ユカランラン 六重の喪服を着た男6
今日も続きを読もうね♪
1人で出産 ビフォアアフター
私 は取るものも取りあえず、あわてて 私 の
pon-sike (小さい荷物) を手に取って soyne (外) に出て、
すぐ pet (川) に入った。
すると(亡霊の娘から)聞いた通り、何の eranak (苦労) もなく
pet-kasu (川を歩いて渡って) 岸に上がると、
私 の後から tatuspe (たいまつ) を持った utar (人達)、
inne-utar (沢山の人達) が 私 の後から追いかけてきた。
彼らは pet-sam (川のそば) に来て、こう言った。
「こんなに poro-pet (大きな川) で、
あんな honkor (身重) の menoko (女) が
どうやって pet (川) を越えるというのだろう。
今頃は流されて atuy (海) まで行ってしまっただろうよ」
と口々に言って笑いあって戻っていくのを、 私 は聞きながら、
私 はその toshir (川岸の洞穴) に入って nuynak (隠れて) 泣いていた。
まだ 私 の nispa (夫) が可哀想で泣いていた。
soyne (外) に出るのも ishitoma (怖い) ので
nuynak (隠れて) いるうちに、
その toshir (洞穴) で nuwap (産気づいて)、
(娘から)聞いた通り okkayo-poyson (男の子) をもうけた。
なおさら嬉しいやら、 私 の nispa (夫) のことを思えばどうして喜べるだろうと思って、
なおさら泣いてばかりいたが、
やがて今はなんとかして 私 の uni (家) に帰りたいと思って、
その poyson (赤ん坊) を upsoro (懐) に入れて 私 は家に向かった。
本当に(夫の言った通りに)、
夫の kewre-chikuni (削った木) に沿っていって、
泊まるときはずっと yar-chise (仮小屋) に泊まっていって、
私 の uni (家) に着いたのだった。
それからなおさら夫が可哀想で泣き暮らした。
son (息子) にくちづけをしつつ泣きながら暮らして、
ようやく今は son (息子) も少し大きくなって、
小さい ay (矢)、小さい ku (弓) を 私 が作ってそれで遊ばせたおかげで、
笑いながら son (息子) を見守って暮らせるようになった。
そして少し大きくなってからは、
una (炉の灰) の上に小さい kuari (仕掛け弓) を描いて教えたりしていたところ、
その小さい kuari (仕掛け弓) も自分で作ることができるほどになり、
今はまだ小さいので 私 が一緒に kim (山) へ連れて行って、
kim (山) で kuari (仕掛け弓) を教えた。
すると、(息子が自分で)仕掛けて、
そこへ kamuy (熊) でも yuk (鹿) でもかかったと言って背負って帰ると、
私 はなおさら泣いて、
nispa (旦那さん) がかわいそうやら、
son (息子) の成長が嬉しいやらで泣いてばかりいたのであるが、
やがて今は son (息子) も大きくなって pon-okkaypo (青年) にまでなった
見どころ👀
逃げた先の洞窟で出産。なんて過酷な。
謎な夫は娘には大切な人なんだね。
夫が教えた仕掛け弓が今こうして伝わる!
囲炉裏の灰が黒板なんだね。描いて消せる、便利。
字はない文化だから絵で表すんだろうね。子供が狩ができたらライフサイクル1周完成と言っていいでしょう。
つづく🔥
