテヌマを倉える。
 
アクセルずブレヌキを同時に螏むこずはできない。わたしはたぶん、倉わらずにいるこずはできない。けれど、脳は意倖ず、小さな倉化ず倧きな倉化の区別が぀いおいないのではないだろうか。であれば、わたしはもう、壊れるほど倉わらなくおもいい。倉化を望む自分ず、安定を望む自分のあいだで、今日もなんずか折り合いを぀けおいる。

16 䜕者かだった

わたしも人䞊みに、長い間「䜕者か」であろうずしおいた。小説を曞く人。資栌の勉匷をする人。仕事に打ち蟌む人。毎朝デスクに向かう人。
 
それがあったから死なないでいられた。小説を曞いおいたから日々に茪郭があったし、仕事をしおいたから生掻が成り立ったし、発信をしおいたから人ず぀ながれた。䜕者かになりたいず願う力は、わたしを前に進めおもくれおいた。
 
ただ、それは同時に、わたしを远い立おおもいた。䜕かを曞かなければ。䜕かを続けなければ。䜕かを圢にしなければ。誰かに読たれなければ。「䜕者か」であるこずを蚌明し続けないず、存圚しおいる意味がなくなるような気がしおいた。
 
寛解しおから、その感芚が薄れた。以前のように、䞀぀の掻動に党力を傟けるこずができなくなった。だけど䜕者でもない時間に、わたしはごはんを食べおいる。倫ずくだらない話をしおいる。散歩をしおいる。郚屋でがんやりしおいる。
 
わたしは䜕者かだったかもしれない。そうでなくなっお、ようやく「生掻」をするこずができるようになった。䜕者でもない日があっおいい。䜕者でもない人生でもいい、今はそう思える。呜は名前がなくおも、呌吞をしおいる。

17 ロヌルモデルを持぀のをやめた

昔から、ロヌルモデルを探すのが奜きだった。この人みたいに働きたい。この人みたいに曞きたい。この人みたいに暮らしたい。この人みたいに歳を重ねたい。そういう察象を芋぀けるず、しばらく元気が出る。
 
けれど、途䞭で違和感が出る。近づこうずすればするほど、自分ずの違いが芋えおくる。䜓力が違う。収入が違う。健康状態が違う。性栌が違う。そしお最終的に、「わたしには無理だ」ず諊める。圓然である。他人の人生なのだから。
 
だから、最近はいろんな人から、パヌツだけもらうこずにした。文章の枩床感だけ。朝の過ごし方だけ。お金ずの距離感だけ。リップの色味だけ。蚀葉の遞び方だけ。人生ではなく、雰囲気だけ。そうするず、ずいぶん楜になった。
 
他人の人生を元に突然ロヌドマップを匕くのではなく、自分の生掻の䞭に、少しず぀奜きなものを眮いおいく。わたしにはわたしの制玄がある。躁鬱、ADHD、䜎血圧、でも文章を曞くこずは奜き、そしお倫ず猫ず暮らしおいる。
 
誰かのように生きるのではなく、この条件の䞭で、今日の自分が心地いいほうぞ進む。ロヌルモデルがいなくおも、きっず自分の人生を䜜るこずはできる。時間はかかるかもしれないけれど、今はそれが䞀番確実な方法である気がしおいる。

18 寛解期にも地獄はある

寛解期にも、地獄は存圚する。たずえば、垌死念慮があるのに日垞生掻は送れおしたう時。掗濯もできる。ごはんも食べられる。仕事もできる。人ず話せる。だから自分でも「これは鬱ではない」ず刀断しおいる。けれど、頭の片隅には普通に死にたい気持ちがある。これがかなり怖い。
 
鬱期の垌死念慮には、ただ分かりやすさがある。党郚がしんどい。䜕もできない。あらゆる刺激から痛みを感じる。だから死にたい。それなりに筋が通っおいるから、呚囲にも説明しやすい。぀たり寛解期の垌死念慮は逆で「鬱期のせいです」ず蚀い切りづらいずころがしんどい。
 
だから、寛解期にも地獄はある。そう曞いおおくこずに意味がある気がする。寛解しおいおも死にたくなる日は圓たり前にあっお、圓たり前すぎお具䜓的な方法や未来を想像しおいるこずに疑問を持たず、䜕日も過ごしおしたう時がある。
 
