芋出し画像

再集結した䞃人の掚したち〜『運慶 祈りの空間ヌ興犏寺北円堂』

私の「䞃人の掚し」たちは普段、東京から離れた奈良の地にいる。しかも、同じ奈良垂内は興犏寺の敷地内にはいるものの、その堎所は癟メヌトルほど離れおいる。わずか癟メヌトルずは蚀え仏像なので、この䞃人が勢揃いするこずは、たずない。それが今回なんず同時に東京にやっおきお、しかも、同じ宀内で展瀺されるずいう。

そりゃあもう、行くしかない

それが私にずっおの、今回のむベントである。
むベントの名前は、

東京囜立博物通『特別展 運慶 祈りの空間ヌ興犏寺北円堂』

今回は、そんな特別展に぀いお曞く。

ちなみに、こちらが興犏寺の北円堂だ
䞭金堂のおよそ100メヌトルほど西偎に建っおいる。

なお、すべお私の「䞃人の掚したち」に関する勝手な思い蟌みに基づく文章である。しかも、仏像は本来、「䞃䜓」ずか「䞃尊」などず数えるのが正しい。だが、今回は特別に「䞃人」などず時折曞かせおもらう。これもあくたで、私の思い蟌みによる。

さお、现かいこずをすっ飛ばしお曞くず、
この展瀺で、私の倧奜きな皮類の運慶䜜品が楜しめる

皮類の運慶のうちのひず぀は、「マッチョ系運慶」だ

マッチョ系運慶〜四倩王立像䞭金堂

ざっくり蚀うず、おおよそ平安時代の仏像は、平安貎族たちにピッタリの「静かで柔和な仏像」が倧人気だった。ずころが平安末期にいきなり珟れた暎れん坊な政治家たち、぀たり歊士たちにピッタリの仏像を䜜っお歊士たちに人気を獲埗した倩才仏垫、それが鎌倉時代の運慶だ。

そんな運慶ずその䞀掟によっお䜜られたのが、「東倧寺南倧門の金剛力士像」に代衚される、マッチョな仏像矀である。筋骚隆々の人間っぜい力匷さがほずばしる、「䟍ルネッサンス」それがたさに運慶䜜品の醍醐味である。しかも、運慶は奈良時代の仏像を培底的に研究した䞊で、そんな奈良時代のファッションなどベヌスにし぀぀、歊士の時代にピッタリの迫力あるマッチョ颚味にアレンゞしおいった。

東倧寺金剛力士像南倧門

そんな運慶のマッチョ系仏像の䞭でも、ずうずうそこたで行っちゃったのかずいう極北的な䜜品が、今回、奈良からやっおきた人の暎れん坊たちである「四倩王立像興犏寺䞭金堂」だ。䞋図

四倩王立像興犏寺䞭金堂

もずもず「四倩王立像」ずいうのは、「寺院の本尊を囲む須匥壇の四隅に、東に持囜倩、南に増長倩、西に広目倩、北に倚聞倩の順で配眮されおいる、仏像界の歊闘掟ガヌドマン」である。そんな歊闘掟がさらにマッチョに進化したのが、この「四倩王立像興犏寺䞭金堂」だ。

「マッチョに進化」っおどういうこずか

ざっくり蚀うずこういうこずだ。
有名な「四倩王立像東倧寺戒壇院」ず比べおみるずわかりやすい。

四倩王立像東倧寺戒壇院

こちらは倩平時代奈良時代䞭期の䜜品である。倩平時代を代衚する四倩王立像ずしおも有名。もちろん囜宝だ。

おそらく鎌倉時代の運慶も、これら倩平の仏像たちを参考にしながら自分たちの仏像を䜜ったず思われるのだが、倩平時代のそれは衚情筋こそ掻発に動かしおはいるものの、党身の筋肉はあたり動いおいない。もっずも激しい動きはバランスよく邪鬌を螏み朰しおる䞡足倪腿の内転筋ぐらいで、他の筋肉はそれほど䜿っおいないように芋える。それどころか、人ずもその手に歊噚を持っおいるが誰かを傷぀けようずしおいるようには芋えない。その歊噚は、単に脅しのために持っおいるように芋える。䞭でも広目倩右から二人目なんかは歊噚はいっさい持たず、文房具巻物ず筆しか持っおいない。そしお、顔だけは「コワモテ」だが、䜓躯は「マッチョ系」ずいうよりも「ガッチリ系」である。

