日本最古の天守、国宝 犬山城のみどころ | 家族で犬山(3)2020/02
日本で江戸時代以前のまま残る現存天守は、わずか12個。その中でも最古と判明した犬山城。国宝でもある。最近まで個人所有だった、てのもスゴい。
最上階から見下ろした木曽川の眺めが最高だった!(「豊臣兄弟!」に出てきた大沢次郎座衛門の鵜沼城も見えた)
城は、私と夫の数少ない共通の趣味。犬山城は愛知万博の時に初めて来てから15年ぶり再訪問。
ホテル前の朝市を冷やかしてから、いざ!攻めるつもりで!

後堅固(うしろけんご)と言われる
城山の下の渋いトンネルを通って。通学路にもなってるよう。
毎朝こんな所を通って通学とかステキだ。


この、素掘り隧道、この後、岩盤剝落で通行止めになり、キレイなトンネルに生まれ変わった模様。
https://note.com/ichitetu_haido/n/n57eec50b540a
くろがね門。ここに至るまで、曲がりくねった道を上から狙われて、攻めるの大変だった。

天守!程よく小ぶりで可愛い。

2階建ての入母屋造の大屋根の上に、2階建ての望楼が乗っている、望楼型のお手本みたいなシンプルな形。
この形が、天守発生初期のものらしい。
天守の形:望楼型と層塔型(犬山城マイスター!たかまる。さんの解説)がわかりやすかった!

この旅の2020年当時、日本最古は、犬山城、福井の丸岡城、松本城が候補だったけど、2021年に、木材の調査の結果、天正13年(1585年 小牧・長久手の戦いの翌年)~18年(1590年 豊臣秀吉による小田原征伐の直前)に創建という調査結果が発表され、犬山城が日本最古となった。
またこの調査で、3~4階は後から増設されたという従来の説が覆り、創建時からあった、という事が判明。この辺りもたかまる。さんの記事がわかりやすい。
調査に使われた「年輪年代法」は、木材の年輪変動によって、1年の精度で伐採年を調べる方法らしい。奈良文化研究所が、3000年分の全国各地の年輪の暦年標準パターンを作ったとか。ただ、法隆寺の場合、測定値と「日本書紀」の記録が100年違ったり、まだ課題もありそう。伐採年と建築に使われた年の差が無いのか?とかも気になる。暦年標準パターンと関連データが開示されて、これから検証進むのかもしれない。期待。
最古の候補の1つ、丸岡城は、1576年に柴田勝豊が築城した頃の創建とされてたが、こちらは調査の結果、寛永年間(1624-1643)、本田成重の代の創建と判明。歴史ってまだまだ新たな発見あるんだなあ。
お城につきものの、急な階段。

と娘に聞く夫。
3階(屋根裏)、2階の屋根の上についてる、弓なりの唐破風の内側。窓がついてる。
外観の特徴にもなってる唐破風は、江戸時代に尾張藩家老の成瀬家が城主になってから1620年頃追加されたもの。

成瀬家は、幕末まで藩主をつとめ、城は明治に廃藩置県で愛知県所有になったけど、濃尾大地震で半壊した天守の修理を条件に、成瀬家に譲渡。全国唯一の個人所有の城だったのが2004年に法人所有に。国宝の城が個人所有て、どんな状況だったんだ。保持大変だっただろうな。
4階には、成瀬氏がつけたベランダみたいな廻縁と高欄(手すり)があり、出て歩ける。手すりの高さが低くてちょっとコワい・・・けど眺めは素晴らしい!


木曽川を見下ろす眺めが最高。木曽川の右側に、ホテルから城に向かって歩いてきた道が見える。

犬山橋を渡った左手対岸の奥、こんもりした小山が、鵜沼城址。大河ドラマ「豊臣兄弟!」で秀吉に調略された大沢次郎座衛門の城だ。


階段が急すぎて、息子は自力で降りれず。

骨組みの模型があった。

天守の正面右手に出っ張ってる、東南付櫓。死角を減らし、正面から侵入する敵を横から撃てる。対角線の西北隅にも小さな櫓が付いてて、櫓2個付きは珍しいらしい。


城の外に、枯れてしまった、樹齢650年の天守より高かった大杉が祀られてた。落雷で城の身代わりになったり台風の風よけになったりしたとか。ありがたや。

城下の名鉄犬山ホテル一帯は、工事中だった。ここに織田有楽斎(信長の、長生きした弟)の茶室、如庵があったはずなのに・・・見れず!残念。またいつか。

この跡地には、ホテルインディゴ犬山有楽苑が開業したらしい。
如庵は、有楽斎が京都に建てた茶室、三井家が買い取り、のちに名鉄の所有になってここに移築。いつかリベンジする!
(4)犬山旅のメイン、明治村へ続く
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