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【京都アート散歩】京都市京セラ美術館からgallery16へ。写真の祭典で酔いしれる「人の気配」 

【約1,200文字、写真14枚|読了目安:約3分】


 洗濯物を干していると、ふいに思い出す。
 京都の街をあれほど騒がしく浸食していた、写真の祭典が終わってしまった。
 展示室の重い扉を開けたとき、鼻を突いたあの匂い。小雨の湿り気と、見知らぬ誰かの体温が混ざり合った、妙に生々しい「人の気配」。
 それは網膜を通り過ぎて、私の喉の奥に、今も粘りつくように残っている。



1|「アレ・ブレ・ボケ」の渦に巻かれて

会場:京都市京セラ美術館 本館 南回廊 2階|森山大道

 展示室に一歩足を踏み入れた瞬間、私は「街」そのものに飲み込まれた。

「KYOTOGRAPHIE 京都国際写真祭 2026」京都市京セラ美術館 本館 南回廊 2階
|森山大道「A Retrospective」入口付近
撮影:IRIE ART LOG

 そこにあるのは写真、というよりは、森山大道という荒い網で濾しとられた、都市の排泄物と生命力のしがみつきだ。

森山大道「A Retrospective」展示風景

 いわゆる「アレ・ブレ・ボケ」。その粒子の一粒一粒が、展示空間の空気と摩擦を起こして熱を持っている。

 不思議な感覚だった。平面であるはずの壁が、まるで「すり鉢」のようにこちら側へ湾曲し、見る者を中央の深い闇へと引き摺り込んでいく。
 長くは居られない、と思った。

森山大道「A Retrospective」展示風景 奥へと続きます

 そこには、道ゆく人々の体温や、密やかな囁き、あるいは誰かの口臭さえもが、粒子の隙間に封じ込められている気がしたからだ。
 「素晴らしい」と脳が判断を下す前に、私の身体が、その「人いきれ」に酔ってしまう。

森山大道「A Retrospective」展示風景 先程の写真の奥の空間にて

 なんだか、自分までザラザラとした粒子になって、壁に吸い込まれてしまいそうな、危うい心地よさ。
 お行儀のいい鑑賞なんて、到底させてはもらえない。


2|乾いた「拒絶」と、静寂のまなざし

会場:京都市京セラ美術館 本館 南回廊 2階|South Africa In Focus

 森山氏の「湿り気」とは対照的に、こちらのセクションは、骨が軋むほどに「乾いて」いた。
 アーネスト・コールの展示入り口には、仕掛けがあった。
 「白人」と「黒人」、強制的に分けられた二つの入り口。かつてのアパルトヘイトを、頭ではなく「自分の足取り」で追体験させられる。

「KYOTOGRAPHIE 京都国際写真祭 2026」京都市京セラ美術館 本館 南回廊 2階
|アーネスト・コール「囚われの地」入口付近

 区切られたフェンス、ゲート。歩を進めるたびに、目に見えない鉄条網が喉元を締め付けるような、圧迫感。
 ここでは、匂いがしない。無臭という名の、徹底した管理。
 差別という構造が、展示室の冷たい空気となって肌を刺す。

アーネスト・コール「囚われの地」展示風景

 もう終わった歴史だなんて、誰が言えるだろう。この空間に漂う「拒絶」の質感は、今も地続きの現実として、私の内側を、鋭くえぐってくる。

アーネスト・コール「囚われの地」展示風景

 一方で、ピーター・ヒューゴの空間は、残酷なほど光に満ちていた。
 生と死のサイクルが、静かに、しかし冷徹に提示される。

ピーター・ヒューゴ「光が降りそそぐところ」展示風景 

 閉塞感から解放されたはずなのに、今度は「人間とは何か?」という途方もない問いが、明るい光の中で白日の下に晒される。

 私はただ、逃げ場のない重石を胃の奥に感じながら、展示室の冷たい空気を肺に溜め込む。


3|オールドコンデジと、不器用な私の「眼」

 会場を出ると、眩しさに目が眩んだ。
 鞄の奥で眠っていた、古いデジカメ(GR DIGITALII)を取り出してみる。
 スイッチを入れると、「ウィーーッ」と内部のモーターが、眠りから覚めるような不器用な音を立てた。
「写真は誰にでもひらかれている」
 大道氏の言葉を杖に、私も街の片隅でシャッターを切ってみる。

撮影:IRIE ART LOG

 撮れている。確かに、記録はされた。けれど、何かが決定的に違う。
 モニターに映るのは「それっぽい何か」でしかない。
 私の写真には、まだ「匂い」が宿っていないのか。

撮影:IRIE ART LOG

 被写体との間にあるはずの、あの剥き出しの「際(きわ)」に、私はまだ爪先さえ立てられていない。
 大道さんの背中は、まだまだ遠い。
 けれど、手のひらの中で「ウィー」と小さく震える古いカメラは、まるで私の体の一部みたいに、じんわりと温かかった。


4|三条通の階段、酢飯の香りと、夢の幕切れ

会場:gallery16|KG+ 三宅章介

 シャッターを切った指先の冷たさを抱えたまま、 巨大な美術館を後にし、三条通にある老舗「gallery16」へ。 
 一階はお寿司屋さん。外階段を上がると、酢飯の甘酸っぱい香りと、古い建築特有の埃っぽい匂いが混ざり合う。
 これこそが、私の知っている「生きた京都」のテクスチャだ。

gallery16は奥の階段で3階へ

 三宅章介さんの展示は、蝉の抜け殻をAIに読み込ませ、そこから新たな存在を生成させるというもの。
 生命の痕跡がデジタルの海を経て、見たこともない異形へと変容していく。

三宅章介「潜在空間に生息する昆虫図鑑」展示風景

 展示室に入った瞬間、外の世界の「匂い」が、急激に消失した。

 完全な、
 無臭。

三宅章介「潜在空間に生息する昆虫図鑑」展示風景 

 なんど鼻を動かしても、なにも匂ってこない。
 すう、す、う。思いきり吸い込んでみるけれど、そこにあるのはただ、白くて静かな空気だけだ。


境界線の、そのあとで

 京都国際写真祭 2026のテーマ「EDGE」とは、不確実性であり、同時に可能性の場所だという。
 数々の境界線を横断し、自宅に戻ったとき、私はひどい鼻水に襲われた。
 収まったはずの花粉症なのか、それとも、あの中毒性の強い写真の粒子に、身体の免疫が反応を起こしたのか。
 少し重くなった身体を横たえながら、鼻の奥に残る「際」の残臭を、くしゃみとともに吐き出した。


INFORMATION

※展示は終了しています

KYOTOGRAPHIE 京都国際写真祭 2026
会期:2026年4月18日(土)– 5月17日(日)
会場:京都市京セラ美術館、東本願寺、重信会館 ほか


【次回の予告】

次回は、ウサギノネドコ京都店で出会った、不思議な生きものたちの話を。
奥村巴菜さんの個展「陶の虫たち」について綴るつもりです。
かたい土から生まれた、小さな命の気配。
(毎週水曜日に更新しています)


※掲載画像の転載・二次利用はご遠慮ください。

取材・文・写真:入江玄(IRIE ART LOG)


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