䜕床でも曞いおおこう  。寛解期にも地獄はあるのだ。今の自分が健康で楜なはずだなんお思わなくおいい。氎面に顔を出しおいおも、波は来る。雚も降るし、凍えるような日もある。倧きな船が通っお、頭から氎をかぶるこずもある。
 
ずはいえ、氎面にいる。息はできおいる。寛解期ずは、本来ただそれだけなのだろう。良いこずでも、悪いこずでもない。

19 今、蚘しおおきたい幞せ

今、幞せなこずを曞いおおきたい。こういうこずは、調子が悪くなるずすぐに忘れおしたうため。
 
たず、倫ずしゃぶしゃぶを食べたこず。完党寛解を迎えた時、お祝いのような顔をしお倖食したこず。あの時の味ずいうより、「お祝いしおいいんだ」ず思えたこずが嬉しかった。
 
朝、無理に6時や7時から動かなくおもいいず決められたこず。䜎血圧を数倀ずしお認めお、起きられない自分を責めるのをやめたこず。
 
挫画を読めたこず。寝転がっお、気付いたら日が暮れおいたこず。集䞭しお䞀぀の䜜品を読むずいう、昔は圓たり前だったこずが、ようやくたたできるようになった。
 
新しい曲を芚えられるようになったこず。カラオケで歌えるくらいたで、䜕床も聎けるようになったこず。音楜を聎く䜓力が戻っおきたこず。
 
曞くこずが続いおいるこず。躁鬱の波の䞭でも、䌑んだり再開したりしながら、それでも文章はわたしのそばにあるこず。読たれるためだけではなく、過去や未来の自分のためにも曞けるこず。そしお、今こうしお、寛解期のわたしが芋る䞖界に぀いお蚘しおいるこず。

20 躁鬱ずずもに生きるしかない

躁鬱は、たぶん治らない。ずはいえ、今のわたしはそこたで絶望しおいない。もちろん薬は今も飲んでいるし、気分蚘録も続けおいる。そういった実務も必芁だけれど、「躁鬱ずずもに生きる」ずいうのは、それだけではない。
 
自分の「できる」を疑うこず。元気な時の自分を基準にしないこず。過掻動を肯定すべき特性だず勘違いしないこず。鬱期の぀らさをなかったこずにしないこず。人生の速床を、人や瀟䌚に合わせすぎないこず。そういう现かい刀断の積み重ねが、「躁鬱ずずもに生きる」ずいうこずなのだず思う。
 
わたしはこれからも、たぶん䜕床も間違える。予定を入れすぎる。曞きすぎる。SNSを芋すぎる。倫ず揉める。朝起きられない。読めない。動けない。それでも、躁鬱ずずもに生きるしかない。
 
「しかない」ずいう蚀葉は、投げやりにも聞こえる。でも、今のわたしにずっおは、これたでで䞀番前向きな生き方でもある。躁鬱のない人生を想像し続けるより、この䜓ず脳でどう暮らすかを考えたほうがいい。
 
わたしは治ったわけではない。病気を乗り越えお匷くなったわけでもない。悟ったわけでもない。ただ、氎䞊に戻っおきた。そしお今日も、穏やかに息をしおいる。

あずがき

「躁鬱道䞭 寛解線」ず題しお曞き始めたものの、寛解に぀いお曞くこずは、思っおいたより難しかったです。鬱期や躁期には、良くも悪くも分かりやすい激しさがありたす。苊しさ、危うさ、切実さを曞くための熱量が湧くのです。
 
䞀方で、寛解期は捉えどころがありたせん。元気です、ずも蚀い切れない。治りたした、ずも蚀えない。しんどい、ずいうほど䞍安定ではないけれど、幞せです、ず蚀うには安定しおいない。その曖昧さを残しおおきたくお、この゚ッセむを曞きたした。
 
躁鬱の波が激しかった頃の自分がこの文章を読んだら、どう思うのかは分かりたせん。「寛解しおもそんなものなのか」ずがっかりするかもしれないし、「それでも氎面に戻れるのか」ず安心するかもしれたせん。
 
これから先も、躁鬱ずの道䞭は続きたす。ここは終着点ではありたせん。たた沈む日も、流される日も、思いがけず穏やかな日もあるでしょう。その時々で、たた曞けたらいいなず思いたす。
 
ここたでお読みいただき、ありがずうございたした

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