故人の意識を受け取る|亡くなった人からの思いはどう伝わるのか
故人の意識を受け取るとは、必ずしも「声が聞こえる」「姿が見える」といった劇的なものとは限りません。むしろ、なぜこの言葉が浮かんだのだろうといった、違和感から感じ取ることが多いものです。それが自分の意識なのか故人からの思いなのかについて書いていきます。
故人の意識は言葉で伝わるとは限らない
故人から何か言葉を受け取るというと、明確に言葉が聞こえてくるものと感じるかもしれませんが、現実はもっと「曖昧(あいまい)」です。
その曖昧なものを例えると。。
・故人の顔が急に浮かぶ
・故人との出来事を突然思い出す
・なぜか特定の場所に行きたくなる
・故人の好きだった曲を耳にしたり聴きたくなる
・ある言葉だけが深く心に残る
・なんとなく言葉が浮かぶ
・故人に関係する数字を頻繁に目にするようになる
こういったものが、故人からのメッセージであることが多いのですが、すべてが「絶対にそうです」とまでは言い切れないかもしれません。
つまり、自分の意識なのか故人の思いなのかという、線引きが難しい部分かと感じるために、このような表現にしています。
しかし、こうした曖昧なものこそ、霊感が弱かったり無いと感じる人が受け取りやすい、故人からのサインだったりします。
そこで、こうしたものについて、次の項で説明していきます。
「自分の意識なのか」それとも「入ってきた」のか?
ここは、本当に難しい部分でもあります。
どう見分けるべきか、といっても明確に判断できる方法はありません。
そこでイトケンの経験からお話ししますと、何らかの事象は故人の性格によっても、伝え方が各々ちがいます。
つまり、亡くなった人の表現の仕方(姿なのか、言葉なのか、音楽なのか、映像なのか、音なのか、匂いなのか、夢なのか)などです。
ただ、無意識のときや他のことをしているときに、ふと入ってくるものは往々にして、故人のことが多いと感じます。
たとえば、故人のことを考えているときのものは、思いや想い出の深いものが入ってくることもあります。
しかし、故人のことを思いすぎていると、意識の延長のことも無きにしも非ずでしょうか。
故人の思いを「追いかけすぎない」ことも一つ
大切の人が旅立つと、どうしても「何かを受け取りたい」「どこにいるのか」「泣いていないのか」「寂しくないのか」といったことは自然の思いであり感情です。
基本は心で思うことですが、あまりに思いすぎると逆に拾えなくなることがあります。
どちらかというと、自然体の方が受け取りやすくなると感じます。
私からお伝えしたいのは、「故人に対して自責」「後追い」といった、強い負の思いは故人から入ってくるものが受け取り難くなることもあります。
受け取るものも様々
私の経験からですが、霊媒を通じて故人(亡くなった人)と話していても、途中で別のものが入れ替わることもあります。
そのようなことから、霊能者を通じたものが時として、間違った情報になる可能性を秘めています。
高い確率でもないのですが、人生に影響するようなことは、少し疑ってかかる方が良さそうです。
たとえば。。
「この結婚は反対」「仕事をやめろ」「その人を信用するな」といった、具体的に人生に影響するものは慎重にです。
もちろん、「死に導くもの」は家族の故人や先祖ではないというところですが、恋人霊のなかには相手を死なそうと嗾(けしか)けるものは実際にいました。
このようなケースでは、故人単独よりも先祖が絡んで複数名の意見として入るならば、信ぴょう性は高くなると感じます。
さいごに
参考にならないかもしれませんが、故人の意識を受け取ることについて、書いてみました。
それでは、このへんで終わります。
さいごまでおよみいただきまして、ありがとうございました。<(_ _)>
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