「うちの子、発達障害があると思うんです。」
保護者面談で、時々こんな相談を受けます。
「先生、うちの子、発達障害があると思うんです。」
私はその時、
「そうですね。」
とも、
「違いますよ。」
とも答えません。
発達障害かどうかを判断するのは、私の仕事ではないからです。
だから私は、こんな話をします。
「〇〇さんは、自分ができるところまで戻ってあげると、ちゃんと理解できますよ。」
「ただ、お母さんがおっしゃるように、忘れ物が多かったり、集中が切れやすかったりすることはありますね。」
私は、診断名より先に見たいものがあります。
それは、その子が何に困っているのかということです。
教育の現場にいると、
「発達障害だからできない。」
そんな言葉を耳にすることがあります。
でも、療育の現場で子どもたちと関わるようになって、私は少し違う見方をするようになりました。

同じ診断名でも、困っていることは一人ひとり違います。
授業中に集中が続かない子。
忘れ物が多い子。
友達との距離感が分からない子。
予定が変わることが苦手な子。
逆に、
数字が驚くほど得意な子。
絵を描くことに夢中になれる子。
プログラミングになると、
何時間でも集中できる子。
同じ診断名でも、得意なことも、苦手なことも、本当にさまざまです。
だから私は、
「発達障害があります。」
という言葉だけでは、
その子のことは何も分からないと思っています。
大切なのは、診断名ではありません。
その子は、
どんな時に困るのか。
どんな環境なら力を発揮できるのか。
どんな声掛けなら安心できるのか。
そこを一緒に見つけていくことです。
私は教育の仕事を23年間続けてきました。
そして療育に関わるようになって、改めて感じたことがあります。
子どもは、理解されることで変わります。
「できない子」
として見られるのではなく、
「ここで困っている子」
として見てもらえた時、
少しずつ安心した表情になります。
そこから、挑戦が始まります。
もちろん、診断を受けることが大切な場合もあります。
必要な支援につながるきっかけになることもあります。
だから私は、診断を否定したいわけではありません。
でも、診断名がついた瞬間に、その子を見ることをやめてしまってはいけないと思うのです。
教育も療育も、出発点は同じです。
「この子は何に困っているんだろう。」
そう考えること。
そして、その困り感に寄り添いながら、その子らしい成長の方法を一緒に探していくこと。
私は、それが教育であり、療育なのだと思っています。
診断名より、その子を知ること。
その小さな積み重ねが、子どもの未来を大きく変えていくのだと、私は信じています。
