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香嵐渓の落ち葉から、ビールをつくる

地域で何かを始めるには、何が必要だろう。

地域についての深い知識。
事業をつくるスキル。
一緒に動いてくれる仲間。
行政や地域とのつながり。
そして、緻密な事業計画。

当時の僕には、そのどれもなかった。

持ち合わせていたのは、行動力だけだった。

飲みの席で、地域の事業者から言われた。
「香嵐渓の落ち葉で堆肥をつくって、何か育ててみては?」
その時点では、何を育てるのかも決まっていなかった。

もちろん
ホップ栽培の知識もない。
堆肥をつくった経験もない。
ビールの醸造方法も知らない。
商品として販売する道筋も見えていない。

それでも、「面白そうだ」と思った。
そして、落ち葉をもらいに行った。
この小さな一歩から、やがて約1,500本のビールが生まれることになった。

最初から「地域のため」だったわけではない

愛知県豊田市足助地区にある香嵐渓は、東海地方を代表する紅葉の名所だ。

約4,000本のもみじがあり、紅葉の時期には、約1カ月で50万人もの観光客が訪れる。
華やかな紅葉の裏側では、観光客が歩きやすいように、毎日のように落ち葉が集められている。

袋いっぱいに詰められた、大量の落ち葉。
それもまた、香嵐渓の美しい景観を支える、表からは見えにくい風景の一つだった。
その落ち葉で堆肥をつくり、何かを育てる。
面白そうだとは思った。

でも、「地域資源を活用して新しいブランドをつくろう」と考えていたわけではない。
ましてや、香嵐渓の新しい名物をつくろうという、壮大な計画があったわけでもなかった。
本当に、飲みの席で生まれた思いつきに近かった。

ビール好きと、偶然のタイミング

ちょうどその頃であった、ある友人からこんな話を聞いた。
「豊田でもホップは育てられるよ」
僕がビール好きだったことから、話は自然とホップへつながっていった。

しかも、偶然にもホップの植え付けに適した時期だった。

落ち葉で堆肥をつくる。
その堆肥でホップを育てる。
うまく育ったら、ビールにしてみる。

今振り返れば、最初から計画されていた企画のように見えるかもしれない。
でも、実際は違う。

豊田で本当にホップが育つのか。
どれくらい収穫できるのか。
そもそも、自分で育てたホップをビールに使えるのか。
何も分からなかった。

「絶対にビールをつくる」と決めていたわけではない。
少しだけ期待しながら、まずは育ててみることにした。

始まりは、自宅のベランダだった


香嵐渓の落ち葉は、三州足助公社の方に分けてもらった。
持ち帰った落ち葉を使い、自宅のベランダで一人、堆肥づくりを始めた。
地域プロジェクトというと、大勢の仲間や、立派な活動拠点を想像するかもしれない。

でも、この取り組みの出発点は、自宅のベランダだった。
堆肥づくりといっても、特別な設備を使ったわけではない。

正直なところ、基本的には置いておくだけだったので、そこまで大変な作業ではなかった。
約3カ月後、できあがった堆肥を自宅の庭の土にすき込んだ。
そして、3種類のホップを一株ずつ植えた。

カスケード。
チヌーク。
ハラタウ。

たった3株。
最初から大きく始めようとはしなかった。
うまくいくか分からないからこそ、まずは自分の庭で試してみた。

「うおー、できた!」


植えたホップは、少しずつつるを伸ばしていった。
やがて僕の身長を超え、庭の上へ上へと伸びていった。
そして、初めて毬花がついた。

その瞬間の感想は、今でも覚えている。
「うおー、できた!」
地域資源の活用だとか、地域ブランドづくりだとか、そんな難しいことは考えていなかった。

ただ、自分が植えたものが育ったことがうれしかった。
3品種の中では、カスケードが一番よく育った。
最初の年に収穫できたホップは、全部で約200グラム。

ホップが育ったことはうれしかった。
でも、次の疑問が生まれた。
この量で、本当にビールをつくれるのだろうか。

200グラムのホップを持って、醸造所を探した



僕には、ビールの醸造設備も、醸造の知識もなかった。
そこで、インターネットでOEM醸造を受けてくれるブルワリーを探した。
3社ほどに声をかけ、その中で出会ったのが、Y.Y.G. BREWING COMPANYだった。

決め手は、製造条件や価格だけではない。
香嵐渓の落ち葉から堆肥をつくり、自宅の庭でホップを育てた。
そんな僕の話を、きちんと受け止めてくれた。
こちらの想いを汲み取り、一緒に形にしようとしてくれる人だった。

相談したことで初めて、ぼんやりしていた「ビールにしてみたい」という気持ちが、現実的な計画へと変わっていった。

収穫した約200グラムだけでは、ビールづくりに必要なホップの量には足りなかった。

それでも、ワールプールという工程で、主に苦味づけに使ってもらえることになった。
不足するホップは、ブルワリー側に補ってもらった。

すべてを自分たちのホップだけでつくれたわけではない。
それでも、自宅の庭で育てたホップが、確かに一杯のビールにつながった。
ビアスタイルはIPAにした。

理由はシンプルだ。
当時、僕がIPAを好きだったからだ。

知識がなくても、最初の一歩は踏み出せる

僕がホップを育て始めたとき、栽培の専門知識があったわけではない。
堆肥づくりの経験もなかった。
ブルワリーとのつながりもなかった。
ビールを商品化した経験も、もちろんない。

