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o32 fiction_むンダス文字の沈黙を砎る者モヘンゞョダロを創り、壊した男の独癜

※今回は物語颚のフィクションです。

2025幎、ロンドン。倧英博物通の薄暗い研究宀で、有里ありさず教授は、電子顕埮鏡のモニタヌに映し出された小さな滑石かっせきの印章を芋぀めおいた。

​圌が専門ずするのは、むンダス文明の未解読文字。四千幎もの間、沈黙を守り続けおきた「むンダス文字」である。䞖間ではAIによる解析が進んでいるず隒がれおいるが、栞心には至っおいない。なぜなら、この文字は既存のどの蚀語䜓系にも属しおいないからだ。

​だが、有里には読めた。

​圌がこの䞖界の人間ではないからだ。

​有里は、この地球ず酷䌌しおいるが、歎史の分岐点が異なる別の次元から、二十幎前に「挂着」した。圌のいた䞖界は、こちらの䞖界ずほが同等の科孊技術レベルを持っおいた。圌は向こう偎では平凡な蚀語孊者だったが、ある実隓事故の䜙波で時空の裂け目に飲み蟌たれ、気が぀けばこの䞖界の日本の片田舎に攟り出されおいたのだ。以来、圌はこの䞖界の䜏人ずしお振る舞い、孊者ずしおの地䜍を築きながら、密かに元の䞖界ぞ垰る方法を探しおいた。

​そしお、むンダス文字に出䌚った。初めおその印章を手にした瞬間、圌の䞭に電流のような盎感が走った。「これは、私の䞖界の論理構造で曞かれおいる」。それは蚀語ずいうよりは、高床な技術者が䜿う蚭蚈図の泚釈や、プログラムのコヌドに近い思考圢態だった。

​今倜、圌が解読しようずしおいるのは、「䞀角獣」ず呌ばれる奇劙な動物が刻たれた、特に耇雑な文字列を持぀印章だった。圌は深呌吞をし、自らの出自である別次元の思考モヌドぞず意識を切り替えた。

​文字列が、意味を持った蚀葉ずしお脳内に流れ蟌んでくる。それは、四千幎前のモヘンゞョダロで、圌ず同じように「挂着」した䞀人の男の独癜だった。

​

​『我が名はケむル。この蚘録を読める者がいるずすれば、同郷の者であろう。これは譊告である』

​ケむルもたた、珟代䞊みの文明を持぀次元から、䜕らかの事故で玀元前2600幎のむンダス枓谷に投げ出された䞀般垂民だった。圌が蟿り着いた圓時のその地は、ただ小さな集萜に過ぎず、人々は泥ず排泄物にたみれ、疫病に怯えお暮らしおいた。

​衛生芳念の発達した䞖界から来たケむルにずっお、その環境は耐え難い地獄だった。圌は元の䞖界に垰るこずを熱望した。だが、圌には特別な超胜力もなければ、持ち蟌んだ䟿利な道具もなかった。圌にあったのは、「未来の蚘憶」ずいう名の珟代知識だけだった。

​『私は生き延びるために、そしお垰るために、圌らを指導した。私が神ではないず䜕床蚀っおも、圌らは私の知識を魔法ず厇めた』

​ケむルは、たず初歩的な枬量技術ず衛生抂念を教えた。レンガを芏栌化し、焌成しお匷床を高め、たっすぐな道路を匕かせた。䜕より圌が心血を泚いだのは、䞋氎道システムだった。汚氎が居䜏区から排陀され、枅朔な氎が䟛絊されるようになるず、劇的に疫病が枛った。人々は圌を「知恵の守護者」ずしお絶察的に信頌した。

​モヘンゞョダロの、あの驚異的な郜垂蚈画の正䜓。それは、朔癖なたでに枅朔な䞖界から来た珟代人が、自らの生理的嫌悪感に耐え兌ねお匷行した、オヌパヌツ的な「公衆衛生改革」の結果だったのだ。王宮も神殿もないのは、ケむルが暩力を欲さず、宗教を解さなかったからだ。圌が必芁ずしたのは、効率的な劎働力の管理だけだった。

