【歴史】長崎の大浦天主堂と一人旅!
こんにちは!イラストレーターのIONAです!
先日、長崎に行ってきました✈️
いや〜やっぱり長崎いいですね☺️
和洋折衷な雰囲気と美味しい食べ物!そして、歩くだけで楽しい坂道!昔から貿易港として栄えた街ということで、私の住んでる神戸と似てる感じもするけど、歴史の厚みが一味違う感じ。……カステラも歴史も厚い方がいいですよね!
というわけで、今回の長崎旅のテーマは世界遺産巡りでした。(IONAは世界遺産オタクです🔥)
長崎には2種類の世界遺産があります↓
①長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産
②明治日本の産業革命遺産
両方とも長崎市内の遺産はまわってきたんですが、今回noteで書くのは①の「潜伏キリシタン関連遺産」について!
これは、キリスト教が禁じられていた時代に信仰を貫いた人々の歴史が評価された世界遺産なんですが……前置きとして、宗教の歴史ってめちゃくちゃ面白いんですよね!!世界史の大きな動きも宗教が絡んでいることが多いって言われているくらい、人を動かす力がすごい😳
そんな宗教と深く関わる歴史が色濃く残っているのが今回訪れた長崎です!
大浦天主堂の「信徒発見」
その宗教が歴史を動かした代表的な場所が、今回訪れた 大浦天主堂 です↓

ここは鎖国が解かれた後に、外国人居留地に建てられた教会です⛪️
今は観光客で賑わうゾーンに建ってますが、もともとはそこに住む外国人のための教会として建てられました。
白い外壁が美しい教会なんですが、ただ建物が綺麗でいい感じだから世界遺産になったわけじゃなくて、ここで起きた歴史的な出来事が評価されているんです。
それが「信徒発見」(教科書で聞いたことありますか?)
出来事のあらすじはこんな感じ↓
出来立てホヤホヤの大浦天主堂に、日本の農民たちが見学者として入ってきたんです。
神父さんはその見学者たちの熱心な目つきに「この人たちは普通の見学者じゃないな。この人らは只者ではない(名探偵シンプ👓)」と気づいたそうです。
そんな中、見学していた日本の農民たちが、神父さんに勇気を出して告白。
「私たちは、あなたと同じ信仰を持っています!!」
つまり、私たちもキリスト教信者です!!と打ち明けたんです。
なんとこの瞬間、鎖国下の日本にキリスト教信者が生き残っていたことが判明したんです!
これは世界を驚かせた出来事となり、ローマにまでニュースが届き、当時のローマ法王はめちゃくちゃ感動したとか。映画みたいなストーリーですよね!

彼らは「潜伏キリシタン」と呼ばれ、なんと250年もの間、この鎖国下の日本でバレないように信仰を続けたんです。
250年って…7世代分くらいらしく、老舗の和菓子屋でも7代続いてるところってなかなか見ないぞってくらい長いです。
彼らは祈りの道具を自作したり、貝殻の模様をマリア像に見立てて祈ったり、とにかくバレないように工夫しながら信仰をつないでいました。潜伏のメイン舞台になったのが長崎の五島列島。(川口春奈の出身地として有名)
地形が入り組んでいて幕府の目も届きにくく、病人隔離のために使われていた島もあったりして、潜伏に適した場所だったんです。
彼らはここで250年、信徒発見の日までひっそりとキリスト教を守り抜いたんです。
250年もバレないようにひっそりと...
すごくないですか!?!?

絵踏と二十六聖人殉教
キリスト教と言えばその当時、信者をあぶり出すために「絵踏」をさせていましたよね。(教科書でお馴染みの)キリストやマリアの絵を踏ませて、踏めなければ信者とみなされ処罰。そんな状況でも信仰を捨てなかった人がこうして発見されたわけです!(残念ながらそこで処刑されてしまった人もたくさんいます🥲)
彼らのように信仰を守り抜けた人ばかりではなく、悲しい歴史もあります。それが長崎の歴史のひとつ「二十六聖人殉教」です。1597年、豊臣秀吉の命令で26人のキリシタンが長崎で処刑されたと言う悲しい出来事なんですが、その中にはまだ若い少年たちも含まれていました。
大浦天主堂のボランティアガイドさんから聞いた話では、彼らは大阪から長崎まで長い道のりを連行され、処刑されると知りながらも道中でお祈りを続け、お互いを励まし合っていたと言われています。
そして処刑場に向かう最期の道では、大人も子供も賛美歌を歌いながら歩いたという記録が残っているらしんです。
それを聞いた時、死ぬ直前まで讃美歌を歌うなんて、呑気というかメンタル強いというか...宗教の影響力は凄過ぎる!!って素直に思ってしまいました。
でも、どうしてこれほどまでに彼らは信仰を捨てなかったのか?ボランティアガイドさん聞いてみました。
わたし👩🏻「なんで彼らはそこまでしてキリスト教の信仰を守ったんですか?私だったら殺されるくらいなら信仰なんてすぐ捨てます」
すると、ガイドさんはキリスト教と仏教の死生観の違いを教えてくれました。
ガイドさん👴🏼
「仏教の考えだと「死んだら天国か地獄」じゃろ。キリスト教には「肉体の復活」という考えがあるんや。死後の審判とキリストの再臨によって、死んだ肉体は新しい体を与えられてよみがえる。つまり、死は終わりじゃねえってこった。だからこそ、殉教者たちは現世の死をまったく怖くなかったんだ。むしろ信仰を守って死ぬことで、永遠の命に近づけると信じていたんや。」と。
それを聞いて なるほど と初めて信仰する人の気持ちがわかって腑に落ちました。とはいえ、殺されるのは普通に怖いし痛いけどな……という気持ちも同時に湧いてきて、宗教が人をここまで強く動かすってすごい、としみじみ実感しました。
とっても余韻の残る大浦天主堂の観光でしたね。その後も色々考えを巡らせてしまいました☁️
以上!長崎の街の歴史は深いってお話でした!