持ち合わせていたのは、行動力だけだった。

落ち葉を分けてもらう。
ベランダで堆肥をつくる。
庭にホップを3株植える。
育ったホップを持って、醸造所に相談する。

自分でできないことが出てくるたびに、それができる人を探した。
最初から、すべてを知っている必要はなかった。
一歩動いたから、次に必要なことが分かった。
分からないことが出てきたから、誰かに聞いた。
誰かに相談したから、新しい道が開けた。

もし、十分な知識や完璧な計画がそろうまで待っていたら、もみじIP.Aは生まれていなかったと思う。
地域活動というと、地域への強い使命感や、立派な目的が必要だと思われることがある。

でも、最初から地域の未来を背負わなくてもいい。

「面白そうだから、やってみる」
始まりは、それくらいでもいい。

大切なのは、思いついたことを頭の中だけで終わらせず、自分にできる最初の一歩を踏み出すことだ。

「もみじIP.A」という名前


完成するビールには、「もみじIP.A」という名前をつけた。
IPAというビアスタイルに、僕の名前である「一平」と、「足助」を重ねた名前だ。
この名前は、一人で考えた。
少し遊び心のある名前だけれど、自分が足助で始めた取り組みであることを、名前の中に残したかった。

名前がついたことで、それまで別々だったものが一つにつながった。
香嵐渓の落ち葉。
自宅のベランダでつくった堆肥。
庭に植えた3株のホップ。
相談に乗ってくれた友人。
落ち葉を分けてくれた地域の人。
想いを汲み取ってくれたブルワリー。
それらが「もみじIP.A」という、一つの物語になった。

地域の価値は、ただそこにあるだけでは伝わらない。
背景を見つけ、意味を与え、名前をつける。
名前がつくことで、人は初めて、その価値を誰かに話せるようになる。

仲間と飲んだ、最初の一本



ビールが完成したあと、関わってくれた仲間たちとお披露目会を開いた。
ベランダに置かれていた落ち葉が、堆肥になった。
その堆肥が、ホップを育てた。
そして、そのホップが本当にビールになった。
初めて飲んだ感想は、シンプルだった。

美味しかった。

仲間たちも、完成を一緒に祝ってくれた。
このときはまだ、「自分で育てたホップをビールにできた」という喜びが大きかったと思う。
でも、町のいろいろな人に飲んでもらううちに、このビールの意味は少しずつ変わっていった。

「美味しかったよ」
そう声をかけてもらった。
そして、次に聞かれた。

「来年もやるの?」

そのひと言が、正直重かった

「来年もやるの?」

期待してもらえたことは、うれしかった。
でも、正直に言えば、プレッシャーだった。
一度だけなら、勢いでできることもある。
けれど、続けるためには、次の年もホップを育てなければならない。

醸造所と調整し、販売する場所をつくり、製造に必要なお金も準備する必要がある。
始めることと、続けることは、まったく違う。
2023年には、500リットル、瓶にして約1,500本のビールを製造した。

クラウドファンディングでは、114人から65万1,000円の支援をいただいた。
そして、用意した約1,500本を完売することができた。
数字だけを見れば、成功した話に見えるかもしれない。
でも、完売したから終わりではなかった。

売れたことで、次を待つ人が生まれた。
名前をつけて世の中に出したことで、「もみじIP.A」は僕一人のものではなくなっていた。

続けるために必要だったのは、信念だった

「来年もやるの?」

そう聞かれたとき、続けるために必要なものは何だろうと考えた。
仲間。
お金。
ホップの収穫量。
販売先。

もちろん、どれも必要だ。

でも、一番最初に必要だったものは、信念だったと思う。
応援してくれた人の期待に応えたい。
また次の一本を届けたい。
一度きりの面白い企画で終わらせたくない。
そんな気持ちがなければ、翌年にはつながらなかった。

地域活動は、始めた瞬間よりも、誰かに期待されたあとの方が難しい。
期待は、力になる。
同時に、責任にもなる。
その両方を受け止めながら続けることで、活動は少しずつ自分だけのものではなくなり、地域のものへ変わっていく。

地域の価値は、最初から見える形をしていない

香嵐渓の落ち葉は、もともと特産品だったわけではない。
高価なものでも、珍しいものでもない。
毎年落ちて、集められ、処分されていたものだ。

でも、その落ち葉で堆肥をつくった。
ホップを育てた。
ビールにした。
そして、「もみじIP.A」と名前をつけた。

価値がなかったものに、無理やり価値を加えたわけではない。
そこにあった背景や、人とのつながりを、一つの形にまとめただけなのだと思う。
地域資源とは、すでに有名な観光地や特産品だけではない。

いつもの風景の中にあり、まだ誰にも意味を見つけられていないものかもしれない。
そして、その意味を見つけるのに、専門家である必要はない。

僕に特別な能力があったわけではない。
堆肥づくりの専門家でもない。
ホップ農家でもない。
醸造家でもない。
地域ブランドをつくった経験もなかった。
持ち合わせていたのは、行動力だけだった。

落ち葉をもらい、堆肥をつくった。
ホップを植え、育ったら醸造所に相談した。
ビールが完成したら、町の人に飲んでもらった。
動くたびに人とつながり、次の課題が見え、できることが少しずつ増えていった。

たった3株からでもいい。
ベランダからでもいい。
最初から、大きな目標を掲げなくてもいい。
知識が足りないことを、動かない理由にしなくてもいい。

まず、動いてみる。

その一歩が誰かとの出会いを生み、やがて地域の価値に名前をつけるところまでつながることがある。
もみじIP.Aは、まだ完成した物語ではない。
応援してくれた人たちの期待を受け取りながら、次の一本へつないでいく。
地域の価値に名前をつけるとは、商品をつくることだけではない。
小さな行動から始まった物語を、信念を持って続けていくことなのだと思う。

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