【京都市京セラ美術館】パンツを脱ぐように展示を見る。ザ・トライアングルで出会った「見慣れない自分」
鏡の中にいたのは作品か、自分か
地下の展示室で、なんだか置いてけぼりになった
倉敷安耶「女が生まれて、女が死んで、——」展
【約800文字、写真8枚|読了目安:約2分】
お風呂に入るときは、パンツを脱ぐ。
展示も同じだと思う。
もちろん、本当に脱ぐわけではない。知識とか、「この作品はこう見るものだ」という先入観とか、そういう服を一枚ずつ脱いでから展示室へ入る。
すると、ときどき作品の向こう側に、見慣れない自分の姿が見えてくる。
地下へ降りる。
少しひんやりしている。

撮影:IRIE ART LOG
展示室には鏡のような作品があった。
お風呂場の鏡みたいだと思った。
湯気で曇っているわけでもないのに、どこか輪郭がはっきりしない。
毎日見ている自分の姿なのに、なぜか少しぎこちない。
みなさんは、お風呂の鏡を直視できますか。
1|寝顔の向こうに見えたもの

《おやすみ》という作品は、私、母、祖母、三人の女性が寝ている。
静かな寝顔だった。
けれど、その静けさが気になる。

妻の顔を見ていると思った。
でも、自分のことを考えていた。
母の顔を見ていると思った。
でも、これから先の時間について考えていた。

鏡やガラスに転写された作品だからだろうか。
角度によっては作品の中に自分の顔や他人が入り込む。
人は年を重ねるのではなく、時間が静かに積もっていくものかもしれない。
作品を見ているのか、自分を見ているのか。不思議な気持ちになる。
2|赤い道を歩きながら
ガランとした展示室を歩く。
鏡と鏡のあいだには赤いカーペットが敷かれていた。
どこまでも続いているように見える。
人生みたいだな、と思った。

歩く道は人それぞれだ。
ズレることもある。
転ぶこともある。
一人で歩く人もいるし、誰かと歩く人もいる。
けれど、少し離れて眺めれば、みんな案外似たコースの上を歩いているのかもしれない。
保険会社の人生設計図みたいだな、と私は思った。
違いばかり気にして生きているけれど、最後はみんな同じ方向へ向かっていく。

鏡は、その様子を黙って映していた。
3|風呂上がりみたいな気分
階段をのぼり、展示室を出る。
地上の風が気持ちよかった。
お風呂から上がったときみたいだ。

地上階に展示された作品を眺める。
身体は何も変わっていない。
作品を理解したわけでもない。
それでも、どこか軽くなった気がする。

お風呂上がりに、パンツ一丁で扇風機の前へ立つ癖がある。
別に意味はない。
ただ気持ちがいい。
この展示を見終わったあとも、そんな気分だった。
あ゛ーーーー。
インフォメーション
ザ・トライアングル 倉敷安耶「女が生まれて、女が死んで、——母の血、ワイン、チョコレート、アルコール、アルコール、アルコール」
会期:2026年5月30日(土)~8月30日(日)
会場:京都市京セラ美術館 ザ・トライアングル
開館時間:10:00~18:00
休館日:月曜日(祝日の場合は開館)
観覧料:無料
公式サイト:
https://kyotocity-kyocera.museum/exhibition/20260530-20260830
【次回の予告】
次回は、美術館「えき」KYOTOにて開催中の「青山悟刺繍少年フォーエバー in 京都」を訪れます。(毎週水曜更新)
※掲載画像の転載・二次利用はご遠慮ください。
取材・文・写真:入江玄(#IRIE_ART_LOG)
いいなと思ったら応援しよう!
よろしければ応援をお願いします! いただいたチップは、全額を取材の費用にあてさせていただきます。