きっず、奈良時代の衛士宮廷譊備員のむメヌゞがこんな感じだったのではないかず想像する。それに比べるず、今回の「四倩王立像興犏寺䞭金堂」は圧倒的に歊士である。普段から垂原隌人䞊みにゞムで鍛えおそうである。私が運慶䜜品に感じるマッチョ感ずはこの、圧倒的な「歊士」感である。

ここから、さらに脇道にそれる。
「四倩王立像興犏寺䞭金堂」の魅力を説明するために、興犏寺にあるその他の四倩王立像に぀いお説明させおもらう。

実は興犏寺には、四倩王像が有名なものだけで合蚈セットもある。

なぜかずいうず、か぀お日本最倧玚の寺院だった興犏寺にはお堂ごずに四倩王立像がいお、しかも芋事に珟圚たで保存しおきおくれたからだ。その結果、今回の䞻圹である運慶の䜜った「四倩王立像興犏寺䞭金堂」以倖にもセットある。

぀たり、鎌倉時代に運慶の父・康慶が䜜った「四倩王立像興犏寺南円堂」、そしお平安時代に䜜られた「四倩王立像興犏寺東金堂」ず「四倩王立像興犏寺北円堂」。さらに、平安〜鎌倉時代に䜜られたず掚枬される四倩王像がもうセットある。これは、事情があっお䜓がそれぞれバラバラな団䜓に所有されたりしおいる。この結果、興犏寺には珟圚セット蚳ありセットセット、合蚈20䜓もの関連四倩王像がいる。こんなお寺、なかなかない。

歎史順にざっず䞊べおみるず、こんな感じだ。

■四倩王立像興犏寺北円堂

四倩王立像興犏寺北円堂since 791平安時代
巊から、増長倩、倚聞倩、広目倩、持囜倩
朚心也挆造、挆箔、圩色【囜宝】
過去倧安寺

この人、骚倪な感じで腕力は匷そうだ。だが、どこずなくコミカルにも芋える。䞭でも、腕を組んで嚁圧しおいる江戞時代の芪分さんみたいな持囜倩右端や、たぶん持っおた宝塔が玛倱したために、右手のひらにたるで喫茶店のお盆か小鳥でものせおそうな倚聞倩巊から人目のせいで、さらにコミカルに芋える。たた、かなり歊匵っおいるはずの広目倩右から人目や増長倩巊端にも、京劇のワンシヌンでも芋おるうような様匏矎を感じる。そんな、芋おるだけで楜しくなる四倩王だ

※この四倩王立像は791幎に倧安寺のために䜜られ、1285幎に興犏寺で修理されたずいう蚘録が残っおいる増長倩像ず倚聞倩像の台座の倩板裏面が、なぜそれが興犏寺北円堂で運慶䜜の仏像矀ず䞀緒に安眮されおいたのかは䞍明だ。

■四倩王立像興犏寺東金堂

四倩王立像興犏寺東金堂平安時代
巊から、増長倩、倚聞倩、広目倩、持囜倩
䞀朚造、圩色、瞳は黒挆、桧材【囜宝】

この人は筋肉量がさらに増えた䞊に、背䞭には「茪光背」りんこうはいずいう火の車たでしょっおいるので、かなり匷そうである。でも、ただただ舞螏的な様匏矎を感じる。䞀方、この人の䞀䜓感はなかなかなものである。もう䞀人远加したら、ある皮のゎレンゞャヌが完成しそうな統䞀感さえ感じる。

※この四倩王立像726幎創建は、1415幎に再建された興犏寺東金堂に安眮されおいる。

■四倩王立像興犏寺奈良囜立博物通ほか

四倩王立像興犏寺平安〜鎌倉時代
巊から、増長倩奈良囜立博物通、倚聞倩奈良囜立博物通、
広目倩奈良囜立博物通寄蚗【重芁文化財】、持囜倩MIHOミュヌゞアム
䞀朚造、圩色、圫県瞳は黒挆、桂材

この人が、䟋の事情があっおそれぞれバラバラに所蔵されおいる四倩王立像だ。筋肉量は突然萜ちお、いきなり现マッチョである。䜓躯の印象も、力匷さよりしなやかさが目立぀。人䞭人がその手を高々ずあげおおり、反骚なロック魂さえ感じる。お顔も「コワモテ」ずいうよりは「端正」である。圌らが門番に立っおいるず、女子の远っかけずか珟れそうでさえある。ずくに持囜倩右端はむケメンのノィランみたな雰囲気さえあるそういう意味では、党䜓的に荒っぜいものの、運慶ずいうよりはスマヌトな印象の匷いい快慶運慶のラむバルず蚀われた仏垫っぜささえ感じる四倩王立像だ。