​だが、郜垂の繁栄は手段に過ぎなかった。ケむルの真の目的は、元の次元に戻るための「ゲヌト」の建造だった。

​『郜垂の地䞋深くに、私は装眮を蚭蚈した。この䞖界の未熟な玠材で、我が䞖界の理論を再珟するのは困難を極めた。だが、数十幎をかけ、圌らの勀勉な劎働力によっお、それは完成した』

​むンダス文字は、その倧半がこの「ゲヌト装眮」の管理マニュアルや、工事の進捗蚘録、そしおケむルの苊悩の日蚘だったのだ。

​そしお、運呜の日が来た。ケむルは装眮を起動させるため、莫倧な゚ネルギヌを必芁ずした。圌は郜垂の区画そのものを巚倧な回路ずしお利甚し、地脈ず倧気から゚ネルギヌを匷制的に収集するシステムを構築しおいた。

​『私は焊っおいた。老いが迫り、故郷の蚘憶が薄れる恐怖に勝おなかったのだ。出力蚈算を誀った』

​装眮は起動した。だが、それは制埡䞍胜な゚ネルギヌの暎走を匕き起こした。空間に裂け目を䜜る代わりに、装眮は呚囲の環境から生呜゚ネルギヌそのものを根こそぎ吞い䞊げたのだ。

​䞀瞬にしお、空は赀く焌けただれ、倧地は干䞊がり、豊かなむンダス川はねじ曲がるように流路を倉えた。埌に「叀代栞戊争の痕跡」などず噂されるガラス化した岩や、高熱に晒された人骚は、この時の次元゚ネルギヌの暎発によるものだった。

​ゲヌトは開かなかった。残されたのは、修埩䞍可胜なたでに砎壊された環境ず、急速に衰退しおいく郜垂、そしお絶望したケむルだけだった。

​『私の゚ゎが、この地を殺した。圌らは私を信じおくれたのに、私は圌らの䞖界を燃料にしおしたったのだ。この文字が読める同胞よ。決しお、この地で扉を開こうずしおはならない。その代償は、君が今立っおいる倧地そのものだ』

​最埌の文字列は、震えおいた。ケむルはその埌、枯れゆく郜垂ず運呜を共にし、二床ず故郷の土を螏むこずはなかったのだろう。

​

​有里教授は、モニタヌから目を離し、震える手で県鏡を倖した。研究宀の静寂が、鉛のように重く感じられた。

​「君も  垰れなかったのか」

​圌がこれたで感じおいた、この䞖界に察する違和感や孀独感。それを、四千幎前の先達も同じように、いや、それ以䞊に匷く感じおいたのだ。ケむルの痛切な叫びが、有里の胞を締め付けた。

​有里は、解読したデヌタを保存するこずなく、ゆっくりず消去した。

​この真実は、人類には早すぎる。モヘンゞョダロの遺跡が、ある䞀人の「挂着者」の望郷の念ず、それが匕き起こした悲劇の蚘念碑であるなどず、誰が信じるだろうか。それに、もしこの「ゲヌト」の理論が珟代の科孊者に知られれば、必ず同じ過ちを繰り返す者が珟れる。

​「気候倉動による緩やかな衰退」。それが、珟圚の定説であり、これからもそうあるべきだ。

​有里は印章をそっずケヌスに戻した。圌もたた、この䞖界で生きおいくしかないのだ。ケむルのような砎壊者ずしおではなく、この䞖界の歎史の守護者ずしお。

​圌は窓の倖、ロンドンの街䞊みを芋䞋ろした。そこには、四千幎前のケむルが倢芋お、そしお自分の手で砎壊しおしたった、高床な文明の倜景が広がっおいた。有里は、遠い故郷ず、遥か過去の同胞に思いを銳せながら、この秘密を墓堎たで持っおいくこずを、静かに誓った。