帰り道、スマホを見るのをやめた。過剰と空白の迷宮で、身体がゆっくり再起動する|『驚異の部屋の私たち、消滅せよ。』体験記
【約1,200文字、写真13枚|読了目安:約3分】
驚異の部屋の私たち、消滅せよ。 — 森村泰昌・ヤノベケンジ・やなぎみわ —
大阪中之島美術館 5階展示室|2026年4月25日(土)– 7月20日(月・祝)
長いエスカレーターの先で、削ぎ落とされる「私」
大阪中之島美術館のエスカレーターは、やけに長い。
足元で、うぃん、うぃんと鳴っている。
上へ、上へと運ばれるうちに、日常のノイズが少しずつ剥がれ落ちていく。
「消滅せよ。」
タイトルの末尾が、身体に引っかかる。
「はいそうですか」とはならない。
でも、少しだけ従ってみたくなる。
一体、何が消えるのか。もう戻れない予感がした。
1|重たいものは、だいたい信用できない

撮影:IRIE ART LOG
中に入ると、いきなり「重さ」が足の裏にやってくる。
床が数ミリ沈み込んでいるんじゃないか、と錯覚するほどの圧力。
ヤノベケンジの部屋だ。

「博覧会は子供の領分」なんて、ずいぶん無邪気な名前が添えられているけれど、中身はちっとも無邪気じゃない。
大きい。多い。しかも決まった時間になると、雷鳴が走る。
子どもの想像力とは、もっと愛らしいものだと思っていたが、放っておくと、こうなるのか。
のけぞるような質量に、まっすぐ立っていられない。
美術館の入口でお迎えしてくれる《SHIP’S CAT(Muse)》。

内と外、現実と虚構。その境界線があいまいになると、人は少し落ち着かなくなる。
私はそういう不安を、どこかで歓迎している。
2|森村泰昌とやなぎみわ、二つの異界
次の部屋へ入ると、空気が一変して「軽く」なる。
さっきまでの圧力が嘘のように、スッと身体が浮くような感覚。
森村泰昌。
大きな作品。
じっと見ていると、ふっと笑ってしまう。

こちらが圧倒されるのを待ち構えているような、あるいは油断したところを突いてくるような、独特のユーモア。
「他人になる」という行為は、もっと血の滲むような儀式だと思っていたが、ここでは角度の「ズレ」だけで十分らしい。そのわずかな違和感が、妙に生々しく身体に響く。
展示室の入口に置かれた新聞のようなものを、手に持ったまま、立っている。紙面にはQRコードがあり、森村泰昌氏による映像と音声を視聴できる。
後で聴くつもりの声が、すでに耳の奥をゆっくり歩いているような気がした。

「観ている」つもりが、いつの間にか「観られている」側に回っている。
居心地が悪い。なのに、愉快だ。
さらに奥へ進むと、今度は急に息がしづらい。
やなぎみわの部屋に入った。

重い。けれど、最初のヤノベ氏の重さとは種類が違う。
じっとりと湿っていて、少し冷たい。
「黄泉平坂」という文字が目に飛び込んでくる。
ああ、あっち側か、と思う。
写真も映像も、時間が壊れたようにゆっくりと流れている。
この空間の重力は、たぶん3Gを超えている。長く留まってはいけない場所だ。
けれど、目を逸らすことも許されない。
最後の部屋の手前で、三人の現在が並ぶ。何かが噛み合いかけている気配だけ残して、私はそのまま先へ進んだ。
3|何もない場所で「私」が立ち上がる
最後の部屋。
そこは、…?

演出:やなぎみわ 原案:森村泰昌×ヤノベケンジ×やなぎみわ 《消滅美術館にて》 2026年
真っ白な、作品?
さっきまでの過剰な熱も、じっとりした重さも、すべてが嘘みたいに消えている。
「消滅」。
Room5では語り部やパフォーマンスが行われ、そして消えていくという。

演出:やなぎみわ 原案:森村泰昌×ヤノベケンジ×やなぎみわ 《消滅美術館にて》 2026年
困ったことに、ここが一番動きにくい。
説明するものがない代わりに、私自身の内側から何かがムクムクと立ち上がってくる。
作品は「消えた」はずなのに。
何だこの感情は。
インフォメーション
展覧会名: 驚異の部屋の私たち、消滅せよ。— 森村泰昌・ヤノベケンジ・やなぎみわ —
会期: 2026年4月25日(土)– 7月20日(月・祝)
会場: 大阪中之島美術館 5階展示室
公式サイト:https://www.sayonara2026.com/
おまけ|余韻を日常に持ち帰る

綱渡りのような展示を終え、ようやく出口へ。
あんなに「消滅」を突きつけられたのに、現金なもので、何か物としての痕跡を持ち帰りたくなっている。

売店には「消滅屋」なる看板も。
これも作品の一部に見えてくる。

充実のヤノベケンジコーナー♬

目に留まったのは、ミニカーだ。この車は、どこか見覚えがある。
会場の入口手前に展示されている……!?

外に出ると、身体がぎこちない。
これは単に解放されたからではなく、自分という存在が一度バラバラになり、新しく組み直されている途中の感覚だ。
この身体は、やり直しが必要らしい。
帰り道、スマホは見なかった。
電車に揺られながら、頭の中がゆっくり動いている。
こういうときは、何もしないほうがいい。
【次回の予告】
次回は、京都・東本願寺や重信会館を会場とした「KYOTOGRAPHIE 2026」のレポートを予定しています。
(毎週水曜更新)
※この記事は、記者内覧会に参加して書いたものです。
※掲載画像の転載・二次利用はご遠慮ください。
取材・文・写真:入江玄(IRIE ART LOG)
いいなと思ったら応援しよう!
よろしければ応援をお願いします! いただいたチップは、全額を取材の費用にあてさせていただきます。