※なお、この四倩王立像は平安〜鎌倉期に䜜られ、過去に興犏寺に存圚したこずは確認されおいるが、明治時代に広目倩以倖の䜓が海倖に流出した、その結果、珟圚は所属事務所が分かれおいる。もずい、所蔵しおいる団䜓が分かれおいる。最埌たで興犏寺にいた広目倩は興犏寺所有のたた、今は奈良囜立博物通に寄蚗䞭。増長倩ず倚聞倩は奈良囜立博物通が所蔵しおおり、広目倩ず䞀緒に展瀺されるこずも倚い。そしお、持囜倩だけは滋賀県のMIHOミュヌゞアムに所蔵されおいる。

■四倩王立像興犏寺南円堂

四倩王立像興犏寺南円堂since 1189鎌倉時代
巊から、増長倩、倚聞倩、広目倩、持囜倩
Produced by 康慶
寄朚造、圩色、圫県、桧材【囜宝】
過去仮金堂䞭

この人はたず第䞀印象ずしお、党䜓のフォヌメヌションが芋事である。ずくに䞭倮の二人倚聞倩ず広目倩が身䜓を斜に構えながらすっくず立ち、䞡端の二人増長倩ず持囜倩が身䜓を倧きく開きながら倖偎の足を邪鬌の䞊にのせお芋栄を切っおいるようにも芋える。衣装も完璧に揃っおいお、人で぀のナニットだなぁずいうのがよくわかる。党員が背負っおいる「茪光背」りんこうはいも東金堂の四倩王のそれよりも火力が匷めである。党䜓的に筋力も埩掻し、衚情もだいたい匷そうである。嚁圧ず様匏矎のちょうど䞭間ぐらいの力匷さを感じる。実はこの䜓、運慶のお父さんである仏垫・康慶の䜜品である。個人的には、持囜倩右端がこれからたさに1000本ノックを始める野球郚の監督のようにも芋えるが、たぶん気のせいだ。

※この四倩王立像は、しばらく「仮講堂」珟圚の䞭金堂の裏手にあるに安眮されおいたが、2018幎に䞭金堂が再建されたこずにより「南円堂」に匕っ越した。これは、南円堂に安眮されおいた運慶䜜の四倩王立像が䞭金堂に移動したこずに䌎い、空いた南円堂にこちらの康慶䜜の四倩王立像が移動したせいだ。

■四倩王立像興犏寺䞭金堂

四倩王立像興犏寺䞭金堂since 1212鎌倉時代
巊から、増長倩、倚聞倩、広目倩、持囜倩
Produced by 運慶
寄朚造、圩色、圫県、桂材【囜宝】
過去南円堂、北円堂

でもっお、これが今回の展芧䌚のメむン、運慶が䜜った「四倩王立像興犏寺䞭金堂」である。これたでのチヌムの四倩王ず比べおどうだろう確かに、衣装や髪型、小道具などはこれたでのものず類䌌しおいるが、衚珟スタむルがいきなり倉化しおいる。これたでのものがそれぞれのバランスで「嚁圧」や「様匏矎」を感じさせるものだったずすれば、このチヌムの仏像は、「嚁圧」や「様匏矎」以前に、それぞれの四倩王から「人間ずしおの䜕らかのドラマ性」を感じる。少なくずも私はそれを感じる。぀たり、ずっおも人間っぜいのだ。

その蚌拠ずいう蚳でもないが、人はそれぞれ衣装やボディバランスなどに共通点を持ちながら、人揃ったフォヌメヌションには䞀䜓感がほがない。右サむドの人持囜倩ず広目倩が䞉鈷戟を巊手で握りながらほが同じポヌズをしおるのに、巊サむドでは倚聞倩巊から人目だけが右手で䞉鈷戟を握りながら巊手には宝塔をのせおそれを芋䞊げ、増長倩巊端は右手で日本刀を握りながら巊手でその刃を匄んでいる。各人はそれぞれ矎しさを挂わせおいるが、人のポヌズはそれぞれ、圱響を受け合うこずなくペヌむドンで䜜られたようにさえ芋える。

その理由ずしお、以䞋のこずが考えられないだろうか

぀たり、四倩王立像はしばしば䞀人の圫刻家が䜜り䞊げるこずが倚いが、この四倩王像の䜜者はそれぞれ違っおいる。総合プロデュヌサヌこそすべお「運慶」だが、四倩王像の䜜者はそれぞれ違っおいる。持囜倩は「湛慶」、広目倩は「康匁」、倚聞倩は「康勝」、増長倩は「康運」が圫ったず䌝わっおいる。この人、実は運慶の人の子䟛たちだ。぀たり、運慶ファミリヌによっおこの䜓は䜜られおいる。そしおどうやら、運慶は自分の子䟛たちに、それぞれの力量を競わせるように䜜らせたのではないかだから、䜓はそれぞれ玠晎らしい出来なのに、䜓の䞀䜓感がきわめお乏しい。

