【京都・松尾大社】重森三玲のモダンな庭園で、私の魂が「死後」へ迷い込んだ白昼夢。忙しない日常をふと立ち止まる、大人のための三庭めぐり。
風鈴が鳴り、笹がざわめき、水が光る。
忘れていた「立ち止まる時間」が身体に戻ってきた。
【約2,000文字、写真14枚|読了目安:約4分】
掃き清められた境内に、妙な音が満ちている。
木々がざわざわと波打ち、風鈴が群れでカナカナと鳴る。鳥居を見上げれば、茶枯れた榊(さかき)の束がぶら下がっていた。
「脇勧請(わきかんじょう)」と呼ばれるそれを見上げていると、なんだか頭の中の雑音まで一緒に清められていくような、おかしな感覚になる。

撮影:IRIE ART LOG
家事や仕事、日々の細々とした用事に追われて慌ただしく過ごしていると、私たちは自分の「人生の終盤」のことなど考えない。いや、見ないふりをしているのかもしれない。
けれど、現代庭園学の泰斗・重森三玲(しげもりみれい)が手がけた松尾大社の「松風苑(しょうふうえん)三庭」は、そんな私たちの生身の身体に、「人生のゴール付近」をそっと先回りして体験させてくれる場所だった。
1|日常から解き放たれる(曲水の庭)
嵐山から少し離れた場所に位置する松尾大社。
広い境内の鳥居をくぐって御参りを済ませるも、目当てのお庭がどこにあるのか一瞬迷う。
案内板の先には、うっかり見落としそうなほど低い、岩の入り口がぽっかりと口を開けていた。私の177センチの身体では、腰をかがめないと潜り抜けることができない。

窮屈な影を抜けた瞬間、視界がぱっと開いた。
「わー、メルヘン♬」
思わず口元が緩む。大人になってから、こんなに素直に心が跳ねる瞬間がどれだけあっただろうか。

配色にこだわり抜いたモダンな庭を見ていると、重森三玲の生前の言葉が頭をよぎる。
庭は地上に描かれた絵画であり、立体的構成を基本とする彫刻
なるほど、と思う。目の前にあるのは、五感で触れる立体絵画そのものだ。

清流は生き物のようにうねり、鋭く曲がったかと思えば、ふっと優雅に速度を落とす。
そのきらめく流れに、初夏のサツキの花びらがぽつり、ぽつりと落ち、くるくると回りながら下っていく。

その様子を見つめていると、花びらが少しだけ自分に重なってくる。
毎日せかせかと、私は何に流されているのだろう。
けれど、こうして自然の大きなリズムに翻弄されながら流れるのも、案外悪くない。

そう思ったのも束の間だった。
この艶やかな庭の奥には、まったく異質の、静かな “闇” が息を潜めていた。
2|境界線を歩く(上古の庭)
さらに狭く、うっかり通り過ぎてしまいそうな低い通路を進む。ふたたび腰をかがめて境界をまたいだ瞬間、肌を撫でる空気が一変した。
じっとりとした冷気が足元から這い上がってくる。

地面を埋め尽くすミヤコザサが風に揺れ、ざわざわ、ざわざわと激しく鳴っている。
いや、鳴っているのではない。葉の裏に無数の何かが潜み、一斉に動いているような、うるさいほどの地鳴りだ。

ここは、人の立ち入れない高山を表現した庭だという。
松尾大社の庭園は、重森三玲の絶作、つまり命を削って造られた最後の芸術だ。
病魔に蝕まれていた三玲は、
“自分は神の領域に踏み込んでその怒りに触れた” と語ったという。
この空間に立つだけで、生死に関わるような、のっぴきならない気配が身体を支配する。

直視しているのが、正直にいって怖い。目を離したいのに、なぜか惹きつけられて動けない。
どこか、主を失った空き家を覗き込んでしまったときのような、強烈な心地悪さと、妙な懐かしさ。
死後、もし人の魂に通り道があるのなら、最初に通るのはこんな場所かもしれない、とふと思った。圧倒的な巨石の並びが、人間を値踏みする冷徹な神々のようにも見えてくる。
3|魂の安息(蓬莱の庭)
恐ろしさに急かされるようにして、最後の庭へと向かった。
背後からは風鈴が、からから、から、と乾いた音を立てて追いかけてくる。

「風鈴祈願」:境内を彩る風鈴の数は約800個!?
~9月6日(日)まで
息を整え、角を回り込んだ先で、視界がお正月の新しいカーテンを開けるように鮮やかに広がった。
ああ、安息の地だ。
そこには、羽を広げた鶴を思わせる、開放的で精神性の高い池泉庭園が広がっていた。

さきほどまで耳を満たしていた、あの悍(おぞ)ましいほどの笹のざわめきは綺麗に消え去っている。今はただ、優しい水音だけが、疲れた鼓膜を撫でていた。
水面がゆらぎ、丸々と太った鯉が重力を忘れたように悠々と泳いでいる。

重森三玲は、ここが自分の最期の仕事になることを理解して、この穏やかな桃源郷を地上に残した。
毎日を必死に走り続ける私たちに、「まあ、そう急がずに、少し座ってみませんか」と、優しく肩を叩いてくれている気がする。

鳥居をくぐって外へ出ると、相変わらず車が走り、忙しそうに人が行き交っている。日常のノイズが再び耳に飛び込んでくる。
けれど、不思議と周囲の波にのまれて急ぐ気にはならない。
人生のゴール付近をほんの少しだけ先回りして歩いてきたから、私の歩幅は、ほんの少しだけゆっくりに変わっていた。
Information
松尾大社 庭園拝観
拝観時間:
平日・土曜:午前9時~午後4時
日曜・祝日:午前9時~午後4時30分
拝観料(庭園・神像館共通):大人 500円 / 学生 400円 / 子供 300円
アクセス:阪急嵐山線「松尾大社」駅下車すぐ
「風鈴祈願」:風鈴の設置は9月6日(日)まで
【次回の予告】
次回は、京都市京セラ美術館で開催中の「テート美術館 ― YBA & BEYOND 世界を変えた90s英国アート」を訪れます。
(毎週水曜更新)
※掲載画像の転載・二次利用はご遠慮ください。
取材・文・写真:入江玄(#IRIE_ART_LOG)
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