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京都駅で、「働くって何だろう」と思った。|青山悟「刺繍少年フォーエバー in Kyoto」

吸い殻、紙幣、レシート。
刺繍で縫われた「働く」が、京都駅の日常を少しだけ違って見せた。


【約2,000文字|写真12枚|読了目安:約5分】


 ジェイアール京都伊勢丹を歩く。
 きらびやかなフロアで微笑む店員さん。
 化粧品売場の香り。ガラスケースに並ぶ高級なバッグ。
 レジを打つ人の指先。
 エスカレーターを上る楽しそうな人。

「青山悟 刺繍少年フォーエバー in Kyoto」(美術館「えき」KYOTO、2026)入口付近
撮影:IRIE ART LOG

 7階にある美術館「えき」KYOTOへ。自動ドアが開いた瞬間、黒いゲートのように感じた。
 入口から私は奇妙な違和感を覚えて立ち止まる。
「働くって、何だろう。」
 青山悟の刺繍は、ただ綺麗な額に収まった作品ではない。普段は意識しない「働く」という言葉を、静かに目の前へ運んでくる。




1|美術館に吸い殻が落ちていた。

 上品に磨き上げられた美術館の床。
 その片隅に、ぽつんとタバコの吸殻があった。

 「美術館に吸い殻がある」

青山悟《N氏の吸い殻》2023年 作家蔵

 吸い殻は踏みつけられ、茶色い葉の屑がコンクリートに散っている。その薄汚れた佇まいが、あまりにもリアルで、私は思わず目を凝らす。

 タバコの焦げ跡も、靴で踏みつけた汚れも、すべてミシンで縫い上げられた刺繍だという。

青山悟《N氏の吸い殻》(部分)2023年 作家蔵

 アーティストの名前は青山悟。1973年生まれの彼は、あえて古い工業用のミシンを使い、気の遠くなるような時間をかけて針を落とし続ける。

シンガー社製ミシン(作家使用機と同型) 作家蔵

 ミシンという機械は、かつて大量生産の象徴であり、同時に家庭内における女性の労働の象徴でもあった。だから作品はきれいな刺繍では終わらない。

 踏みつけられた吸い殻ひとつに、どれほどの時間が吸い込まれたのだろう。


2|美術館でお札を見つめる

 床に無造作に置かれたジェラルミンケース。覗き込むと、中には一万円札。
 もちろん、これも糸でできたお札だ。

青山悟《Just a Piece of Fabric》2022年 作家蔵

 最近はすっかり電子決済ばかりで、新しくなった渋沢栄一さんの顔を見ることも減ってしまった。
 ケースの左上には、この「一万円」を縫い上げるために、作家自身がどれだけ働いたかを記録したタイムカードが添えられている。当時の東京の最低賃金から律儀に計算された制作費は、なんと「59805円」。

青山悟《Just a Piece of Fabric》(部分)2022年 作家蔵

 一万円を作るために、およそ六万円分の労働を費やす。
 この、不思議な矛盾。けれど、その非効率な時間の集積こそがアートなのだと言わんばかりに、糸の一万円札は鈍い光を放っている。

 少し歩くと、靴を脱いで上がれる休憩スペースがあった。
 置かれたクッションには、「働いて」と刺繍されている。

「青山悟 刺繍少年フォーエバー in Kyoto」(美術館「えき」KYOTO、2026)展示室内 

 ご飯を作り、洗濯物を干す。家事はもちろん労働だ。
 ならば、ミシンを気の遠くなるような時間をかけて踏み続ける。これも労働なのだろうか。
 「働いて」「働いて」「働いて」
 どこからか、カタカタカタ、とミシンの規則正しい音が耳の奥でリフレインする。


3|展示室を出ても終わらなかった。

 スーパーのレジで渡されるレシート。
 あの、熱を加えればすぐに消えてしまうチープな紙が、そのまま刺繍になって壁に掛かっている。私もよく行くスーパー「ライフ」の、あの四つ葉のクローバーのロゴマークだ。

青山悟《The Cashiers》2024年 作家蔵

 私の街に「ライフ」ができる前は、商店街で豆腐や魚を買っていた。いまそこは介護施設とマンションに姿を変えた。

 そしてそのライフも最近はセルフレジが増え、スマートフォンに「電子レシート」が届くようになった。レジ打ちの仕事はどうなるのだろう。

青山悟《ART IS AVAILABLE FOR PANIC BUYING(アート買い占めできます)》2020年 個人蔵

 床に落ちた糸くずのような、あのなかなか掴めない糸の「手触り」や「気配」は、一体どこへ消えてしまうのだろう。

「青山悟 刺繍少年フォーエバー in Kyoto」(美術館「えき」KYOTO、2026)展示風景

 展示室を出て、再び伊勢丹のフロアへ。
 エスカレーターを下りながら、行き交う人々を眺める。
 スマホを片手に買い物を楽しむ人。並んだ商品の奥でタブレット端末を叩く店員さん。
 その光景が、さっきまで見ていた展示の続きのように思えてならない。


おまけ

 美術館の出口といえば、派手なグッズ売り場をイメージする。だが、この展覧会の特設ショップは驚くほどシンプルに、洗練されていた。

「青山悟 刺繍少年フォーエバー in Kyoto」(美術館「えき」KYOTO、2026)グッズ販売コーナー

 記念に絵葉書をもとめて財布を出す。カードをかざす。つい「レシートは結構です」と言ってから、あっと思う。

青山悟《News From Nowhere(Self Portrait)》(部分)2016年 Masako Fujita氏蔵

 さっきまで見ていた刺繍が、頭のどこかでまだ糸を引いている。


インフォメーション

青山悟 刺繍少年フォーエバー in Kyoto
■会期: 2026年6月27日(土)~7月26日(日) 会期中無休
■会場:美術館「えき」KYOTO(ジェイアール京都伊勢丹7階隣接)
■開館時間:10:00~19:30(入館締切:閉館30分前)
■入館料(税込):
一般 1,100円/高・大学生 900円/小・中学生 500円
※「障害者手帳」をご提示のご本人さまとご同伴者1名さまは、料金より各200円割引。※高・大学生の方は学生証をご提示ください。


【次回の予告】

次回は、⼤阪中之島美術館「スイス絵画の異才 カール‧ヴァルザー」を訪れます。(毎週水曜更新)

※掲載画像の転載・二次利用はご遠慮ください。
※本記事は、プレス内覧会での取材をもとに執筆しています。

取材・文・写真:入江玄(#IRIE_ART_LOG)


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