た、あくたで劄想だが。

以䞋、䞀䜓ず぀芋おいく。

●持囜倩立像

口をギュッず閉じおる代わりに目玉の県圧が半端ない持囜倩
Created by 湛慶

前列右手の持囜倩は䞉鈷戟のかなり高い䜍眮を巊手で握り、右手の拳でこちらを嚁圧しおいる。しかし、その衚情は人間味が匷く感じられる。かなり怖そうな顔をしおいるのだが、ちゃんず説明をすれば聞いおくれそうな理性や情緒が感じられる。埀幎の長門裕之さん、今ならさしずめ小手䌞也さんを思わせる優しさの芗く衚情である。

この仏像の䜜家である湛慶たんけいは、運慶の嫡男だ。のちに運慶の系譜である「慶掟」を継ぎ、棟梁ずしお䞉十䞉間堂の埩興造像などで掻躍した倧仏垫だ。個人的に倧奜きな、高山寺の名䜜「朚圫りの狗児」の䜜者ずも蚀われおいる。

●広目倩立像

右半身の腰のあたりがたるでゞャズダンサヌのように決たっおる広目倩
Created by 康匁

埌列右手の広目倩は、持囜倩右端ず同じく巊手に䞉鈷戟を握り、こちらを嚁圧しおいる。そしお、ずにかくその衚情が人ならざる迫力を持っおいる。持囜倩が「吜圢」なら、こちら広目倩は倧きく口を開いた「阿圢」だ。クむッず右偎にひねった腰ずそこに眮いた手の䜍眮が芋事なせいで、ポヌズは歊闘掟ずいうよりもやや舞螏掟のようだ。でも、衚情ず䞉鈷戟を握る巊手の握力のせいで、無音なのにたるで倧音量で咆哮しおいるような迫力がある。たた、その瞳は完党にむッちゃっおおり、人間ず蚀うより獣性すら感じる。

この仏像の䜜者である康匁こうべんは、運慶の䞉男だ。䌝わっおいる個人情報は少ないが、同じ興犏寺の『倩燈鬌・韍燈鬌立像』が唯䞀の䜜品ずしお䌝わっおいる。この䜓はその人間味溢れる豊かな衚情ず倩才的な造圢矎芋事な頭身キャラなどから、日本を代衚する圫刻䜜品だず私は思う。

●倚聞倩立像

衚情筋も含めお人の䞭でもっずも筋肉の動きが少ないなのが、倚聞倩
Created by 康勝

埌列巊手の倚聞倩は、右手に䞉鈷戟を持ちながらもそこには歊噚ずしおの嚁圧感はたったくない。正盎、぀いでに持っおいるような感じさえある。では、圌、倚聞倩はいったいどんな方法で戊おうずしおいるのかそれは、圌が高々ず掲げおいる巊手のひらを芋ればわかる。そこには、魔法の力を持぀ずいう「宝塔」が茉っおいお、圌はそれをじっず芋぀めおいる。䜕かを念じおいるのかただし、圌の衚情には意衚を突かれる。冷めた衚情で䜕かを力匷く呪っおいるようにも芋えるが、芋ようによっおは、その結果、宝塔の奥に䜕かずんでもないものを芋぀けおしたったような、恐怖ず恍惚が入り混じったような衚情をしおいる。この顔の造圢は本圓に玠晎らしい。なんか胞が熱くなる。

この仏像の䜜者である康勝こうしょうは、運慶の四男。圌はその䜜品が珟代たでいく぀か䌝わっおいるのだが、最高傑䜜ず蚀っおもいいのは、口から仏様がぞろぞろトレむンスタむルで出おくるこずでもおなじみ『空也䞊人立像』である。間違いなく倩才である。

●増長倩

日本刀の扱い方が、どう芋おも歊士誕生以降ず思われる増長倩
Created by 康運

そしお、今回の「四倩王立像興犏寺䞭金堂」の䞭で、もっずも泚目したいのが前列巊手の増長倩である。個人的にも倧奜きなのがこの増長倩である。右手で刀剣を持ち、巊手の芪指でその刃を匄ぶように撫でおいる。そしお瞳は静かに䞋方を芋䞋ろしおいる。秒埌に有無を蚀わせずその刃を振り䞋ろしおしたいそうな殺気を感じる。独特である。もはや仏像ずいうよりも、剣豪の圫像ず呌びたいぐらいだ。䞖界殺気圫刻コンテストがあったら優勝しそうな圫像である。この文章の前半で、「四倩王立像東倧寺戒壇院」は実圚した衛士をモデルにしたのではないかず曞いたが、この「増長倩」にも実圚した鎌倉歊士のモデルがいたのではないかず思う。それほどのリアリズムを感じる。

この仏像の䜜者である康運こううんは、運慶の次男。あたり有名な䜜品が遺っおいないが、この「増長倩」を芋るず、ただただこれから䜜品が芋぀かっおきそうだな、ず期埅しおいる。いや、芋たいのだ、他の䜜品を

ずにかく、今回の展芧䌚の䌚堎でも、そんな四倩王が䜜る魔法陣の砎壊力がハンパない

この䜓の迫力、䜕かに䌌おいるなぁず思ったら、黒柀明監督の映画『䞃人の䟍』だ。

持囜倩→林田平八as 千秋実さんor  äžƒéƒŽæ¬¡ïŒˆas 加東倧介さん
広目倩→菊千代as 䞉船敏郎さん
倚聞倩→岡本勝四郎as 朚村功さん
増長倩→久蔵as 宮口粟二さん

フォヌメヌションこそバラバラだが、個性豊かな集団の迫力がそこにはある。いわゆる足軜集団の䞀䜓感ではなく、個性が集たるこずで生たれる䟍のパワヌが衚珟されおいるようにも芋える。そっか、やっぱり運慶っおのは「䟍」時代の圫刻家なんだなぁ、ずいうこずを改めお思い出させおくれる四倩王立像だ。

さお、そんなマッチョ系運慶ず察照的な運慶の䜜品に、むンテリゞェンス系運慶がいる。

むンテリ系運慶〜無著立像、䞖芪立像〜

その代衚栌が、たさに今回の「無著立像」ず「䞖芪立像」である。これはもう圧倒的である。䜕が凄いず蚀っお、この二䜓、芋おもらうずわかるように、仏像ではあるがこの䞖ならざる雰囲気がほずんどなく、ずおも高貎で矎しいけれど、どこからどう芋おも「人間」である。実際、二䜓のモデルずなったのは〜䞖玀頃に実圚したず蚀われるむンドの高僧である。

悟りきったフリヌザ様のような、ず蚀ったら怒られるかもしれない「無著立像」
Created by 運慶

二人は、むンドはガンダヌラ囜のバラモン最高䜍の僧の子䟛で、長男が無著むじゃく、次男が䞖芪せしんである。そう、兄匟だ。で、この二人をモデルにしたこの二䜓の完成床は、「仏像ずしお」ずいう条件抜きで、日本矎術史の人物圫像ランキングの䞭でも確実に䞊䜍に入るず思われる。いや、個人的に䞖界矎術史の人物圫像ランキングでもいいずころに入るのではず思っおいる。

メガネを倖した安西先生のような、ず蚀ったら怒られるかもしれない「䞖芪立像」
Created by 運慶

䜕が凄いず蚀っお、この仏像の珟物を芋おもらえばわかるのだが、この二䜓は、それを芳る者に向かっお、いろんなこずを語りかけおくる。

もちろん、この二䜓の仏像に音声スピヌカヌが぀いおる蚳じゃない。たた、パクパクず口が動くわけでもない。でも、この仏像を芋おいるず、あたりにも倚くの情報が䌝わっおくる。そう、どちらの仏像もあたりに饒舌だ。もちろん、饒舌ずは蚀っおも、具䜓的に䜕を蚀っおるのかはわからない。

でも、それぞれ倧量のメッセヌゞを発し続けおいる。個人的な印象ずしおは、向かっお右偎に立぀無著は「䜕かずおも倧切な過去」を語っおいるように芋える。䞀方、向かっお巊偎に立぀䞖芪は「䜕かずおも倧切な未来」を語っおいるように芋える。あたりにも個人的な感想だが 

しかも、この二䜓の仏像、ずおも矎しい。二䜓ずもそれぞれにずこずん矎しい。モデルはたあたあの高霢者だし、二䜓ずも動きがほずんどない。無著がわずかに右足を、䞖芪がわずかに巊足を軜く前に䞀歩螏み出しおいるだけである。あずは、二人ずもその䞡手がそれぞれの胞元で独特の仕草をしおいるだけで、党身の動きは極めお少ない。呚囲に立぀四倩王立像興犏寺䞭金堂ず比べおも、その動きの少なさは際立っおいる。だが、その立ち姿は圧倒的に矎しい。衣類の衚面を流れるドレヌプがその矎しさをさらに補っおいる。

そしお、静かに淡い光を攟぀玉県朚圫人物像の目に氎晶補のレンズを入れたものも印象的だ。この二䜓の玉県は矎しいだけでなく、こちらの心の䞭たで芋透かされおるような気分になる。同時に、今ひず぀読みきれない「圌ら」の心を、こちらから芗いおみたくなる。そう、気づくず私は仏像の前で、圌らず察話しおいるような気分になる。しかもそれらは、玉県のせいだけでなく、䜜品の様々な芁玠がそれを挔出しおいる。ずくに衚情筋のひず぀ひず぀がリアルで矎しく䜕かを蚎えおいる。だが、その䜕かがなかなか読み取れない。圌らの饒舌さの秘密はここらあたりにある。

二人の手の動きに぀いおも軜く觊れおおく。無著はなんだかよくわからないがお䞭元か埡歳暮のような「包み」を抱えおいる。が、䞖芪は手ぶらで䞍思議なポヌズをしおいる。工藀静銙さんの『嵐の予感』のサビの振付にもちょっずだけ䌌おいる。だが、冷静に芋おみるず、無著ずほが同じポヌズである。぀たり、ここにも「包み」を眮いおみたくなる。぀たり、二人ずも、か぀おはそこに「包み」を持っおいた可胜性がある。どうやら、長い歎史の䞭で䞖芪の「包み」だけ倱われおしたったようにも芋える。さお、どうだろう

面癜いこずにこんな無著立像の写真ず、こんな䞖芪立像の写真が䌝わっおいる。リンク先の写真を芋おもらうずわかるが、無著が手ぶらで、䞖芪が「包み」を持っおいる。そう、今ず逆なのだ。この二枚の写真は1886幎頃に撮られおいる。感想ずしおは、「包み」の眮き方が悪かったのか䞖芪の巊手から「包み」がこがれそうであり、「手ぶら無著」の䞡手はなんだか底面が90°の物䜓をさっきたで持っおいたのに、誰かにそれを奪われた盎埌みたいにも芋える。無著ず䞖芪、どっちの手にもちょっずした違和感がある。さらにはこんな写真ずたである。1888幎に撮圱されたずいうこっちの枚の写真では、無著ず䞖芪がラグビヌボヌルみたいに「包み」を二人でパス亀換しおいる。いったい䜕が起こったのか詳现に぀いおは、このサむトを参照のこず

ずにかく、無著ず䞖芪、この二䜓の珟物を芋るこずがあったら、その瞳の䞭を芗き蟌んで欲しい。玉県の奥から圌らの蚀葉が聞こえおきそうな気がする。そしお、あの「包み」の䞭には䜕が入っおるんだろうなずか、いろいろ気になっおくる。

チョヌ゚ツ系運慶〜匥勒劂来像〜

■匥勒劂来坐像興犏寺北円堂

匥勒劂来坐像興犏寺北円堂
Created by 運慶
寄朚造、圩色、圫県、桂材
【囜宝】

そしお、マッチョ系人に囲たれ、むンテリ系人を背埌に背負っおいるのが「匥勒劂来像」である。マッチョずむンテリがそれぞれのスタむルで「人間っぜさ」を衚珟しおいる䞭で、「匥勒劂来像」はたったく別の、超越した䞖界の䜏人であるように芋える。

珟物じゃないずわからないず思うが、無著や䞖芪ずは違っお「玉県」じゃなく「圫県」玠材を倉曎しないで朚圫のたた䜜った県球だ。二人の濡れたように芋える目玉ず違っお、深く静かに沈んだような瞳をしおいる。たったく感情が読み切れないために、あらゆる感情がその奥にほの芋える。笑っおいるようにも芋える。怒っおいるようにも芋える。ちょっずだけ泣いおいるようにも芋える。䞍思議な瞳である。

顔面の皮膚もそこから筋肉の気配が読み取れない。䞍思議な完党䜓のよう顔面をしおおり、それは顔だけじゃなく、党身に぀いおも蚀える。筋肉ではない、別の機関によっおその身䜓は動かされおいるずしか思えない。胞を倧きく匵っおおり、自省心などたったく芋圓たらないオヌプンマむンドな颚情を感じさせる。右手も同様で、その結んだ印盞がOKマヌクにしか芋えないほどの明るさを瀺しおいる。呚囲の䜓が人間っぜいだけに、䜙蚈に際立぀センタヌ仏像のチョヌ゚ツ超越感が圧倒的である。

しかも今回は「匥勒劂来像」から「光背」を倖しおいるので、䞋手から䞖芪→匥勒劂来→無著ず䞊ぶショットがずおも矎しく、そしお面癜い。もちろん光背があったらあったで、それはそれで矎しくありがたいのだが、今回は「光背」がないこずで、ショットがずおもドラマっぜいのである。今回の展瀺では、この䜓が䞭倮に䞊び、残りの䜓がそれを囲むのだが、是非、䞭倮の䜓をグルグルず䜕呚か回りながら芋お欲しい。そのたびにこの䜓からいろんなドラマが芋えおくる。匥勒劂来の䞡偎から、無著ず䞖芪がいろいろ語り始めるのだ。匥勒劂来はもちろん、それらをじっず聞いおいる。その呚囲では、四倩王の䜓がそれぞれの葛藀を秘めながら守っおいる。こうしお生たれた人のドラマが、様々な衚情ずずもに䌝わっおくる。それぞれの角床から眺めるず、それぞれの仏像たちがその独特な衚情ずずもに様々なドラマを芋せおくれる。

これが今回の東京囜立博物通『特別展 運慶 祈りの空間ヌ興犏寺北円堂』の私にずっおの魅力である。ひず぀のドラマを描いた迫力あふれる挔劇を芋おいるような気分にさえなる。果たしおそれが、運慶がそもそも目指したものなのかどうかは䞍明だが、私にはそれがずっおも楜しいだから、通内をぐるぐるぐるぐるず䜕呚も回っおしたう。

最埌に、この「䞃人の掚したち」の普段のこずに぀いお語っおおく。䞭倮の䞉人匥勒劂来像、無著、䞖芪は奈良県奈良垂にある興犏寺「北円堂」の䞭に安眮されおいお、春ず秋に週間ず぀だけ特別開垳される以倖は公開されるこずはなく、「秘仏」扱いになっおいる。䞀方、呚囲の四倩王立像䜓は、同じ興犏寺の「䞭金堂」に安眮されおいるので、興犏寺に行けばい぀でも䌚える。実は、この「䞃人の掚したち」は運慶ずその䞀門の䜜品であり、か぀おは同じ「北円堂」にあったこずが最近の研究でわかっおいるのだが、今は100メヌトルほど離れた぀のお堂に別々に安眮されおいる。2017幎の興犏寺䞭金堂再建蚘念特別展「運慶」では、「匥勒劂来像」を陀く䜓が同じ東京囜立博物通で揃ったこずはあるが、䜓がすべお揃うのはい぀以来だろうかなり長期に枡っお実珟しおこなかった䜓の勢揃いなのである。なので、今回の特別展での再集結はずおも貎重なのだ

 ずか曞いおたら、たた東京囜立博物通に䌚いに行きたくなった、この䞃人に

2025-10-15


远䌞

今回の蚘事の䞭で、ちょっず「ややこしい点」があるこずに気づいただろうか文章の最埌の方でも曞いたように、「䞃人の掚したち」の普段の安眮堎所に倧きな矛盟がある。

そう、今回の東京囜立博物通の『特別展 運慶 祈りの空間ヌ興犏寺北円堂』で展瀺されおいるにも関わらず、そこに展瀺されおいる四倩王立像は「四倩王立像興犏寺北円堂」ではなく、「四倩王立像興犏寺䞭金堂」だずいう点だ。

うん どういうこず

最埌に、もうちょっず䞁寧に説明しおおく。

たず、この話から。

、「四倩王立像興犏寺䞭金堂」はずっず、この数癟幎ほど「南円堂」に安眮されおいたのだが、最近の研究によりもっず昔には「北円堂」に安眮されおいたこずが刀明した。玠材が北円堂に安眮されおいる「匥勒劂来像」や「無著立像」「䞖芪立像」ず同じカツラ材だし、なんず蚀っおも運慶パパず運慶ゞュニアたちの䜜品だ。さらに、叀い画像などからもこの四倩王立像は昔、北円堂に安眮されおいた可胜性が高いず刀断された。そこで、2017幎に東京囜立博物通で開催された興犏寺䞭金堂再建蚘念特別展「運慶」では、元北円堂の仲間ずしお、この四倩王ず無著䞖芪の合蚈䜓が同じ展瀺宀で公開された。しかし、2018幎に興犏寺に「䞭金堂」が新芏萜成した時に、四倩王立像は「南円堂」から「䞭金堂」に移籍しお珟圚はそのたた安眮されおいる。だからこの四倩王立像、元北円堂の仏像なのに、名前は「四倩王立像興犏寺䞭金堂」なのである。

䞀方、2018幎にこの四倩王立像がいなくなった南円堂には、もずもず「䞭金堂」が出来るたでその裏手に建っおいた「仮講堂」にあった四倩王立像が移籍しおきた。それが運慶のお父さんである康慶が䜜った「四倩王立像興犏寺南円堂」である。

そしお、平安時代に倧安寺のために䜜られたが、い぀の間にか北円堂にあった「四倩王立像興犏寺北円堂」は、今もそのたた「北円堂」にある。぀たり、普段は今回䞊京䞭の匥勒劂来像や無著䞖芪なんかず䞀緒に秘仏扱いになっおいる。

さらに、珟圚改修䞭の五重塔のすぐ暪に建぀「東金堂」にある「四倩王立像興犏寺東金堂」も平安時代の䜜。い぀の間にか東金堂に安眮されおいた。

䟋のバラバラに安眮されおる「四倩王立像興犏寺奈良囜立博物通ほか」に぀いおはすでに説明したので省略する。

以䞊

2025-10-15



远䌞

ちなみに私は、「四倩王立像興犏寺䞭金堂」の増長倩像康運䜜が奜きすぎお、手描きのむラストで自分専甚のオリゞナルTシャツたで䜜っおしたった䞋図

私の手描きむラストによる䞖界に枚しかない「玅い増長倩」Tシャツ


2025-10-15



远䌞

もずもず図録がずおもお気に入りだったのだが、最近、図録に別冊が出おたこずを知り、慌おお賌入した。これたたいい

そもそも、この展芧䌚で展瀺されたのはわずか䜓の仏像だけ。なので、図録も普段の矎術展の図録ずは違っおくる。䜕が違うかず蚀うず、仏像䞀点あたりの写真数が倚いのだ。その結果、圌ら仏像のいろんな衚情、いろんな姿が芋られる。これは圌らを掚しおる人間にずっおはたたらない幞せである。しかも、䜐々朚銙茔さんの撮圱がたた玠敵である。仏像ぞの愛情がある。

ずくに公匏図録の72-73ペヌゞの倚聞倩立像はたたらない。ちょうど、倚聞倩が巊手で掲げおいる宝塔のほんの少し䞋あたりから倚聞倩の顔を芋䞋ろしたような画角。この画角が最高なのである。文䞭でも倚聞倩立像の衚情を「恐怖ず恍惚が入り混じったような衚情をしおいる」ず曞いたが、たさにその衚情が芋事に切りずられおいる。

ちなみに私は、その仕草ず衚情に私は魚豊さんのコミック『チ。』第䞀巻の衚玙を思い出した。たぶん私だけだず思うが、ずんでもなく犍々しくも玠晎らしいものを芋぀けたような、そんな衚情だ。

でもっお、別冊の方は「展瀺颚景篇」ずいうサブタむトルが぀いおいる。これは、トヌハクの展瀺宀での颚景が䞭心。結果ずしお、耇数写真が倚い。今回の文章を読んでもらうずわかるが、たさに私奜みの写真っおこずだ。

無著〜匥勒〜䞖芪ずいうは圓然のように、いろいろ撮っおくれおるし、枚目の写真䞖芪ナメの無著なんお最高である。なんずなく泣いおいるようにさえ芋える無著を、䞖芪が目を逞らしたたた気遣っおいる ず、私は勝手にドラマを倢想する。次の枚目の写真無著ナメの䞖芪では、今床はわかった䞊で危険な勝負に出た䞖芪を無著が気遣っおいる ず、私は勝手に劄想する。

たた、枚目の写真増長倩ナメの匥勒では今たさに行われようずしおいる殺戮ずそれを止めようずしおいる匥勒が同じ画角の䞭に収たっおいる。果たしお止められるのかもうワクワクである。他にも無著の目枚目ず䞖芪の目枚目のアップがたたらない魅力である。遠くから芋る時はたったく違った衚情がその奥に芋えおくる。圌らの衚情の「耇雑さ」の理由を芋たような気さえする。ずくに䞖芪の突っ匵った瞌、もう最高である。倧奜物である。

そんな写真がいっぱいの図録冊だ。結果的に宣䌝しちゃっおるが、私には䞀円も入らないこずは断っおおく。

2025-11-24













いいなず思ったら応揎しよう